「聖闘士星矢」は、その後の少年漫画に強く影響を与えたエポックメイキングな話だと思っています。その中のひとつに、十二宮編における物語り方の完成度があると思っていて、それは車田正美先生がかつて「リングにかけろ」でトーナメント戦を描き続けていたことの延長にあるのではないか?ということを僕は考えています。
今回はその、トーナメントのメリットとデメリットを元に、十二宮編がいかにそれを進化させたかについて書こうと思います。


さて、まずは少年漫画ではトーナメント戦が行われがちな理由について考えます。トーナメント展開になるのは、そうすることによるお話展開上のメリットがあるからだと思います。僕が考えるところでは、そのメリットはざっくり5つです。
1 キャラクターを紹介しやすい
「グラップラー刃牙」のトーナメント入場がミームにもなっているように、トーナメント戦はトーナメント表があるために、最初に誰がその参加者となるかが提示され、全員分のキャラ紹介が流れの中で自然にできるというところがメリットだと思います。
2 状況を整える手間を省くことができる
二人のキャラが一対一で戦う場を作るのは、意外と面倒くさいです。そうなるまでの因果関係や場の準備を、トーナメント戦だからという理由で省略し、戦う部分だけに集中できるのはメリットがあります。
3 目的がハッキリしており、勝敗もハッキリつく
トーナメント戦に参加するキャラは、基本的に優勝を目指しており、試合のルールの中でどちらが勝ったかがハッキリと提示されるというのはとても分かりやすいです。
逆に、場所と時間が閉じられず、どちらが勝ったのかが曖昧な話では、読者のフラストレーションが溜まることがあります。
その具体的な事例としては「バキ」のドリアン戦です。今となっては受け入れられていそうなドリアン戦ですが、連載時には、負けたように思えたドリアンが何度も何度も蘇っては戦う展開に、いつまでやるんだ!?と怒る読者も散見されました。ただしおそらくこれは意図的な構成で、「グラップラー刃牙」で最大トーナメントをやったあと、トーナメントのようには勝敗がハッキリつかない戦いの中で、「勝敗とは一体何か?」ということを描こうとしていたのではないかと思います。
現在単行本で読み返すと、一気に読めることや終わりがあることが分かっているのでさほど気にならないかもしれませんが、何度も何度も同じ話が描かれ、いつまで続くのかが分からないことに読者は不快感を覚えたりもすると思います。トーナメント戦ではそれを避けやすいので、読者の離脱を抑えやすいと思います。
4 今後の対戦への期待を提示できる
既に紹介が終わっているキャラたちの対戦がトーナメント表によって示唆され、誰と誰が勝ち上がってこのあと戦うかの予想もしやすく読者が盛り上がりやすくなります。
5 終わりが見えていて、お話全体の進捗が分かりやすい
勝敗の話とも一部かぶりますが、終わりが見えているということと、今どこまで進んでいるかが分かりやすいことは重要です。いつ終わるのか分からない状況に、読者はいつまで続くんだ?とイライラすることがあり、それが着実に前に進んでいると提示できることで、終わりが近づいていることを感じられやすくなります。
これらの内容をさらにまとめるなら、「キャラの魅力を紹介しやすく」、「不要な描写を自然と省略できて面白い戦いのみに集中しやすくなり」、「話の進捗と終わるポイントが把握しやすい」という3点です。それによって、読者がその面白さを得るために、どれだけの時間や労力を支払えばいいのかが分かりやすくなるので、お話を読みやすくなると思うんですよね。
一方で、デメリットもあります。あらかじめある程度分かってしまうことは、どうなるか分からないドキドキ感や、サプライズ的なワクワク感を減じてしまいます。先の展開を期待できることはいいですが、想像できてしまうことは、じゃあもう分かっているから読まなくていいとなってしまうことにも繋がる場合があります。
トーナメントは、読者側に要求する労力を最小化して効率的に読ませてくれる展開ですが、予想通りになるのであれば退屈して読まなくてもいい、となってしまうリスクもあるのではないかと思います。
そのため、実際に描かれるトーナメントには様々な工夫が上乗せされることも多いです。参加者の中に正体を隠した人間を入れたり、対戦相手が突如変わったり、番狂わせが起こって想像もしなかった対戦カードが生まれたり、少年漫画の中でトーナメントを飽きさせない工夫は数多く行われてきました。
それでは「聖闘士星矢」の話です。「聖闘士星矢」は、聖闘士(セイント)と呼ばれる人間たちの戦いのお話です。聖闘士は女神アテナを守るために戦い、聖衣(クロス)と呼ばれる鎧を身に着けています。聖衣にはそれぞれ司る星座があり、星座の種類によって、青銅聖闘士(ブロンズセイント)、白銀聖闘士(シルバーセイント)、黄金聖闘士(ゴールドセイント)と格が分かれています。
主人公の星矢たちは、青銅聖闘士です。十二宮編は、最下級の青銅聖闘士である星矢たちが、黄道十二宮の星座を司る黄金聖闘士たちと戦うお話です。
