

私は、美しくて、品がよくて、何より優しい祖母が大好きだ。
いきなり身内の顔面を褒める記事で恐縮だが、祖母は本当に美人だった。子供の頃から「この人が私のおばあちゃんである」という事実を、少し自慢したくなる。品があり、凛としていて、でも家族にはやわらかい。私にとっては、今も昔も大好きな人である。
ただし、その美しい祖母の口から、ときどき語感だけは妙にいい、しかし内容としてはかなり問題のある言葉が飛び出すことがあった。
その代表格が「キチ◯イマンキンタン」である。
念のため先に書いておくと、前半は現在では使用を避けるべき差別的な言葉だ。この記事はその言葉を面白がって使い直すものではない。家族の中に残っていた古い罵倒語の正体をたどったら、伊勢の歴史と旅とゲームの聖地巡礼につながってしまった、という話である。
我が家に伝わる「マンキンタン判定」
「キチ◯イマンキンタン」は、主に、誰かが変な格好をしている時に使われた。
親族の誰か、テレビに映った人、そしてもちろん私。髪が乱れている、服の組み合わせが変、妙に派手、などの状態になると、祖母や叔母や母から「あんなまた、キチ◯イマンキンタンみたいな格好して」と飛んでくる。
今思えば、かなり雑で酷すぎるファッションレビューである。
しかも我が家には、ほかにも独特の強い表現があった。たとえばカバンを床に置くと、
「そこに、う◯ちまみれの人がいたかもしれないから汚いわよ!」
と言われる。
言いたいことはわかる。床は汚い。カバンを置くな。それは正しい。しかし、なぜ注意喚起のために、わざわざ「う◯ちまみれの人」を召喚する必要があるのか。
確かに「う◯ちまみれの人」存在の可能性を完全には否定しないが、日常生活でそこまで高頻度に想定したい存在でもない。
母方の親族の女性たちは、どうも比喩が強い。
そんな家庭内言語の一つとして、「キチ◯イマンキンタン」は祖母から母へ、母から私へと言われ続けてきた。私は誰にも言っていないが(偉い)。
前半の意味は、さすがにわかる。言われ過ぎて疑問に思わなかったが、問題は後半である。
マンキンタンってなんだよ。
検索してみた。
「マンキンタン」
すると、伊勢の伝統薬「萬金丹(まんきんたん)」が出てきた。
その瞬間、ただの語呂合わせだと思っていた謎ワードに、急に地名と歴史が生えた。
しかも当時、私はちょうど母と伊勢旅行を計画していた。母が「死ぬまでにお伊勢さんを参らなければ」と言い出したからである。だったら行こう。親孝行である。そこに「祖母の謎ワードの語源調査」が乗った。
旅の目的が急に民俗学っぽくなった。
「マンキンタン」は伊勢の薬だった


結論から言うと、萬金丹(マンキンタン)は伊勢の伝統薬である。
伊勢くすり本舗(直接訪れた)の方によれば、萬金丹は江戸時代、お伊勢参りの土産物として全国に広まったという。村や町でお金を出し合い、代表者が伊勢へ参る「伊勢講」の風習があり、代参人たちは、荷物にならず、しかも実用的な薬として萬金丹を持ち帰った。
要するに、萬金丹は「旅の薬」であり、「伊勢へ行ってきた証拠」でもあった。
食べ過ぎ、飲み過ぎ、胸やけ、胃もたれなど、旅先で起きがちな胃腸の不調に用いられてきたというのも、妙に納得できる。人は旅先で食べる。歩く。疲れる。また食べる。胃腸は旅の同行者であり、わりと早い段階で文句を言ってくる。
現代ならコンビニで胃薬を買うところだが、昔の旅人にとっては、小さな丸薬がかなり心強かったのだろう。
しかも萬金丹は、俗謡にも残っている。店舗内にパネルもあった。


「越中富山の反魂丹、鼻くそ丸めて萬金丹」
ひどい。
でも、ひどい俗謡になるほど知られていた、ということでもある。悪口やからかいは、相手に知名度がないと成立しない。ここで私は、祖母の口の悪さと江戸の俗謡が同じ方向にあることに気づき、妙に納得してしまった。
また、お店の方は「かつて佐賀にも行商が来ていた」という話を聞けたのが大きかった。お店の方は外部からお嫁に入った方で、伊勢に対しても様々な視点からの話が聴けた。とても有意義だ。


