「エアマスター」はストリートファイターの漫画で、空中を飛ぶように戦う通称エアマスター、相川摩季を主人公とした漫画です。
本作はエネルギーがパツパツに詰まったはじける寸前の風船のような漫画で、読んでいると読者である自分もエネルギーが爆湧きして元気になってしまいます。
僕は人生において、辛い状況になるたびにエアマスターを読んで、読み終わると元気になるので、また明日から頑張ろうと思えるようになっています。人生を直接的に支えてくれている漫画です。
さて、では「エアマスター」がすごいのは何故なのかについて考えていきたいと思います。僕が大好きなのは終盤に始まる深道クエストです。
物語の終盤は、それまで出てきたストリートファイターが廃墟に一堂に会し、最後の一人を決めるバトルロイヤルが始まるのですが、主人公のエアマスターすら、最強の男、渺茫に負けてしまいます。
そもそもストリートファイターの強さランキングである深道ランキングは、この渺茫を倒すために深道(兄)が作ったものでした。渺茫は過去の達人たちの魂を身に宿し、それらを使って戦う器のような男です。数々のストリートファイターたちを倒してその技を吸収してきたエアマスターですら勝てませんでした。
深道クエストは、そんな全てが終わったあとに始まるエピソードです。それまでランキングとバトルロイヤルの主催であり、戦いの観戦者でしかなかった深道(兄)が、自ら戦うために立ち上がります。既に負けてしまったもののまだ戦えるファイターに声をかけ、パーティーを組んで、魔王である渺茫を倒すことを目的としたクエストを立ち上げます。
深道(兄)に声をかけられたのは必ずしも作中での強いファイターではありませんでした。彼ら彼女らは、渺茫には敵うレベルではありません。しかし、そんな彼ら彼女らが渺茫を相手に、自分自身の全てを表現しきったような戦い方で挑み、そして散っていきます。
最後に残ったのは深道(兄)です。この世界の全ての虚無を背負ったようなクールな男です。そんな男が、散っていった者たちによって精神を熱く突き動かされ、渺茫ではない弱き者たちの最先端として、挑むことになります。
さて、深道クエストの内容と結末については読んでもらうこととして、なぜ深道クエストは読んでいてこんなにも元気になるのかという話をします。
それは、一度は負けた敗残兵たちが、再び立ち上がったあとの戦いの中で、その人間性の全てを発揮し、それが他の人を動かしていくという話だからではないかと思います。作中で動かされるのは深道(兄)ですが、その深道(兄)の姿は、読者である僕を動かします。そういう仕組みです。
そして、気持ちを突き動かされる中で、そもそもこの「エアマスター」という物語は、「挫折からの再起」を描いた漫画なのではないか?ということに思い当たります。
主人公のエアマスターこと相川摩季は、元体操選手の母親と、格闘家の父を持つ女性で、オリンピックの体操選手を人生の目標としていました。しかし、父親の恵まれた体格は遺伝し、大きくなりすぎたその身体は、体操には不利になります。
その結果の体操選手としての挫折と、母の死の重なりにより、摩季は体操を諦め、それまで体操一色だった人生は虚無になってしまいます。
摩季はある日たまたま出会ったストリートファイトにのめり込みます。親から遺伝した大きな体と、体操で培った縦横無尽な動き、そして、見ただけの動きを再現できる能力により、またたくまに話題のストリートファイターにのし上がりました。彼女はいつのまにかエアマスターと呼ばれます。
そう、摩季の物語もまた、挫折からの再起の物語なのです。「エアマスター」の物語は、そんな摩季がエアマスターに飲み込まれていき、そして、エアマスターを含めた自分自身を肯定できるようになることによって終わります。
つまり、深道クエストが印象的なのは、このエアマスターにおける挫折と再起のテーマ性を、純に体現したエピソードであるからだと思います。それによって、それまで他にもあった同じ構造のエピソードの全体にバフがかかり、倍加されたエネルギーがそこに集中するからではないかと思います。単体のエピソードではなく、全体に効いてくる特異点です。
そう思えば、「エアマスター」には他にも挫折から立ち上がった人たちが沢山います。
一番印象的なのは崎山香織でしょう。芸能界の端っこにいた売れないタレントであった彼女は、美容のためにはじめた太極拳でストリートファイトに参戦し、活躍します。崎山はそんなには強くありません。ただし、それは化け物のようなファイターが沢山いるからです。しかし、そんな化け物の中で、単純な強さだけでは測れない魅力を崎山は見せ続けます。
女子プロレスのエピソードでは、崎山の過去が語られます。高校生のころから強い自我に基づいたカッコいい存在であった崎山は、目立ち、そして目をつけられます。
崎山は暴力に負け、性暴力に傷つけられ、それが心に消えない傷として残っていたという事実が分かります。
目の前のプロレスのリングの上には、高校時代に自分を傷つけさせた女がいます。過去の傷を思い出させられます。忘れられるわけかがないのに、忘れようとしていた自分に気づきます。許せない。許せるわけがない。許せないのは、「自分がこいつにビビっていたことに」です。なぜなら自分は「あの崎山香織」だから。
自分の考える最高の崎山香織であるためには、こんな奴にビビっていた自分が許せない。崎山香織は、自分が崎山香織であるために、ビビっていた自分を否定し、その強烈な怒りをもって相手を倒します。一撃で。
崎山香織は、自分が崎山香織であるために、崎山香織になりました。挫折を乗り越え、自分が自分であることを最大限表現しきりました。どうですか??崎山香織を見ていると元気になるでしょう?
