「このマンガがすごい」の区分けはどうあるといいのか?関連

ピエール手塚

 「このマンガがすごい」は、毎年年末に出ているこの1年に出た漫画の購入ガイド本で、多くの選者がそれぞれのオススメの漫画を提示し、その結果の集積としてのランキングが発表されています。

 このマンガがすごいを読んでいると、良いガイド本だなと思うことが多く、その理由は、毎年選出された漫画の数が多く、選者がそれぞれ思い入れのある漫画を入れるために票がかなりバラけているということです。それは日本の漫画の多様性を示していると思います。出版されている漫画の多様性とその読者の多様性です。選者それぞれの環境において強く目に入る漫画が分かれており、少ないところに皆が集まっているのではなく、それぞれの場所にそれぞれにぴったりの漫画があって、それは豊かさだなと感じています。

 このマンガがすごいをとりまく問題点として僕が感じていることは、「本の内容」や「本を読む人」よりも、「本自体は読まないがネットで公開されたランキング上位の結果にだけ言及対象として興味がある人」というのが大勢に感じられるところです。本自体には豊かなことが書かれているのに、本を手に取ってそれを確認するでもなく、ランキング結果を見て一瞬言及するだけの消費のされ方をしていることがもったいなく感じています。
 しかし、SNSなどで毎日のように漫画のオススメ情報が流れてくるだけでなく、そこから無料連載や試し読みに直接繋がれる現在において、何の漫画を読むといいのかを探す上で、この本の果たす役割は相対的に減っているのかもしれません。

 さて、「このマンガがすごい」のランキングは「オトコ編」「オンナ編」に分かれているのですが、この区分けが適切なのかどうかについて毎年議論がされているのを目にします。

 

 議論となる理由としては大きく以下の3点があると思います。

①性別で何かを区分けすることそのものが良くないのではないか?

②昔よりも漫画雑誌の男女向けの境界が曖昧になっているので区分が不適切ではないか?

③区分け方によってランキングに乗りやすい乗りにくいがあるのがアンフェアではないか?


 ①については、そうだと思います。なので、僕もこの区分けについてはできれば変えた方がいいように感じています。今も雑誌自体は読者のターゲットを性別や年齢で区分けしてはいるものの、女性が少年誌青年誌を読むことも当たり前ですし、男性が少女誌女性誌を読むこともおかしくありません。そして、人間の精神は男性女性という2つに別れるとも限りません。自分は男だから、自分は女だからというようにそれぞれのランキングを見ることを想定するのが果たして適切か?という疑問は当然あるものだと思います。

 ②についても、そうだと思います。現在は雑誌単位で想定読者が男女に分かれていないものがありますし、同じ雑誌で連載していても、オトコ編にランクインしていたりオンナ編にランクインしていたりすることがあります。Webやアプリの連載になればなおのこと入り混じるようになるので、この区分を考えることそのものが大変なケースが増えているでしょう。

 ③については、①②がある上で、現在の区分けではオンナ編の方が得票数は低くてもランクインしやすいという状態があると思います。つまり、どちらに分類されるかによってランキングの順位が変わってくるという状態であるため、どのような観点から分類されるかは結果に大きく作用するところであり、慎重な区分けが必要と感じることも自然だと思います。

 さて、そのような妥当な指摘がある中で、なぜ今の状態が継続しているかというと、「『では適切な区分けとは何なのか?』というところに皆が納得するような答えが出ていないから」ではないかと思います。

 区分けをやめて一本化するのも選択のひとつですが、その場合、現在の状態ではオンナ編にランクインしている漫画は、ランク下位に埋もれてしまう可能性が高まります。でも、オンナ編にランクインしている漫画って面白いんですよ。それが人の目に触れる機会が減ることって結局誰が得する話になりますか?という問題があります。区分けにもやもやすることは減ったとしても全体として人の注目があるチャンスが減ってどうなる?と思ってしまいます。
 さらに言えば、オトコ編の下位にランクインしている漫画も面白いですし、ランクインしない漫画だって面白いものは沢山あります。本当に沢山あります。知っていますか??漫画って人に全然知られていないけど、めちゃくちゃ面白い漫画って沢山あるんですよ。それは漫画を取り巻く環境がとても多様で豊かだからです。