僕はこれを、トーナメント戦の弱点を解消した発展形ではないかと捉えています。作者の車田正美先生は「リングにかけろ」で散々トーナメント戦を描いてきました。少年漫画におけるトーナメント戦の先駆者の一人であると思います。そのため、そのメリットも把握していれば、デメリットも把握していたんじゃないかと思うんですよね。
十二宮編は牡羊座から魚座までの十二の宮殿を順番にたどっていく一本道の戦いです。そして、主人公側はペガサス星座、白鳥星座、龍星座、アンドロメダ星座の4人です。この部分だけを見ると、トーナメント戦とは似ていません。
しかしながら、ここにアテナの命の炎が尽きる12時間という時間制限を与えたとき、その12時間の中で12人を倒すという目的のもとに考えると、上記のトーナメント戦のメリットとして説明したものが立ち上がってきます。
まず黄道十二星座を司る黄金聖闘士というものが①にあたります。そのうち半分程度は既にお話に登場済みで、紹介が終わっています。読者には戦うのだが誰で、何人、謎に包まれた未登場の黄金聖闘士のワクワクを残しながら、これからどんな奴らと戦わなければならないかが分かります。
そして②、各宮殿には黄金聖闘士が1名のみいるとともに、先を急いでいるという事情から、1対1で戦いを行う横を残りのメンバーが駆け抜けていくという構成が可能になります。つまり、多対多の戦いでありながら、自然と1対1の戦いにすることができるということです。
さらには、双児宮での双子座の黄金聖闘士の能力によるワープであったり、その先での氷で封印されたりなどの展開によって、4人をバラけさせることで、複数の場所で複数の1対1の戦いが行われる様子を描くことができます。
③の目的の観点では、アテナを助けるために頂上を目指すこと、勝敗条件はその宮殿を駆け抜けて先に進むこととシンプルになります。ここでの工夫は、あくまでその宮殿を出られればいいので、単純に黄金聖闘士を倒せばいい以外の話のバリエーションが作れることもメリットだと思います。戦いを避けられたり、認められて通してもらえたり、不在であったり、メッセージだけ伝えられたりなど、戦いの立て付けや決着のしかたも様々です。
④の展開への期待の観点では、既に登場していた黄金聖闘士たちとの戦いの想像を行うことができます。明らかに格上として登場した黄金聖闘士たちが、どのような力で戦うのかは読者に想像のワクワク感を与えます。
⑤も、12の戦いを終えれば頂上に着いて終わりなので、今どこまで話が進んでいるかが分かりやすくなるでしょう。
このように十二宮編は、トーナメント戦ではないものの、トーナメント戦を行うことで実現できるメリットを取り込んだままでの話を成立させています。さらには、トーナメントでは描きにくい誰と誰が戦うかを謎のままにしておけたり、リザーバーである鳳凰星座を最高のタイミングで登場させたり、勝敗のつけ方にバリエーションをつけたりすることに成功しています。
これにより、メリットを維持したままで、トーナメント戦のデメリットである予定調和感や、想像できてしまうことでの未知の展開への期待の持てなさ、戦いの決着の単調さなども解消しており、お話作りのお手本のような展開になっていると思いました。
このあたりの構成が意図的ではないかと感じることについては、序盤に一度、銀河戦争というトーナメント戦をやっていることからも想像できるのではないかと思います。銀河戦争のトーナメントは、賞品である黄金聖衣が盗まれることによって途中で終わってしまいますが、これもまた、トーナメントの効果である登場人物の能力の紹介の役割はしっかり果たした上で中断しており、トーナメント戦を描くということの意味について考えた結果としてのピンポイントの利用ではないかと思います。
他に、このあたりを意図的にやっている漫画では、「幽遊白書」があると思っていて、終盤の魔界トーナメントは、キャラの紹介と、今後の戦いのワクワク感だけを描いてトーナメントの良いところを使った上で、それらの中身はばっさりと描かないことによって時短を行うというやりくちでした。
これは、そもそもそんなに長いトーナメントを描く気がなかった(連載を終わらせたかった)ためのことであると同時に、トーナメントを描くということで読者に何を提示できるかを自覚しているから、できることをやってのけた技術であるように思います。
昨今では、少年漫画でシンプルなトーナメント戦が行われる展開は昔より減ってきているように思いますが、例えば黄金聖闘士のように、ナンバリングによる登場人物の全体の紹介を最初にして、何人倒したかで進捗を表現するなどの手法、何らかの制約により1対1の戦いに自然と持ち込む手法などは今も生きていると感じている部分がり、直接的間接的に、このあたりの試行錯誤が反映されているように思います。
「聖闘士星矢」は、現在は週刊少年チャンピオンに連載の場を移し、「天界篇」の連載が始まりました。前のシリーズで完結して「天界篇」は描かれないかもと僕は思っていたので、嬉しいことです。楽しみです。







