なぜ批評家と観客で意見が分かれた?SM映画『フィフティ・シェイズ』三部作の真相に迫る

ヤマダマイ

皆さまは『フィフティ・シェイズ』三部作をご存知でしょうか?

2015年にアメリカで発表された官能小説が原作で、主人公の女子大生とビジネス界の大御所がサドマゾの関係を結ぶという、かなりセンセーショナルな作品として公開されました。

興味深いのは内容だけでなく、その評価です。第1作の『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』は第36回ゴールデンラズベリー賞を受賞しながらも、興行収入では全世界にて5億7000万ドルを超える記録を叩き出すなど、批評家の評価と反比例しています。

かくいう筆者も、作品の概要や上記のような評価を耳にはするものの、しっかりと作品を鑑賞したことはありませんでした。なぜここまで両極端な評価になったのか?(そしてどれくらいエッッ!な内容か…)

今回は、気になっていたけどちゃんと調べていなかった『フィフティ・シェイズ』三部作とガチで向き合います。映画ファンにはウケず、カジュアル層には刺さったその理由とは…?

原作小説は某作品の二次創作

原作はE・L・ジェイムズによる女性向け官能小説です。クリステン・スチュワート×ロバート・パティンソンで映画化された「トワイライト」シリーズのファンフィクション(日本でいう二次創作)としてネットで発表されました。

アメリカではベストセラーとなり、E・L・ジェイムズは2012年にアメリカのタイム誌によって「世界で最も影響力のある100人」の1人に選ばれています。

『フィフティ・シェイズ』シリーズ概要

映画ではヒロイン、アナスタシアを2018年版『サスペリア』のダコタ・ジョンソン、彼女に惹かれる若手(1作目時点では27歳)のCEOクリスチャンを『ベルファスト』のジェイミー・ドーナンが演じました。

3部作となった本作は、15〜18年の間に3部作が映画化という、なかなかのスピード感。

否定的な意見に反して、興行収入は良好だった本作ですが、ほかにも1作目『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』の主題歌であるエリー・ゴールディングの「Love Me Like You Do」は、ゴールデングローブ賞主題歌賞にノミネートされました。

ちなみにタイトルの『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ(fifty shade of grey)』は、クリスチャン・グレイの多面的なキャラを表す意味を込めて「50の色調をもつグレイ(グレー)」としたそうです。アンミカかな?

ギャップポイント①エロ要素への期待値

『フィフティ・シェイズ』シリーズを通して見た印象として、真っ先に感じたのが「思っているほどエッチではないし、SM要素もそんなにない」でした。

例えば2作目『フィフティ・シェイズ・ダーカー』のwikiにある批評家の意見を引用してみると…。

物語に観客を満足させられるほどの葛藤がない、もしくは、演技のケミストリーが十分ではないが故に、『フィフティ・シェイズ・ダーカー』は性的に倒錯した作品であろうとしているにも拘わらず、どこかもたついており、性的倒錯の罰の側面しか表現できていない。
引用元

ようするに「思っていたよりエッチではなかった」ということですよね?これ。

批評家となれば、きっと古今東西のエロティックな映画も見ているでしょう。ベルナルド・ベルトルッチの『ラストタンゴ・イン・パリ』や増村保造の『卍』などなど…。『フィフティ・シェイズ』シリーズは「サドマゾ」というセンセーショナルな側面を打ち出しているものの、特に「うお…すっげっ…」と思うシーンは3部作通してありませんでした。いわゆる出オチというか…。

(↑)『フィフティ・シェイズ・ダーカー』はパーティー会場やレストランなどであんなイタズラ(遠隔ロー○ー)やこんなイタズラ(ビ○ズ)などしていますが、これって厳密に言うとSMではないような…。

またSM要素以外のエロティックな要素もそんなにハードなものはない…というのが正直な感想です。お茶の間でラブシーンが流れたら、ちょっと慌ててチャンネルを変えるレベルでした。

あくまで本シリーズは、サドマゾの関係しか築くことができない男・クリスチャンと、彼に恋するヒロイン・アナの関係がどう発展していくのか、その過程が見どころです。

観客は原作ファンをはじめ、カジュアル層が多いと仮定すると『愛のコリーダ』も『ニンフォマニアック』も知らないだろうし、『フィフティ・シェイズ』シリーズのエロ要素で満足できるのかもしれません。

ただ批評家(映画ファン)はいろんなエロティック映画を観ているので、もっとアブノーマルなモノを期待してしまうのかもしれません。肩透かしを受けての批判的なレビューが集まったのではないかと考えます。映画ファンが見たいのはゴージャスで華やかなベッドシーンではなく、映画『娼年』で、女性の失禁を見つめる真顔の松坂桃李なんです。

ギャップポイント②そんなにSMしてない

(↑)みんなの王道・鞭打ちさえもなかったです…。

ポイント①の掘り下げになりますが、皆さんは「SM」と聞いて、何を想像するでしょうか?猿ぐつわ?蝋燭?人間家具?

