ソナチネ 暴力の中にある普遍的なきらめき

えのき

『首』が公開されましたが、今更『ソナチネ』を見ましたえのきです。

以前『アウトレイジ』とかは見ていて「面白かったな〜」とは思っていたんですが、「ワイワイ実況して面白かった」みたいな印象で終わっていて、「何回も見よう!」とか「この監督の作品を追っていこう!」という感じではなかったんですよね。

だから『ソナチネ』を観て衝撃を受けてしまった。(今更だろという感じですが)

村川は、ヤクザ稼業に嫌気が差している北嶋組幹部。そんな男が、親分の依頼で中松組の助っ人として、沖縄に飛んだ。村川を待っていたのは、敵対する阿南組の襲撃。――連れの子分が2人殺られた。
「ドンパチでやばいと聞いていたが、話が違いすぎる……」。
また2人、凶弾に倒れた。抜けるような青い空と海、照り付ける太陽の下で殺戮は続く。「ハメられた!」逃げ場を失った村川は、ただひたすら〈死〉に向かって突き進むのだった。
(ブルーレイ版パッケージあらすじから引用)

日常と地続きの暴力

自分が感じた作品の魅力を一言で、となると『暴力』という一言になるでしょう。
映画の魅力の一つに現実では遭遇しえない、もしくは遭遇した時にはエンタメどころではない『暴力』を安全圏から摂取できるというところがあると思います。そこに批評的な視線を入れた『ファニーゲーム』などもありますが。
『アウトレイジ』は徹底的にエンターテイメントに寄った『暴力』と言えるでしょう。目を背けたくなるような痛そうなシーンもありますが、そこの目を逸らしたくなる様すらもある意味で『怖いもの見たさ』であるという。
その事前の印象で見た『ソナチネ』は衝撃と言えました。
とにかく『暴力』が異物となっていない。

序盤、沖縄へと行く前の会話のシークエンスでもそれは顕著です。
雀荘の店主を吊るし、海に沈めながら今度の遠征の話をする。その会話をする面々に興奮も感動も恐怖も存在しません。
人の命が失われているのを見ながらただ溺死するまでの数分で今度の話を考えている。
これがお茶をしながらとか、食事をしながらなら自分にも見に覚えがある話です。洗濯物を干しながら友人と通話とか、そのぐらいでもいいかもしれない。
ですが、人の命を奪い、そして命ごいに対しても(面倒だなあ)ぐらいのノリで淡々と進行していく様は『アウトレイジ』などのキメる場所としての暴力とはまるで違いました。
鋭すぎる、そして日常すぎる。

『ソナチネ』決して派手なアクションシーンがあるわけではありません。銃撃のシーンでも基本的に棒立ちだし、メインとしては会話と情景で展開していく映画の印象なんですが、それなのにあまりも暴力のシーンが脳裏に焼きつく。
それは良い意味で全く気負っていない殺し殺されが完全に日常であるが故だと思います。
キタノブルーと言われる青が映える絵作り、沖縄に舞台が移ってからの画面はそれだけで見応えがあり、「美しい」と感じるものです。

パッケージから青が印象的

そうであるのに当然のように暴力が繰り広げられ、人は死んでいく。
そこにタメはありません。ただただ、淡々と『日常』として処理されていく。もちろん異常事態ではあるのですが、会社で誰かが退職したとか、急に会社に来なくなったとか、そういうノリで人が死んでいく。
暴力、に対して人は大なり小なり心が動くものだと思います。それが良いか悪いかは別として。
『ソナチネ』は暴力自体への情動の動きがとにかく淡々としたものでコントロールされきっている。あるのはただ「なんか疲れちゃったなあ」のようなものだけ。
そのコントラストが凄まじい。

あくまでも『笑い』を意識した台詞回し

『ソナチネ』作中で当たり前のように人が死にます。
暴力、の日常感に通じるのですが初見で見ている時にはその『暴力』のインパクトで気づけなかった徹底した『笑い』があることに気づきます。
序盤の沖縄での事務所爆破シーンではこんな感じです。

「体、具合悪いんすか?」
「いや、別に」
「あ、そうすか」
「タバコ持ってます?」
ドカーン!(事務所が爆発する)

