「さむわんへるつ」と人を笑わせたいと思うこと関連

ピエール手塚

 「さむわんへるつ」は週刊少年ジャンプで連載されている漫画で、今月1巻が出ました。今既にとても人気が出てきているのではないかと感じていて、その理由は、僕がたまにサムワン海王(刃牙シリーズの登場人物)の名前で検索をしているときに、そこにさむわんへるつの話題が混じることがどんどん多くなっているのを感じているからです。

 さむわんへるつは、ラジオへの大喜利ネタ投稿をする人々を巡る物語です。主人公のミメイくんはラジオ番組に大喜利投稿をしていますが、物語開始時点でまだ一度も投稿を読まれたことがありません。そんなときに同じラジオのリスナーだと思っていたクラスメイトのくらげさんが、常連投稿者の「うなぎポテト」であることが分かります。
 ミメイくんは、自分より面白いくらげちゃんの存在を近くに見ながら、自分の投稿も読まれるために頑張るようになります。

 この漫画の僕が好きなところは、「常に面白いことを考え続けているくらげさんの『孤独』を感じるところ」です。彼女は面白いことが大好きだから、会話に常に小ボケを挟んできますが、クラスの他の皆にはそれが小ボケであることが伝わっていません。いきなり訳の分からないことを言う不思議ちゃん、であるかのように扱われています。それは孤独だと思います。
 しかし、ミメイくんだけが唯一それを理解します。理解して都度ツッコんでくれます。それはコミュニケーションが成立したということです。自分のした小ボケを理解してくれる人がいるということは、とても嬉しいことでしょう。常に一緒に居たいと思うほどに。
 ちなみに、くらがさんの小ボケは分かりにくいものも多々あり、読者側もミメイくんがツッコんでくれないと何の小ボケなのか分からないことも多いので、ミメイくんのツッコミスキルはかなりのものだと思います。

 ミメイくんとくらげさんの二人の関係は、そのように「お互いの言葉を理解し合える」ということによって成り立っていると思います。それはお互いの気持ちを理解し合えることに繋がります。

 僕が思うに、深夜ラジオの投稿者は、自分が理解される場所を求めていることも多いのではないでしょうか?自分が属している家庭や学校や仕事場などでは上手く理解されないものを共有できる場所です。それは、自分が面白いと思った場所で、自分の面白さを認めて貰えるということへの渇望であると思います。

 陰気な人間がお笑いにハマるということがあると思います。プロのお笑い芸人の中にも陰気な人間は多くいます。物静かで陰気な人間と、他人を笑わせることって一見真逆のようにも思えますが、そこにはちゃんと理路があるように僕は感じています。そう感じるのは、僕自身が陰気な人間だがお笑いが好きだからです。
 僕自身を振り返って考えると、陰気な人間は「自分がここに居ていいかどうか?」に不安を抱えていることが多いと思います。そしてその不安は、自分の言葉で他人が笑ってくれたときに消えます。それは相手に受け入れられたと感じて、ここに自分が居ていいという実感を得られるようになったからだと思います。

 これは軽めのゾナハ病なのかもしれません。ゾナハ病とは「からくりサーカス」に登場する架空の病気で、その場にいる人を笑わせないと苦しくなってしまうという症状の病気です。陰気な人間は軽めのゾナハ病を患っていることがあるように思うんですよね。

 しかしながら、人を笑わせるために面白いことを言おうとすることは不安と表裏一体です。相手がそれを理解してくれなければ、面白くない奴だと思われてしまうかもしれません。面白くないと思われることをリスクとして捉えた場合、傷つきたくないなら何も言わないのが最適解です。黙っていればスベることはありません。
 面白が分かっている人と思われたいだけなら、自分は直接他人を笑わそうとせず、他人が言ったことに面白いとか面白くないとかジャッジするだけのほうがコスパはいいはずです。それなら、何のリスクもなしに「自分は何が面白いかを分かっている」というような態度をとることができるからです。

 でも、そういうことをやっても埋められない渇望があると思うんですよね。だから、リスクがあっても人を笑わせたいと思ってしまう人がいます。そうなってしまうのは、たとえそれでスベるリスクがあったとしても、自分の言葉が相手に伝わったと思うこと、それによって相手を楽しませられたということが嬉しいと思うからではないかと思います。

