ハンターハンターが再び休載期に入りました。再開が待ち遠しいですね。
ハンターハンターは、しばらくずっと組織とそのトップの話を、手を変え品を変えやっていると僕は捉えています。つまり、「キメラアントという生物の王を巡るお話」であったり、「ハンター協会の会長を決める選挙の話」であったり、今やっている「カキン帝国の王位継承を巡る戦いの話」であったりです。
僕の考えでは、このような話がハンターハンターの物語の中で最初に出てきたのは幻影旅団です。幻影旅団は13人のメンバーで構成され、メンバーの誰かを殺して入れ替わる形で新規メンバーが入り、仮に頭である団長が死んでも、手足の誰かがその代わりとなって生き続けることを理想とした盗賊集団です。
しかし、その理想は全く上手く機能していません。なぜそう捉えているかというと、幻影旅団が初登場して活躍したヨークシン編において、団長であるクロロがクラピカに念能力を封じられた上に団員との接触を断たれたのに、そこで団員たちがした判断は、理想に則した「クロロを切り捨てて別の団長を立て、幻影旅団を再生する」ではなく、理想にそぐわない「クロロにかけられた念能力の縛りを除念することによって再び団長として向かい入れる」だったからです。
彼らはクロロが結成時に提唱し、守ろうとしている理想をまるで守れていません。つまり、幻影旅団の弱点はクロロです。より正確には、クロロが代替の効かない人材であるために、クロロが死ぬ時が幻影旅団の最後となってしまうということです。
初登場から20年以上経ってついに語られた幻影旅団の過去エピソードでは、彼らが何のために、幻影旅団を結成したかが語られました。世間から隔絶されたスラムである流星街の孤児であった彼らは、外の人間に仲間が殺されたことをきっかけに、抑止力を必要とします。
つまり、「幻影旅団はヤバい奴らであり、流星街に手を出してはならない」と思わせることで、子供たちが殺される悲劇が繰り返されないようにしたいということです。
それはつまり、彼らは残虐無比な盗賊ではなく、ルールでのみ繋がっているドライな関係でもなく、実は、同じ目的のために集まった仲良し集団であったということです。
彼らが幻影旅団の理想として、頭が死んでも手足があれば動く存在であろうとするのは、「幻影旅団という組織が持続すること」そのものが目的だからではないかと思います。なぜならば、幻影旅団が世間に対する脅威として持続すればそれが抑止力となり、流星街の子供たちが守られるからです。
しかし、その理想を体現することが彼らにはできていません。そればかりか、表向きの顔に騙されたヒソカが団員になってしまったことで、今では崩壊の危機に瀕しています。同じ目的を共有した仲間の中に、空気を読めない殺人ピエロが加入したことで崩壊していく幻影旅団と、そこで足掻いているクロロの様子からは目が離せません。
さて、今回の10週分の連載で大きく取り上げられたのはカキン帝国の三大マフィアのひとつであるエイ=イ一家のモレナ=プルードです。彼女の能力「恋のエチュード(サイキンオセン)」は、一言でいえば仲間を増やす能力です。それはまるでネズミ講のように。
モレナの唾液を通じて、感染した者たちはいくつかの条件を経ることで仲間となり、人を殺した数に比例して能力が成長していきます。一般人を20人殺せば独自の念能力を獲得することができ、100人殺せば新たな感染源となることができるようになります。
ここの部分に幻影旅団との違いを感じることができます。
つまり、恋のエチュードには「次のリーダーを育てる仕組み」が最初からあるということです。そのリーダーが作るのは元の組織から分岐した新しい組織であるため、モレナの立場のそのままの代替になるわけではありませんが、組織の目標は「人を殺すこと」で、それは別組織になったとしても成長のために果たされ続けるものなので目的は達成し続けられます。
恋のエチュードの仕組みが上手く回れば、感染源となる新しいリーダーをどんどん生み出すことができ、「人を殺す」を続けることができる組織は持続し、拡大し続けます。もしこれが上手くいくのであれば、それは幻影旅団が目指すべき姿の答えの一つでしょう。違いは、その目的が「子供を守る」か「人を殺す」かだけです。
また、仲間になるための手続きも恋のエチュードの方がしっかりしています。才能を見極め、念能力を使ったカードゲームにより、人となりや意思確認をしっかりして、同じ犯罪を共有することで正式な仲間となります。そして人を殺させ、後戻りをできなくさせます。
間違っても、前任者を殺せば即採用というような粗雑なやり方はしていません。そんなやり方をしてしまうと、組織のカルチャーにそぐわない人が入って来てしまいかねません。そんな異分子を採用してしまったら、少人数の組織であるがゆえに、その影響は大きくなってしまうでしょう。
まとめると、恋のエチュードは、①リーダーの育成と②新卒採用と教育プログラムの整備の観点から、幻影旅団よりも持続可能な仕組みになっているように思います。
では、幻影旅団は何が間違っていて、これからどうすればいいのでしょうか? (ここから先は妄想で補完する部分が多いので冗談として読んでください)
幻影旅団が陥っている失敗は、仲間が集まって作ったベンチャー企業ではありがちな状態です。
つまり、個性の強い初期メンバーによる少人数の組織では、それぞれの特性に合わない仕事が余ってしまい、やらないといけないのに余る仕事が出てきます。その場合、オールマイティに稼働できるリーダーシップを持ったトップが、守備の隙間でポテンヒットになりかねない仕事を自ら拾いまくることで、組織をなんとか成り立たせるために頑張ったりします。特にクロロは盗賊の極意 (スキルハンター) の能力により、不足部分を補うような動きができたと思うので、なお適性があります。
それによってどうなるかというと、トップが仕事を抱え込んで上手くやってしまうために、それらの仕事の引継ぎが上手くできなくなり、トップは稼働が多くなり過ぎて身体やメンタルを壊したりしがちです。クロロは上手くやっているように見えましたが、やれてしまう代償として、自分の仕事を広くし過ぎており、その結果、自分の代わりをできる人材に求められるものがとても高くなってしまっていると思います。
本当は自分の仕事は重要事項の決議の最小限にして、実務的な部分はメンバーに小分けにして権限委譲し、最初は上手くできなくてもできるように能力を伸ばしてもらう必要があったはずです。つまり、団長補佐のような立場の人がいて、その人がいざというときに代わりができるようになればよかったと思います。しかし、それはできなかったんですよね。組織の全体を見て適正に合わせて仕事を振り分け、要所要所で相談に乗って決断しする役割を、クロロと同等に担える人は幻影旅団にいなかったと思います。
僕の見立てでは、パクノダかシャルナークであれば、その適正もあったように思いますが、その2人は死んでしまいました。今残っている中で考えるなら、フランクリンならばあるいは、という感じでしょうか。
今の幻影旅団は足りなくなったメンバーの人数を、ゾルディック家への業務委託で埋めている状態です。足りない人手に対して採用する余裕も育成する余裕もなく、業務委託で埋めて、少人数がフル稼働でどうにか仕事を回すという状況には、会社で働く人なら身に覚えがある人もいるのではないでしょうか?