このシークエンス、初見ではあまりにも自然に冒頭から出ていた登場人物が死んだことに驚いてしまったのですが会話を改めて見ると完全にギャグでやっているのですよね。
タバコの火をつけたら爆発してしまった、みたいなニュアンスの笑いを仕込んでいる。こんなシーンはあげればきりがありません。
レイプされている女性を気まぐれに助けるシーンなんかもそうです。

チンピラ「殺すぞ、洒落じゃねえんだぞ」「喉、掻っ切ってやろうか?」
ドン!ドン!(村川が銃を放つ)
チンピラ「冗談……だろ……?」バタン

即堕ち二コマのような笑い。
とにかくちょっとした暴力にも徹底して笑いを入れ込んでいる。
北野武のルーツを感じる徹底ぶりですが、シリアスに命が失われていくシナリオに対してそこでも笑いを込める様に狂気を感じずにはいられません。

でも、その徹底した『笑い』が通底しているということ自体が上記で書いた暴力が日常であるというのに繋がっているのかもしれません。日常を感じるようなユーモアがあったかと思えば即座に命が消えていく。そしてその生き死にがかかった必死さが改めて意識して見ると笑えてしまうシュールさがある。

牧歌的ともいえる沖縄でのやりとり、それ故に強調される命のきらめき

良い映画を見た時に遭遇する感覚があります。その時は全く言語化出来ないけれど、その映画のその場面を見たというだけで十分元を取ったと確信する感覚。
『ソナチネ』ストーリーラインだけで言うのなら特にドンデン返しも何もないんですよね。もちろん個々人のキャラクターの起伏等で注目する要素はあるのですが、大まかなシナリオはブルーレイのパッケージのあらすじ見れば十分。そんな話なんですよね。
だけど、それだけではない魅力がある。

私が『ソナチネ』を初めて見ていて圧倒されたのは中盤のシーンです。
沖縄の隠れ蓑で仲間達と紙で作った力士でトントン相撲をやっている。やがて実際に海岸に土俵を描いて相撲を取る。トントン相撲を模して弟分が力士をやって村川達が砂浜を叩く。

こう書くと心を動かす要素が何処にあるんだ……という感じなんですが初めて見た時に泣きそうなくらい感動してしまったんですよね。
改めて調べたところかなり撮影に力を入れて、そして苦労したシーンだったとか。

このシーン、沖縄の海岸というシチュエーションもあって第一に絵作りが素晴らしいんですよね。海岸の美しさ、そしていつ死んでもおかしくないくらいに暴力が迫った状況で仲間内でくだらないことをやっているという空気感が妙なノスタルジーを感じてしまう。
これまで書いてきたような『暴力』があまりにも当然のように存在している世界、人々の話だからこそ、状況としてはどん詰まりに近い中で刹那のような仲間達と笑って楽しんでいる光景が美しく、心を打つ。
『ソナチネ』はヤクザの話であり、暴力の話であり、そしてその繰り返しに疲れた男の話です。
日常を生きる人間にとっては本来どの要素も遠い存在の作品です。でも、それなのに見ていると自分のとても近いところ、芯を揺さぶられる感覚がある作品です。
それはきっと、ほんの僅かな瞬間の生の躍動がこうして画面の外で生きる自分の人生のふとした瞬間と重なることがあるからなのだと思います。

何かを繰り返すことにうんざりしてくる。
昨日まで笑っていた人とふとした時に二度と会えなくなる。
自分としては本当に困っているのに俯瞰すると滑稽でしかない。

そんな感情は人生の中で度々訪れる感情だと思います。
ヤクザの終わりというそんな日常とは遠い状況を徹底して描くことで却って普遍的な郷愁を呼び起こす、凄まじい作品と言わざるを得ません。

そういうわけで『ソナチネ』こんな感じで書いてはきましたが、言葉を尽くすよりも感じるタイプの作品だと思うので見ていない方は見てみてはいかがでしょう?(といっても配信ではないのでDVDとかBDじゃないと見れないんですが……)

私は良い加減『首』を観に行きます。それではまた!

作品情報

現在ソナチネは配信サイトが存在せず、ソフト意外だと視聴困難です。
ですが、新文芸坐では北野映画を定期的に観れる環境にあり、ソナチネは次回2月11日、15日上映予定(2024年現在)
新文芸坐HP:https://www.shin-bungeiza.com/

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