我が家の言葉として残っていた「マンキンタン」が、完全な語呂合わせの狂ったデタラメ発言ではなく、伊勢から各地へ広がった薬名の残り香とわかって安心した。
もちろん、「キチ◯イマンキンタン」という複合語そのものの成立を示す資料は確認できていない。おそらく、もともと知名度のあった薬名「萬金丹」に、各土地のゴロの良い罵倒語が雑にくっついたのだろう。そんな語呂良く悪口って言いたいかな?とも疑問だったが、今でいうラップのライムみたいなものだろうか。
口頭表現はだいたい雑だ。雑だから残ることもある。祖母の謎ワードは、意味のない音ではなかった。
少なくとも「マンキンタン」の部分には、伊勢参り、土産、売薬、行商、地方の記憶がくっついていた可能性がある。
罵倒語の調査としては、かなり収穫が大きい。


外宮から内宮へ。オタクは順路を示してくれると行きやすい。
とはいえ、これは仲見世通りの話。伊勢に来たからには、まず神宮参りである。
お伊勢参りは、外宮から内宮へ参るのがならわしだ。外宮には豊受大御神、内宮には天照大御神が祀られている。
私は「順番があります」と言われるものに弱い。順路、スタンプラリー、分岐回収、収集要素。そういうものを提示されると、急にスイッチが入る。信仰をゲーム扱いするつもりはないが、「順序に意味がある」という構造は、かなりオタクの脳に刺さる。
私は厄除けをしたかったので、お納めして御神楽を頂いた。大変神聖で良かった。少し不謹慎かもしれないが、舞や演奏などの芸能を拝見できるなら、お金を出し甲斐もあると思ってしまうのでが観劇のオタクの性なので、ありがたかった。母は長い正座で足がしびれていた。


飾り気ない大木そのままといった鳥居がとても良い。
木立、砂利の音、参道の幅、撮影できる場所とできない場所の切り分け。その全部が「ここから先は、見る側の都合だけでは進めません」と言っている感じがする。神様の通り道を開けて脇を進んだものなんだか静謐で楽しかった。
現代の観光に慣れた身には、その引き算が新鮮。午後になると人が溢れかえりすぎてそれどころではなくなってしまったが。
内宮では、宇治橋を渡った瞬間に空気が切り替わった気がした。五十鈴川の水辺、木漏れ日、石段、正宮の前で写真が撮れない時間。撮れないから、見るしかない。見るしかないから、記憶に残る。
そして私は、このせっかくの神宮の空気におされ、ここで御朱印帳を買ってしまった。
これは完全に負けである。
何故なら、私は御朱印帳を買うのをずっと我慢していた。買った瞬間、各所への旅の目的がスタンプラリーになってしまう事を知っていたからだ。しかし伊勢には、外宮、内宮、別宮と、巡る程増える御朱印がある。
御朱印は信仰であり記念であり、同時に上品な収集要素でもある。中年の趣味の異一つとしても良い。伊勢神宮の御朱印帳は紫で品が良く、こちらのコレクション欲を正確に刺してくる。
私はその日、無事御朱印おばさんになった。


雑な松坂牛を食べながら御朱印帳と勾玉を見つめて満足する私。
おはらい町で、家の中の言葉が土地につながる
内宮前のおはらい町は、外宮や内宮の静けさとは別の種類の強さがある。
食べ歩き、土産物、観光客の流れ。神宮が「静」なら、おはらい町は完全に「俗」である。ただ、その俗っぽさが悪いわけではない。お参りをして、歩いて、お腹がすいて、土産を見る。人間はそういう生き物だ。信仰だけで旅は完結しない。
そのおはらい町の入口に、今回の目的地である伊勢くすり本舗があった。
店頭で萬金丹の話を聞き、商品を見て、紙袋を持っていると、家の中で何十年も雑に使われてきた「マンキンタン」という音が、急にちゃんとした名詞に戻っていく感じがした。
家族の中に残る言葉は、たいてい出典がわからない。
誰が言い始めたのか。いつからあるのか。正しい意味なのか。もともとは何だったのか。ほとんど誰も説明できない。ただ、便利だったり、語感がよかったり、妙に強かったりする言葉だけが残る。
「マンキンタン」も、そういう言葉だと思っていた。
しかし伊勢で萬金丹を見たことで、それはただの家庭内ギャグではなく、旅と売薬文化のあとに残った音かもしれない、と思えるようになった。
旅は、家の中の記憶を外の歴史につなぐことがある。
母の反省「おりこうマンキンタン」
この旅の終わりに、母は少し反省した。
長年、祖母から母へ、母から私へと罵倒され続けてきた言葉。その前半部分が差別的な表現であることは、当然そのままにしてよいものではない。ルーツを知ったからといって、使い続けていい理由にはならない。
それを踏まえて、母は言った。
「ちょっと反省したから、これからは『おりこうマンキンタン』って言うね」
急に知育菓子みたいになった。
差別語をやめようとした姿勢はいい。とてもいい。だが、数十年浴びせられてきた側としては、今さら「おりこう」と言われても困る。まぁ、いいか。
因みに、テーマパークのオタクとしてちゃっかり志摩スペイン村にも行っている。




