今まで何作かの漫画の連載を終えたのですが、自分の漫画の連載を終えたときに思ったのは、「もうこのキャラの物語を描くことはないんだな…」という寂しさです。それまで連載でずっと描いてきたキャラたちなのに、お話が終わってしまったからには、続編でも描かない限りはもう再び彼ら彼女らの物語を描く機会はありません。これはとても寂しいことです。
これは作中でキャラが死ぬ時もそうで、死なせてしまったらもう二度と描くことはできません。回想シーンをやったり、何らかの力で生き返らせたりできればいいですが、そうでない場合は、まだこのキャラについて描けることがあるかもしれないのに、ここで死なせてもいいのか?もう二度と描けないのにいいのか?という葛藤が作者にはあったりもするのではないでしょうか?お気に入りのキャラであるならばなおのことです。
登場キャラが多い漫画の連載が長くなるのも、まだこのキャラを退場させる前に描きたいことがあると思うからかもしれません。まだダシがとれるのに鍋から取り出したくないという気持ちです。とにかく何らかの理由でキャラが漫画に登場しなくなる前に、描きたいことは描いておかないといけないと思うことはあるのではないかと思います。
そう思ったとき、いくつかの漫画の中で、キャラが退場する直前に乳首を出すことがあることに思い至ります。それはもしかすると、その機を逃すと、そのキャラの乳首を描く機会が二度と訪れなくなるからではないか?という仮説に思い至りました。


以下、僕が勝手に思ったことなので、作者からするとそんなこと考えてねえよと思うかもしれません。いや!思うでしょう!何をバカなことを言っているんだ?と。しかしすみません。僕が思っただけのしょうもない与太話として読んでください。あらかじめ謝っておきます。
1. あずみ
「あずみ」の終盤のエピソードに万という女性が出てきます。この女性はとてもおっぱいが大きいことが特徴として描かれており、道案内をする代わりにおっぱいを揉ませてくれと頼まれたり、見染められた豪山がつきたてのおもちのようだと表現したりします。しかしながら、そこで万の乳首は読者には見えるようには描かれません。道案内をするからおっぱいを揉ませろという要求に対して、あれが目指すお寺だとは限らないので、見るだけで我慢しなさいと言う場面があるのですが、そこで男に見せたときも紙面の向こう側におっぱいを晒したため、読者には見えませんでした。
「あずみ」は主人公のあずみを含めて裸がよく描かれる漫画であるため、乳首も頻繁に描かれる漫画だったのですが、万の乳首はかたくなに描かれません。これはおっぱいの神秘性を保つためにあえて描かないんだなと思っていたのですが、最後の最後、捕らわれていた万が豪山に助けられたあとに川でまぐわう場面において、急に乳首が描かれます。連載時に読んでいた僕は、え??今になって急に乳首が??と思ってビックリしました。
このエピソードはほどなく終わり、クライマックスに一度乳首が見えたエピソードだな…と僕は思いました。
2. GANTZ
「GANTZ」のレイカも乳首が見えません。レイカは宇宙人と戦うGANTZのゲームに巻き込まれたおっぱいの大きな芸能人で、主人公の玄野に惚れるのですが、お風呂に入っている場面などもあるものの乳首は描かれません。GANTZ自体は第一話の引きが裸の女が転送されてくるところなので、乳首を描く漫画です。しかし、レイカの乳首は描かれません。なのでこれは、意図を持った演出ではないかと思います。しかしながら、レイカが死ぬとき、心臓マッサージをする場面で急に乳首が出ます。当時連載で読んでいた僕は、レイカが死ぬことと同時に、これまで描かなかった乳首がここでいきなり出るのか??という驚きがありました。
この文章を書く発想のきっかけとなったのが思い至ったのがこの場面です。ここで、死んでしまうともう作中でレイカの乳首を描く機会は二度と来ない…だからこそ今描くしかないということではないかと当時の僕は思いました。
ちなみに、この考え方には弱点があって、GANTZは人をコピーとして生き返らせられる漫画なので、その後、また全裸のレイカが出てくる場面があります。
話は逸れるのですが、漫画でよくある二人の女性が一人の男性を取り合う展開において、男性の方をコピーして二人に増やすことで解決をはかるという展開がGANTZにあったのが画期的だと思いました。その片方がレイカと暮らすことになるのですが、でも人間なのですから、二人にコピーしたとしてもそれぞれの女性を急に好きになるというようなことはなく、そのジレンマを描いたのが面白かったです。上記のレイカが死ぬ場面は、そんなコピーされた玄野の気持ちがレイカに向けられるという重要な場面でもあります。
3. 谷仮面
「谷仮面」では、主要女性キャラの乳首が一通り見えるという場面があります。ヒロインの島さんの乳首はお風呂の場面などで自然に出てくるのですが、終盤の戦いの中で、格闘姉妹の皆口美紀、皆口由紀は服が破られて丸出しになり、その後、椎名綾の乳首も見え、シズナは助かったかと思ったら、最後の最後でうっかり見えます。
全員分見えたなと思ったので、読みながら終盤から完結までの期間に一気にノルマ達成!というような気持ちになりました。
ちなみに「谷仮面」は人と人が愛し合うということをこれでもかというほど真っ直ぐストレートに描いた超名作漫画なので超オススメです。
4. 出るトコ出ましょ!