彼女の最高の姿は、バトルロイヤル編で見られます。エアマスターと戦うために強くなった崎山香織は、エアマスターが自分に発した「悪いが1秒だ」の言葉に怒ります。エアマスターと自分の実力差は分かっている。戦えば1秒で倒されるのも分かっている。崎山香織の怒りは「悪いが」にあります。
自分のことをエアマスターが下に見ていることに、哀れみを向けていることに怒ります。なぜなら、自分は「大崎山香織様」だから。大崎山香織様は、エアマスターの下にいる存在ではなく、エアマスターの心の中に居場所のある存在であるべきだからです。
エアマスターに分かってもらうためだけに強くなった崎山香織が、命をかけて崎山香織を分からせてやろうとする姿を、雑誌連載時に読んだとき、僕は全身に鳥肌が即座に3回読み直しました。


エアマスターの登場人物には、このような挫折から立ち上がり続けた人たちが他にも沢山います。自分の弱さに絶望し、強くなるために全てを捨てた時田や、圧倒的な強さを持ちながら自分が唯一思い通りにならない摩季に愛されたいと泣く坂本ジュリエッタ。そして、自分の後悔に向き合い、修行で乗り越え続けて強くなる中年のルチャマスターがいます。様々な登場人物たちが、失敗を重ね、それでも再び立ち上がり、自分が自分であることを表現するために戦います。
その中で、もう一人詳しく取り上げるとするなら北枝金次郎でしょう。
北枝金次郎は、黒正義誠意連合を束ねる総長でありながら、エアマスターに負け、皆口由紀には手も足も出ずに瞬殺されます。そのとき、皆口由紀の口から出た言葉は「弱いわ」でした。
負けた金次郎は、なりふりかまわず強くなる道を選びます。それまでの戦いのスタイルを捨て、衝撃を吸収する装甲をまとったヒーロー、シズナマンとなります。
金次郎は強くなりました。しかし、かつて金次郎と戦い敗れたルチャマスターはそんな金次郎を見て、「弱くなった」と表現します。ルチャマスターの攻撃は装甲に阻まれて、金次郎にはまるで効きません。金次郎はアッパーの一撃でルチャマスターを倒します。しかし、やられる直前、ルチャマスターが金次郎に向けて叫んだ言葉は「お前はもっと強いはずだ」でした。
金次郎は強くなりました。強くなったはずなのに、それでもバトルロイヤルでは、圧倒的な暴力を持つエアマスターの父、佐伯四郎に敗北します。その暴力の前では、装甲を紙切れのようなものでしかありませんでした。
なりふり構わず強くなろうとしたのに、このざまです。結局何の意味もなかったのかもしれません。シズナマンの装甲は完全に破壊され、彼は再びただの北枝金次郎に戻りました(余談ですが、この仮面を被って世界との隔絶をした男が、それを剥ぎ取られて再び世界に晒されるというモチーフは、前作の「谷仮面」と共通するものですね)。
金次郎をシズナマンに改造したシズナは、準備していたものの結局使わなかった最終兵器のフタを開けます。その中に入っていたのは、ハチマキです。かつて金次郎が締めていた黒正義誠意連合のハチマキです。それは、金次郎が捨てたはずのプライドそのものです。
そこで金次郎は全てを取り戻しました。人は安いプライドさえあれば戦える。それは渺茫に敗れたジョンス・リーの言葉です。
金次郎の安いプライドがそこにあります。プライドを燃料にして、レベル的には敵うはずのない渺茫に立ち向かい、渺茫の攻撃を食らっても食らっても倒れることがなく、その姿は、ついには渺茫に畏怖を感じさせます。
北枝金次郎は、挫折から立ち上がり、駆け抜け、北枝金次郎がなんたるかを表現しきります。
これを見れば元気が出てきますよ。読者の僕だけではない、作中の深道(兄)がそうです。深道クエストの下地には金次郎の姿があります。深道(兄)は、その後、受け止められるはずのない渺茫の強烈な一撃を、両腕の骨をバキバキになりながら受け止めきります。そのとき叫んだ言葉が分かりますか?
「金次郎のように力強くっ!!」
ですよ。
一度は倒れた人間が立ち上がり、自分という存在の全てを表現しきって駆け抜ける人間の本気には、他人を動かす力があります。それは人と人の間で連鎖し、大きなうねりとなります。
それは作中で渺茫に届き、そして読者に届くと思うんですよね。
だから僕は「エアマスター」を読み返せばいつも元気になるんだと思います。登場人物たちが挫折を乗り越えて、再び立ち上がり、本気で生きている姿を見せてくれるから。自分もそれを受け継いで、本気で生きる気になるんですよ!!
ということで、「エアマスター」は読めば元気になることが確実な漫画で、生活必需品です。人間は人間だからバイオリズムがあり、調子が良いときも悪いときもあると思いますが、「エアマスター」を読み返せば、悪いときの下限がぐっと上にあがります。それによって生きることから困難さがなくなります。
こんな「エアマスター」を買わない道理がありますか?いやありません!今すぐ買いましょう。







