世界的に映画賞を席巻したアニメーション映画『幾多の北』とは“何者”なのか?

誇張ではなく“かつてない”日本のアニメーション映画が、ついに一般劇場公開をスタートします。2022年1月27日より、東京・新文芸坐を皮切りに山村浩二監督による長編アニメーション映画『幾多の北』を上映するプログラム「『幾多の北』と三つの短編」が全国の劇場での上映を順次開始していきます。

この映画、2022年に海外のアニメーション映画賞でボコボコと上位賞を獲得している凄まじい映画。ある意味、凱旋的な上映企画となっているのですが、その事実を知っているという人ばかりではないということでそもそもこの映画が“何者”なのか、という根本的な話をしていきたい、のです。

こんな長編アニメーションあるのか『幾多の北』

『幾多の北』はもともと2021年に発表された、山村浩二監督による自身初の長編アニメーション映画。このアニメーション映画、まず何が凄まじいのかといえば、明快なストーリーがないところにあります。

タイトルにもある「北」を象徴として、何かしら人生にいきづまった人たちを巡っていく内容となっており、いくつもの絵が飾られた画廊を順に眺めていくようでもあり、サーカスの出し物が次々と展開されていくよう。そんな、“普通じゃない物語”が狙って描かれています。

よくぞ、こんな変則的な作品が作れるものだと驚かされるわけですが、その出自を知ると、この不思議な体裁も腑に落ちてきます。本作は山村監督が2012年〜2014年にかけて月刊誌「文學界」の表紙イラストを担当しており、そのビジュアルをベースに映像化したものです。ある種その表紙巡りにもなっているわけです。各ビジュアルのインパクトもさながら、そこに隠されたストーリーと、それらにどんな繋がりがあったのかを追っていくことになります。

世界的な評価を受けていく『幾多の北』

この『幾多の北』が初めて一般公開を果たしたのは2021年の新千歳空港国際アニメーション映画祭でした。長編コンペティションにノミネートされ、ワールドプレミアが実施された本作は、グランプリこそ『シチリアを制服したクマ王国の物語』に譲ってしまったものの、見事、審査員特別賞を受賞しました。


ポップなビジュアルと展開が連続する寓話を描いた『シチリアを制服したクマ王国の物語』とはある意味対局にある『幾多の北』がぶつかったこのコンペティションは、今思えばベストバウトだったと言えるかもしれません。

一発目となる賞レースで惜しくも、がっちりとストーリーを持った作品にグランプリを勝ち取られた『幾多の北』。世界的な評価もこれに倣うかと思いきや、翌年2022年に満を持して挑む海外のアニメーション映画賞で快進撃が始まります

その始まりが、国際的なアニメーション賞としては、新作タイトルのお披露目の場になることも多い、権威のあるフランスのアヌシー国際アニメーション映画祭。こちらの映画祭では、個性的で観客に課題を生み出してくれるような挑戦的な作品が対象となるコントルシャン部門に『幾多の北』がノミネートを果たします。世界各国の異色のアニメーション映画たちが集う中、10作品の中から見事部門最優秀賞である“クリスタル賞”を受賞しました。

すでにアニメーション賞の頂点の一つを獲得することに成功した『幾多の北』ですが、さらに同年9月、カナダで開催されるオタワ国際アニメーション映画賞の長編アニメーション部門にノミネート。こちらでは純粋な長編アニメーション部門での選出でありながら、見事グランプリを獲得しました。

そのほか、クロアチアで行われたザグレブ国際アニメーション映画祭でも、長編コンペティションに『竜とそばかすの姫』らとともにノミネートを果たし、グランプリこそ『マード 私の太陽(My Sunny maad)』に譲りながらも、特別賞であるスペシャルメンションを受賞します。

アヌシー、オタワ、ザグレブと世界でも権威があると知られる有数のアニメーション映画祭でいずれにも長編を対象としたコンペティションにノミネートを果たし、いずれかではなく、そのどれもでしっかり上位賞を獲得している日本作品という意味ではまさに前例のない快挙。2022年は世界でこれだけの大活躍を果たして、ついに2023年、再び日本へ帰ってくるわけです。

すでに世界的な活躍をしていた山村浩二監督

ちなみにこれだけの快挙を山村浩二監督が、ポッと出で獲得したかといえば、そんなことはなく、山村浩二監督といえばこれまでは短編アニメーション界で名を馳せていた、アニメーション界では、超の付くほどの有名人物です。