幻影旅団には新卒採用をする仕組みがないんですよね。だからそのカルチャーの中で育った生え抜きはおらず、実力者を上手く中途採用して馴染んでもらうしかありません。
かすがいになっているオールマイティなトップによってかろうじて成り立っている脆弱な組織です。しかも、組織の本当の目的を表向きには隠しているために、入ってこようとするのは人殺しが大好きなヤバい奴だったりします。真の企業理念を公開できないことも採用上の間題のひとつでしょう。
余談ですが、キメラアントも兵隊として採用した人材が、自分を王として組織を離れていく特異な性質がありましたね。彼らが独自に組織を作って王になろうとしたことは起業家としての才能かもしれません。ラーメン屋ののれん分けのような。そんなキメラアントが流星街にも現れ、幻影旅団と戦ったことについても意味を読み取れるかもしれませんね。それは、おっかなびっくり見様見真似で組織を作ろうとした者たち同士の戦いであるからです。
さて、幻影旅団はこれから何をしなければならないでしょうか?クロロには盗賊の極意を進化させる考えがあるようですが、それが具体的には何かはまだ分かりません。
恋のエチュードをあるべき姿として参考にして勝手に考えるのであれば、新しい人材の採用と育成、そして新たなリーダーの育成が持続可能な幻影旅団には必要です。しかしながら、幻影旅団は世にも恐ろしい一団であるという体面がそれを邪魔します。まともな人材は面接にも来てくれません。現実社会でも、ヤバい連中が入を取り込むためには親和的な態度で優しい態度をとることも多いです。しかし、幻影旅団は企業理念に反するためそういった行動がとれません。
こういうとき、現実のベンチャー企業であるのは、大企業での経営に関わる経験を持つ人材を採用することです。事業の核の部分は創業者が担いつつも、経営をする部分については実務経験の豊富な人材を外部から招聘して担ってもらうことで、会社のガバナンスを向上させる施策は行わることはあると思います。特に大企業からの投資を受ける立場の企業では出向などの立場によってありがちなことです。
自前で人材育成が困難な幻影旅団は、経営の経験のある人材を採用したいはずです。そうなったときに、ハンターハンターの作中で僕が思い当たるのは2人です。
一人はジンです。彼は自分で人材を集めて組織し、体感型のゲーム、グリードアイランドを作りました。そして作り終わったあとには自分は去り、去ったあとも残ったメンバーがそのゲームを運営し続けています。
そう、グリードアイランドも創業者が去ったあとでも持続しているという意味では幻影旅団の弱点をクリアしている組織なんですよね。なので、自分がいなくなっても持続可能な組織を作った実績のあるジンであれば、幻影旅団の立て直しに一役買えるかもしれません。
もうー人は、NGLという慈善的な事業を隠れ蓑にした犯罪組織を一人で作り上げた男、ジャイロです。しかも彼はキメラアントという組織の兵隊になったにも関わらず、強い意志で独立性を保った起業家スピリットにあふれる男です。さらには、幻影旅団の故郷である流星街に向かったという部分でも親和性があります。
なおかつ、表向きの目的と裏の目的が異なる組織を運営していたという意味でも幻影旅団の立て直しにはうってつけの人材ではないでしょうか?なので、幻影旅団はジャイロをメンバーとして招聘し、仕組み作りの部分から組織を立て直していくのがいいのではないかと思いました。
恋のエチュードは目的を持続可能な破壊目標(Sustainable Destruction Goals) を達成するために。上手く設計された組織です。そしてそれと比較することで幻影旅団の組織としての脆弱さが引き立ちます。
しかし、大丈夫。ベンチャー企業のガバナンスなんて最初はそんなものであることが多いです。今後の成長のため、有望な人材を採用し、仕組みをアップデートしていけばいい。この考えはおそらくクロロがやろうとしていることとは全然違うだろうと思いますが、世の中にはたくさんの道があります。
頑張れクロロ、負けるなクロロ、幻影旅団の今後のますますの発展をお祈りします。