 そんな多様で豊かであることの問題点としては、「面白いのに埋もれてしまってターゲットとなる読者に適切に見つけて貰うことが困難になる」ということがあります。僕は自分が好きな漫画について、「こんなに面白いのにまだ世間に十分に見つかっているとは言えない…」と思ってしまうことが多いのですが、この本に限らず、ブックガイドや賞などは、それを人に知らしめる力を持っていると思うので、上手く機能してほしいなと考えています。

 

 さて、この辺りのことを踏まえて僕が新しい区分けを考えるとしたなら、基準は以下3つであると考えます。

A)面白いのに埋もれている漫画を発見しやすくなる偏りがあるものであること

 人気投票について偏りを無くした場合、ランキングを左右するファクターは現時点の知名度になってしまうと思います。つまり売り上げに近似していくランキングとなり、それは売り上げランキングを見ていればいい話なのでわざわざ別でランキングする必要がありません。
 なので、賞やランキングは偏りがあってナンボではないかと僕は考えており、それによって売り上げランキングには見えて来ない何かが見えるようになるといいと思っています。例えば、さいとう・たかを賞なんかは「原作と作画が分かれている漫画」という選出作における偏りがあり、それによって見えやすくなるものがあります。

 

B)その区分けが見る人に納得感があるものであること

 オトコオンナがそうであるように、そのように分けることが適切かどうかに疑問を持つと、そもそもそれを見ようと思って貰えないかもしれません。例えば、「作中にエルレガーデンのファンが出る漫画編」と「出ない漫画編」だった場合、出る漫画編は大体毎年「桃色メロイック」がとることになってしまうので、そんな特殊な分け方をするなと思われてしまうかもしれません。
 でも、今注目が集まっていない良いものに注目を集めることを目的と考えたら、前述のように切り口が面白ければ納得感なんてなくてもいいと思うんですよね。でも、毎年オトコ編オンナ編という区分けに疑義が呈されるということは、このマンガがすごいという本がある種の権威的なポジションをとっており、ポジションがある以上は公共性が求められ、偏るなよということになってしまうのかもしれません。

 

C)区分け方が明確に分類しやすいものであること

 同じ雑誌の中でこれがオトコ編かオンナ編かで迷ってしまうように、区分けが明快でないとそもそもどれに分類すればいいのか?で迷ってしまうと思います。そのため、どっちに分類されるかが明確に決まる基準であるべきだと思います。

 区分けも細かくなるほどに選ぶ手間がかかりますし、ランキングが切り口で分散した場合、「結局どれをみればいいの?一番いいランキングをひとつだけ見ればよくない?」みたいに扱われてしまう懸念もあります。なので、2つが適切で多くても4つまでという感じに思います。

 

 3つの考え方を提示しましたが、ここにさらにもうひとつ条件を与えるとしたら、

D)ランキング結果が話題になりやすいものであること

 があると思います。

 

 人間は基本的に「知っているものが好き」です。知名度はないが知る人ぞ知る面白漫画が沢山ランクインしたところで、みんなが知らない漫画ばかりのランキングは、話題にされる可能性が低くなってしまうと思います。でも、例えば、2025年末のランキング1位が「鬼滅の刃」だったらどうでしょうか?おそらく大いに言及されると思います。その是非についての議論が起こると思われるからです。
 何年も前に完結済みの漫画が今1位をとることの是非や、このような企画に本当に売れているものが1位をとることの是非、しかしながら、映画が公開され実際まだまだ話題になっていることや、他の漫画を応援している人からの自分の好きな漫画がランクインできなかったための批判などが白熱するのではないかと思います。
 そうなるだろうと思う理由としては、皆が知っているものの名前が出ていると言及したくなるということと、人間は序列をとても気にする性質があるということからそう考えます。人間は、自分の中の序列と、目の前で示された序列が乖離しているとき、その差をなくそうとする動きをしてしまいます。
 つまり、自分が下位だと思っているものが上位にランクインされていたとき、これが上位なのはおかしいと言いたくなり、自分が上位だと思っているものが下位になっていたり、そもそもランキングに入ってすらいなかったときに、これを上位に評価できないのはおかしいと言いたくなるものです。