本格的なスペインに対する異様な拘りと、オタクに優しいキャラクター達が印象的。
オタクは海を渡る。神島へ


萬金丹と伊勢神宮だけでも、旅としては十分まとまっている。
しかし私はオタクなので、そこでは終われない。
今回もう一つ外せなかったのが、『パラノマサイト FILE38 伊勢人魚物語』の聖地巡礼である。
『パラノマサイト』シリーズは、好きなゲームだ。
土地の怪異や伝承を現代のミステリーとして扱うのがうまい。読書家におすすめの真面目な作風も好印象。
前作『FILE23 本所七不思議』もそうだったが、土地の話を「ただの舞台背景」にしない。今回の『伊勢人魚物語』では、伊勢志摩の海、人魚伝説、島の共同体、海女の伝承などを更に現代ライズさせ、名作ADVゲーム、街や428を彷彿とさせる個性的な物語の空気を作っている。
鳥羽市観光協会などの案内では、ゲームに登場する舞台モデルとして神島で物語が展開される。三島由紀夫の潮騒でも有名なあの離島である。私はテーマパークも好きだが、離島も好き。ちょうど旅3日目の朝だけ開いていた。
神島へは、鳥羽市営定期船で向かう。陸続きの聖地巡礼とは違い、船に乗るだけで少し気持ちが変わる。最近ではテーマパークもそうだが、離島や神社回りの観光地では朝が全てだ。16時にはもうすべて”終わっている”と思ったほうが良い。急いで行くことにした。
神島は、作品より先に土地が強い


神島を歩き始めてすぐ、「これは舞台に選ばれる」と思った。
坂、海、家並み、道の狭さ、島の密度。どこを見ても、港街感が強く、強い”移動“感があって嬉しい。


作品の聖地巡礼や、読書好きの馴染の地として空気を吸いに来たはずなのに、途中から「そもそもこの土地のほうが先に物語を味わいたいな」という感じになる。
特に強かったのが、監的哨跡だ。


戦時中に旧陸軍が試射弾を確認するために使った施設であり、三島由紀夫の『潮騒』にも関わる場所として知られている。窓枠越しに海が切り取られる構図は、写真に撮る前からすでに絵になっている。
因みに、この為に行きの電車で爆速で「潮騒」を読み返したら、「三島由紀夫のロマンチズムは好きだけど、若い男女のいざこざ、結構どうでもいいな……」と改めて思った。それはそれとして、漠然とした廃墟好きとしても大変ロマンティックな監的哨跡というシチュエーション。
ここは、ゲームの聖地としても、文学の聖地としても、戦跡としても意味が強い場所だ。
とても良い空気を味わえた。
『パラノマサイト FILE38 伊勢人魚物語』の巡礼が面白いのは、ゲームの背景を探すだけで終わらないところだ。海女伝承、トモカヅキ、ドーマン・セーマン、人魚伝説。作品の外側にある土地の民俗は実在する伝承が殆どなので、ゲームに興味のない人とも回りやすい。






因みに、神島一周は結構過酷。往復2時間以上、山を切り開いた自然の階段の昇降をし続けると思って良い。ハイキングや登山に慣れた人なら大丈夫だと思うが、オタクには軽い荷物に温度調節できる上着、歩きやすい靴と飲み物と軽食を持って覚悟して島を歩くことをお勧めする。


伊勢は、全部を持ち帰らせる
今回の旅の入口は、かなり変だった。
祖母が言っていた謎の罵倒語。その後半に含まれる「マンキンタン」の正体を知りたくて、母との伊勢参りに民俗学的な語源調査を混ぜた。
外宮から内宮へ歩く順序があり、萬金丹という旅の薬があり、おはらい町のにぎわいがあり、御朱印という静かな収集要素があり、少し足を伸ばせば神島という、文学とゲームと伝承と、知れば知るほど楽しめる色々な事が重なる島がある。
伊勢は、信仰だけの土地ではない。土産だけの土地でもない。物語だけの土地でもない。それらが全部、同じ旅の中に入ってくる。
江戸時代の人々が伊勢へ行きたがった理由も、たぶん信仰だけではなかったのだと思う。お参りをしたい。薬が欲しい。一生に一度はと、お伊勢参り。そして帰ってから「行ってきた」と話したい。そういう全部が、伊勢参りだったのではないか。
萬金丹は、その旅の記憶と一緒に各地へ運ばれた。
そして、ずいぶん時間が経ってから、我が家ではなぜか罵倒語の語尾として残っていた。
家族の中に残っていた変な言葉を、ただ笑って終わらせず、土地の歴史に接続できたのは面白かった。
旅は、家の中の記憶を外へ出すのに向いている。
そして祖母はやっぱり美しく、私の憧れだ。