「出るトコ出ましょ!」は、女子高生が法律事務所でアルバイトとして空回りながら活躍する漫画で、主人公の特徴はおっぱいが大きいところです。おっぱいが大きいことを特徴として描かれながらも乳首は描かれずに連載が続いていたのですが、連載の途中のある場面で急に乳首を出す描写があります。
それを連載で読んだときに僕は「世界のルールが変わった!」と思って驚きました。その後は作中で乳首描写が当たり前のように出るようになります。ここからは邪推でしかないのですが、人気取りのテコ入れのために乳首が出るようになったのではないか?と当時の読者としての僕は捉えており、これも広義の乳首が(連載の)死亡フラグと言えるのかもしれないと思いました。ただし「出るトコ出ましょ!」はその後も連載が続いたので、やっぱり死亡フラグではなかったかもしれません…。
ちなみに、作者の稲光伸二先生は、現在「性食鬼」というエロバカ漫画を長期連載中で、仮にあれが死亡フラグであったとしても、今の連載に繋がっている道なのではないか思い、乳首の周囲で生と死が流転することについて思いを馳せることになります。
急に乳首が出る話で言えば「空手小公子小日向海流」でも、それまでエッチな展開があったとしても乳首はでなかったのですが、ある時期急に扉絵で女性キャラの乳首が描かれるということがあり、何があったんだ…?と思った覚えがあります。「空手小公子小日向海流」はその後「「空手小公子物語」として仕切り直されるので、これもそういうことだったという解釈が成り立ちます。
5. 雷鳴のZAJI
「雷鳴のZAJI」については、これもまた角度の違う話ですが、僕が小学校3年生の頃、友達のTくんの家に遊びに行くと車田正美先生の「雷鳴のZAJI」という漫画があって、当時「聖闘士星矢」がとても好きだったので一緒に読ませてもらっていたのですが、途中でおっぱいが丸出しの場面があって、二人で見ながら「おっぱいだ…」と確認しあった思い出があります。
これがどう退場フラグなのかというと、その後しばらくしてまたTくんの家に遊びに行ったときに、そのおっぱいの場面のページが破り取られており、聞くとお母さんがこんなエッチなものは見てはいけないと破ったとのことで、これが僕の記憶の中での「おっぱいが出るといなくなってしまう」と思った最初の体験だと思います。
漫画のキャラは、それぞれが物語から退場するまで描かれます。しかし、キャラについて描けることは多々あり、それが紙幅の都合や展開の都合で漫画の物語の中で全部描けるかどうかは分かりません。そんなときに作者が描けるものは何か?まだ描けていないものは何か?描いておいた方がいいと思ったものは何か?最後に差し込めるものは何か?そういう考えがもしかするとあるかもしれず、それが乳首のこともあるのではないかと思います。
ここまで書いて、なんか怒られそうだなと思ったのですが、怒られたくないので怒らないでほしいと思っています。
最後に一言でまとめます!!
IT(Ikinari Tikubi)、”それ”が見えたら終わり。