 つまり、ランキングの中には、皆が知っているような有名な漫画が入ってくるようなレギュレーションでなければそもそもランキング自体が話題になりにくいし、知られていない漫画を紹介するガイドとしての役割も果たしにくくなると思うんですよね。
なので、まだ人に知られていないマイナーだけど面白いものを紹介できればいいとも限らないのではないかと思っていて、そのあたりの塩梅が難しいなと思います。

 このあたりのことを踏まえて、僕がこういう区分けがあるのではないかというものをいくつか案を挙げます。

 

案1「大衆文学編」と「純文学編」

 前述のA)の目的に合致する考え方で言えばこれになると思います。大衆性があるエンタメで多くの人から注目を集めやすい作品と、純文学的な読んだ人の内面に何かの爪痕を残すような作品を区別します。
 この分け方の問題は、何を大衆文学的と言っていいか何を純文学的と言っていいかの切り分けが明瞭ではない点があると思います。大衆性のある内容の中にも純文学的要素が入るものはあると思いますし、選者がどう思ったかところになるので判別が難しいかもしれません。

 

案2「週刊連載編」と「月刊連載編」

 隔週連載や季刊、不定期連載などがあるので名前は再考が必要ですが、言いたいことは連載ペースを基準にすると分けやすく、内容的にもある程度合致するのではないかと思うということです。
 週刊連載はどちらかというと大衆的エンタメに寄りがちで、沢山のスタッフとともに量産して売れていくことでなりたつものですが、月刊連載は作者が一人で描いているケースも多く、より個人的内省的な内容に寄ることが多いように思います。もちろんそうではないケースも多々ありますが。
 分け方は明瞭になると思いますが、その場合、週刊誌で隔週掲載や月イチ掲載、定期的に長い休みを挟むシーズン連載について選者がその漫画がどれに該当するかを意識しないといけないので、細かく考えていくと面倒さは残りそうです。

 

案3「オタク編」と「サブカル編」と「一般編」

 これは作品ではなく、選者が自分をどう自認しているかによって分けるという方法です。自分のことをオタクだと思っているかサブカルだと思っているか、一般人だと思っているかによって選ぶ漫画の内容にも違いが出てくると思うので、ランキングにも違いが出てくると思います。
 問題は、オタク文化の隆盛によって、かつてサブカルと呼ばれていたものがオタク文化の中に取り込まれているケースが昨今はあると思うので、その中で自分をサブカルと称している人がどれほどいるのか?と思う点です。
 一般人という区分けもどうなんだ?(オタクやサブカルが一般と異なるとは?)という疑義も呈されるかもしれません。書店などが選ぶものも一般でいいのか?オタク系書店ならオタクになるのか?みたいなことも考えないといけませんね。

 

案4「喜編」と「怒編」と「哀編」と「楽編」

 作品から想起される感情を元に分類する方法です。これも分け方が難しいので選ぶのが大変ですが、結果として出てくるランキングは面白いのではないかと思います。
 どのような漫画を読みたいのか?という観点からどのランキングを参考にするのかが決まってくると思うので、例えば、怒りや哀しみをわざわざ漫画で読みたくないよという人が楽しいものや喜びを感じられる漫画を探すための手掛かりになります。

 

まとめ

 「このマンガがすごい」のランキングの分け方について、どういう問題があって、どういう基準があるべきかを考え、そこに対してどういう対案があるかを書いてみました。しかしながら、結局僕が出した案も一長一短あって、やはりそれは適切ではないのではないか?という疑問は現れてしまうように思いました。難しいですね。
皆さんもどういう分け方ならどういう意味が出てくるのかを考えてみると面白いのではないかと思います。

created by Rinker
¥980 (2026/01/07 18:32:00時点 Amazon調べ-詳細)
最新情報をチェックしよう!