そのどれもが『フィフティ・シェイズ』シリーズでは描かれませんでした。基本ソフトSMどまりです。拘束・目隠し・スパンキングがメインで、シリーズを重ねるごとにハードになることもありません。

2人がSMをする「プレイルーム」には、目のやり場に困るほどいろんな器具が用意されているのに、ほとんど使っていません。クリスチャンは金持ちなのに、アナとのプレイで使う道具は一般のご家庭で用意できるものばかりでした。その点は某料理番組より親切な設定かもしれません。

(↑)支配と従順の関係となるSMプレイに興味はあるものの、恋愛では常に対等であろうとするアナ。

そもそも、アナとクリスチャンの関係性がやや複雑というのもあります。アナはクリスチャンとのSMプレイに興味はあるものの、日常生活を含め、完全に彼に従うことはありません。クリスチャンも、これまでの「なんでも従う女性」とは違う、自立したアナに強く惹かれていきます。

あくまでアナのゴールは「SMでしか女性と交われないクリスチャンの心を開きたい」というものです。このゴールがあるゆえに、シリーズを重ねるごとにハードなプレイに持っていくことが実質不可能となっていました。

ちなみに1作目ではプレイ中にトラブルが起きないよう、「契約書」をクリスチャンが用意して、それにアナが訂正を要求する場が設けられます。クリスチャンの会社の会議室で「このプレイはナシで」みたいなやり取りが長々と続く…。公私混同すぎるだろ!

なおこの段階でアナは「フィストはイヤ」と要求し、クリスチャンもこれを了承しています。フィストの有無によって、今後作品内で描かれるSMへの期待値が線引きできる親切設計になっていました。

もしかすると多くの批評家(映画ファン)はこの時点で「フィストはないのかよ…」と見切りをつけてしまったのかも…。

ギャップポイント ③テコ入れ並みのジャンル過多

(↑)R15指定の映画なのに、誘拐した犯人の要求が「お前の体で支払え…」ではなく、身代金なのは斬新な気もします(最悪な思考)

SMの内容に変化がつけられないのに3部作もあるので、おのずと変化を入れる要素は”ジャンル”くらいしかなくなってきます。

異色のラブストーリーから始まった1作目ですが、3作目ではクリスチャンの会社でのボヤ騒ぎから始まり、謎の追っ手をアナがカーチェイスでまいたり、ついには誘拐事件まで起きるというジャンルの過多っぷり。誘拐事件が起きた理由も「自分たちのSMプレイがバレた!」とか、そういう理由ではありませんでした。

どんどん最初のテーマであったサドマゾ要素は蚊帳の外になっていきます。(実際、新婚ほやほやだからか普通のイチャイチャシーンの方が多い気がする。リア充め…)

ここまでくると批評家はもちろん、カジュアル層の観客からも「何を見せられているのか…」と思われてしまうのでは?と不安になるほどです。

しかも3作目ではアナとクリスチャンは結婚しています。当初の「SMでしか女性と交われないクリスチャンの心を開きたい」という目的が達成されてしまっており、この作品のゴールがいまいちよく見えない点も、より迷走度を高めているように感じました。

いっそのこと、『劇場版名探偵コナン』みたいに、冒頭でクリスチャンの会社が爆破しれたた方が盛り上がりそう。

結論

「観客はドラマとエロ要素をバランスよく楽しめたが、批評家(映画ファン)はエロ要素への期待値をあげすぎてしまった」

SMがテーマですが、ちょっとHなラブストーリーくらいの期待値で見るのがちょうどいいと思いました。

「フィフティ・シェイズ」シリーズは「トワイライト」の2次創作なので、もしかしたら満足できなかった性欲の王みたいな人が「フィフティ・シェイズ」の2次創作で滅茶苦茶エッッッッな小説を書くかもしれませんね…。

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