その名前を知らなくても、ある一定の世代は、Eテレ(当時は教育テレビ)で現在も放送されている「おかあさんといっしょ」内で山村浩二監督のクレイアニメーションシリーズ『パクシ』を見ていたという人は多いのではないでしょうか。

山村浩二監督の名が世界に広く知られることとなったきっかけは、2002年発表の短編アニメーション『頭山』。本作で前述のアヌシーやザグレブの“短編”アニメーション部門でのグランプリを受賞しており、さらには本作で日本人としては初めてアカデミー賞短編アニメーション部門へのノミネートを果たすという快挙も成し遂げました。

以降は『カフカ田舎医者』『ゆめみのえ』『怪物学妙』『サティの「パラード」』など、次々に短編アニメーションを発表し、それぞれ海外での受賞を果たしていきます。さらにはアニメーション制作の傍ら、絵本やイラストレーター、作詞に至るまでその活躍はどんどん広がっていき、今回ついに長編アニメーションというステージでも、結果を残したわけです。

“3つの短編”で知れる山村浩二の別のステージ

今回上映されるプログラムでは「『幾多の北』と三つの短編」と題している通り、長編作品の『幾多の北』に加えて、3つの短編アニメーションも併映されるわけですが、こちらもまさに山村浩二監督の別の活躍を知れるものになっています。

山村浩二監督の短編アニメーション作家としての顔が知れるのが、山村浩二監督の2021年発表の比較的新しい作品『ホッキョクグマすっごくヒマ』です。海洋動物たちをモチーフに、日本語と英語で言葉遊びをするハードコアな『幾多の北』に比べると明快な作品です。

山村浩二監督が、監督ではなく監修・プロデュースという形で関与した短編アニメーションについても触れることができます。

まずは矢野ほなみ監督の『骨噛み』。少女が父と過ごした思い出を振り返る作品で、点描と豪快に動くカメラワークで、記憶や死と触れ合う不思議な体験を、可愛いキャラクターで紡ぎます。

本作は2021年にオタワ国際アニメーション映画祭の短編アニメーションのグランプリを獲得するほか、世界中の映画祭で28もの賞を受賞しているという、『幾多の北』にも負けないぐらい2021年〜2022年にかけて賞レースで大活躍を果たしていた作品です。

そして、もう一本は幸洋子監督の『ミニミニポッケの大きな庭で』。落書きのような線が、強烈な音楽とともにアニメーションとしてめまぐるしく激動していく、ダイナミックな映像体験となっている作品です。

こちらは2023年1月に3600作品以上が集った東京TDC賞でグランプリを受賞する快挙を果たしていたり、アメリカのサンダンス映画祭への入選を果たすなど現在進行形で、世界で評価を獲得しているまっただ中の作品です。
併映作とされると、おまけのような印象を持たれかねないですが、短編アニメーションで世界と戦っている有力作がいっしょに見れてしまうという、実にお得な4本立てとなっています。

「『幾多の北』と三つの短編」は1月27日公開スタート

編成についても素晴らしさを紹介させていただいたわけですが、冒頭でも紹介した通り、「『幾多の北』と三つの短編」は1月27日(金)から新文芸坐で上映がスタートします。この文芸坐での上映は、1月29日(日)までのわずか3日間での上映となっており、限られた機会となっているため、ぜひこの貴重な機会に足を運んで欲しいところです。
新文芸坐といえば、昨年4月に4Kプロジェクターなど新たな設備を導入したばかり。今回の上映作品はいずれも4K解像度・5.1ch音響で制作されているようで、そんな新たな環境を存分に味わえる機会にもなっています。
以降の予定はまだ具体的には発表されていませんが、全国の劇場で順次公開されることが発表されている通り、この機会に足を運べないという人も、まだまだチャンスはあります。2023年はまだまだ始まったばかり。“今年観る予定の映画リスト”に、忘れずに入れておきましょう。

「幾多の北」と三つの短編情報

各日上映後トークアリ!

上映期間:1月27日~29日
劇場:新文芸坐
  東京都豊島区東池袋1-43-5 マルハン池袋ビル3F
  池袋駅東口徒歩5分

上映スケジュール:https://www.shin-bungeiza.com/schedule.html#d2023-01-27-1

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