 第一話のミメイくんはまだスベるのを怖がっている少年でした。自分の投稿が面白いと思われるかどうかが不安で、スベりたくなくて積極的な投稿ができない状態でした。それを打ち破ったのはネタ帳を見たくらげさんの「面白いよ」という言葉です。それは自分の考えた面白いことが、人に伝わったということで、それも自分よりずっと面白いと思っていた「うなぎポテト」が自分にそう言ってくれたことが初めての成功体験になります。
 その結果、ミメイくんはたとえスベったとしても自分の面白いと思ったもので人を笑わせようとする道を歩み始めます。そして初めてハガキが読まれるというところが本当にいいんですよね。

 それは、いきなり300通もネタを送ってきたミメイくんの心意気に対してのラジオ番組側が応えた話でもあります。その、たとえスベったとしても人を楽しませようとする積極性が目に留まり、沢山送った中ではたったひとつでしたが、面白かったネタが読まれます。
 人を笑わせようとすることは怖いことでもあります。でも、それでもやろうとする積極性があることが、良いこととして捉えられるのは、ラジオ番組を作っている側もその怖さと戦いながら進んでいく人たちだからではないかと思います。

 人を笑わせようということは、失敗するのが怖くて、しかしながら成功すると何物にも代えがたい嬉しさがあるものだと思います。

 ラジオへのネタ投稿を行うことを描いた漫画ではヤングマガジンで連載中の「妹は知っている」もあります。こちらは、寡黙な兄が実は有名なハガキ職人で、会社では面白みのない奴だと思われているものの、お兄ちゃんが実はとても面白い人だということを、その妹は知っているという漫画です。そして、彼が実は面白い人間であることに、周囲の人たちは徐々に気づいていきます。
 あまり表情がなく、淡々と暮らしているような兄が、実は、人を笑わせたいとか楽しませたいという気持ちを純に持っていて、それが行動から垣間見えるところ、そしてそれに対する周囲の理解が得られていくところがとても好きです。

 花とゆめWebで連載されている「スベる天使」も、人を笑わせることを描いている漫画です。こちらは、お笑いが大好きでお笑い芸人になりたいと思っている女の子、天羽さんに巻き込まれる形で、普通の男の子の城間くんが相方になるという物語です。僕が好きなのは、天羽さんが文化祭の舞台に一人で立ち、今まさにスベっているところに、男の子が相方として自分も立つ場面です。
 だって怖いじゃないですか。学校の皆が見ている前で、ウケないかもしれないという恐怖を前にして舞台に立つことって。そんなことをしたら、学校でその後ずっと笑われてしまうかもしれません。でも二人は舞台に立ち、結局そんなにウケるわけじゃないんですけど、それでも、二人でコントをやり切った場面が本当に良いんですよね。
 その後、別の場面で初めて自分たちのやったことが皆にウケたことの、城間くんの実感の場面もめちゃくちゃ良かったです。人を笑わせられるって本当に良いことだと思えたからです。

 現在連載中のこれらの漫画が、一見したところ面白おかしく楽しい感じの人でもない人たちが、それなのに、人を笑わせることに取り組んでいることを描いているのを、すごく良い話だなと思って僕は読んでいます。

 現代って、SNSなどで常に誰かに見られている世の中じゃないですか。何か変な失敗をしたりすれば知らない大量の人に笑いものにされたりしかねませんし、それによってその後一歩も動けなくなるような傷を負うことだってあるはずです。
 その中で上手く立ち回ろうと思えば、人を笑わせる側になんてなろうとしない方がコスパがいいかもしれません。

 笑いに限らず、歌をうたったり、漫画を描いたり、文章を書いたりしたとしても、人の目に触れたら絶対誰かに嫌なことを言われますし、嫌な思いをしたくなければ何も表現しない方がいいと思います。だから、自分が何かをやるのではなく他人がやっていることに一言コメントするだけにして、自分の方がセンスいいんだぜというアピールだけしておく方がお得にも思えます。
 そんなふうに、自分で考えた面白で人を笑わせるより、誰かに対して「スベった」とか「おもんない」とか言っておいた方が楽じゃないですか。

 でも、そうしない人がいるのは、自分が考えたものが人に伝わったことの喜びを知ってしまったからじゃないかと思うんですよね。そういう喜びについて描いている漫画が今色々あるということが僕はとても心強いように思っています。
 なので、こういった漫画などをきっかけに、皆さんもそういうことをやってみてもいいのではないかと思っています。

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