懐かしさと3D―『LOVE 3D』・『天才スピヴェット』そしてBTS―

ふぢのやまい

『LOVE 3D』の中の二つの写真

 ギャスパー・ノエの『LOVE 3D』の中で恋人と撮ったステレオ写真を主人公が見る場面がある。 
 70年代アンディ・ウォーホル製作の3D映画『悪魔のはらわた』のポスターなどを背景にプライベートな写真を二人で撮りあった主人公カップルであった。だが、それを主人公が写真の収めてある箱から取り出すが、その時はもう二人は離れ、幸福とは呼べない時間になっている。

 楽しげに二人で撮った二組の写真を、たった独りで見返す。ここで実際に連続して映し出される写真は全編撮影監督のブノワ・デビエによって3D撮影された本作の中で、ほぼ唯一の3D効果が全くない場面となっている。

 そして3D上映および3D Blu-rayであっても、この二つの写真は決して統合されないまま2枚がそのまま表示される。3D映画において異質に思える場面だが、さほど異質ではない。それは主人公が立体写真として撮られた写真を専用のビューワーでひとり覗き込んでいるからだ。そしてそれはなんだか最高に孤独な風景だ。
 主人公は二つの写真をちゃんとひとつに統合することができているのだろうか。どれだけ幸せな現実を残そうと思って、楽しい撮影を誰かとして現像を行ったとしても、のぞくときは一人きり。それを突きつける目の前にある、ひとつに結びつかないままの二つの写真。平面性を強く突きつけるこのシークエンスは、主人公の喪失感を強く感じさせつつも、映画全体の強烈な視差のなかで、どこかほっとさせるような、目に対して休憩所のような役割もまた果たしている。

 遊び尽くすかのような3D演出の中でまさに生粋の3D映画好き監督らしい勘所を押さえたギャスパー・ノエの面目躍如とも言えるくだりであろう。

『天才スピヴェット』に登場する玩具

 当然ながら3D映画は3Dで見るべきである。だが3D映画として撮影されながら、現在となっては日本で3Dで見るのが難しい幻の作品も多数ある。
 ジャン=ピエール・ジュネ監督『天才スピヴェット』はまさにその一つである。全編を通して主人公の空想が、平面の現実の上に覆い被さり、現実を更新するようにAR的に(そしてどこかコミカルに)表示され続ける。

 ガチャガチャした画面はまさに『アメリ』などを手がけたこの監督らしいものであるけれど、どうやらかなり3Dへのこだわりがあるらしく、自然な撮影(しかし視差は強い)の『LOVE 3D』とは異なる、極彩色でシュールな画面がこれまた目に気持ちいい。
 特に前のめりに感動したのがエンディングである。
 今まさに見てきた映画の場面が静止画となり、リールに納められ、ビューマスターと呼ばれるおもちゃに装填されていく。

古き良き玩具「View-Master」

 ジャン=ピエール・ジュネ監督は公開時のインタビューで以下のように語っていた

『デリカテッセン』『アメリ』『ミックマック』といった僕のこれまでの作品は、どれも3Dで撮ることができたと思う。ただ3D作品は時間も手間もかかるし大変なんだ。例えばアメリカの映画会社なんかは2Dで撮影したものを3Dに変換する形を取って、3Dのよさを殺しているところもある。

でも『天才スピヴェット』は史上最高の、最も美しい3D映画になったと思うよ! 撮影のための事前調査をしっかりしたし、3Dカメラを使って撮った。さらに編集段階でも、細かい部分の調整にすごく時間を掛けたからね。

僕は9歳で劇の脚本を書いて、それから「ビューマスター」というおもちゃでよく遊んだ。写真を3Dのように立体的に見るもので、写真の順番を変えて楽しんでいた。1

 誰もが手軽に楽しめるステレオビューイングシステム、それが「ビューマスター」である。ディズニーランドや東急ハンズなどの輸入雑貨店で最近まで売られており(現在でも?)、お土産売り場においてある双眼鏡のようなおもちゃを目にしたことがある人は少なくないだろう。


1 「史上最高に美しい3D映画になったよ」
ちょっとねじれて愛らしい『天才スピヴェット』のジャンピエール・ジュネ監督に聞く
https://www.newsweekjapan.jp/stories/culture/2014/11/post-3467_1.php

筆者所有のビューマスター。1990年にタカラから発売されていたもの。

 双眼鏡をのぞくようにして、リール型のフィルムを両目でのぞく。開発されたのは1939年。第二次大戦時に海軍が新兵の訓練用に目をつけ600万台以上が出回ることとなる。戦後、一般に販売されるようになったビューマスターは子供用オモチャとして一斉を風靡することとなる。50年代から70年代のアメリカにおいて特に。
 内部に装填されるフィルムの写真の数は14。つまり7組のステレオ画像を連続して、横のスライドを下げてカシャカシャ言わせながら回転させる。リール1枚に含まれたこの7枚で簡単なストーリーが紙芝居のように展開するものもある。ナイアガラの滝やグランドキャニオンなどの風光明媚な土地を写したもの、スペースシャトルや恐竜などの3Dの出し物らしいもの、そしていわゆるアメリカのカートゥーンを中心としたものがある。

これは『THE ANIMAL WORLD』(1956)という特撮映画のリールらしい。恐竜の表面の艶が美しい。

「BTS OFFICIAL FILM VIEWER」

 ebayなどをのぞくと恐ろしい値段でやりとりされるヴィンテージ品などもあるが、基本は3000円程度で簡単にフリマサイトなどで現在も手に入る。中でも特に近年出回っているのが、この「BTS OFFICIAL FILM VIEWER」である。厳密にはビューマスターではなく、「フィルムビューアー」として、「誰かには思い出。誰かには新しい」というメッセージとともに発売されたそれはノスタルジックな祝福のムード(と多少の困惑)を伴って多くのARMYに迎えられた。

https://twitter.com/hybe_merch/status/1363866142998200320

筆者私物。新品で購入したがトレカなしの中古のものだとかなり安く入手できる。

 「BTS OFFICIAL FILM VIEWER」はもちろん多くのビューマスターと同じようにリールさえ手に入れれば様々なフィルムを見ることができ、50年代の映画撮影現場で実際にステレオ撮影されたステレオ写真などをそのまま楽しむことができる。まさに「誰かには思い出。誰かには新しい」デバイスである。

 『天才スピヴェット』のエンディングもまた、ノスタルジックな気分と斬新さを画面上に同時に感じさせるものになっている。今まさに見終えた映画のなかの冒険の名場面が役者紹介とともにリールに収められていく。それはまたすぐにでも再生し直すことのできそうな、複製可能性をも強く感じさせる。楽しかった場面を愛おしむように、実際にビューマスターのわずか7枚しかないリールを夢中になって回していると、何周もしてしまうのと同じように。懐かしさを感じさせつつも、物語が終わっていく。けれども、終わらない。このどこか幸福な幼年期のイメージを、実際のアメリカでは一切撮影せずに3D映画を作り上げたフランス人監督と、アメリカ進出を果たした桁外れの世界的な人気を得たK-POPグループが、兵役が近づきつつある状況の中で纏おうとしたのは興味深い。

リールの裏面にはメンバーそれぞれのサインやメッセージが書いてあったりする。リールの中身もいずれもこの企画のために撮り下ろされたもので、凝ったシチュエーションで飛び出し効果を強調したものでなかなかに楽しめる(実際のステレオ撮影ではないように思われる)

光を味わい尽くすために

 ビューマスターの快楽は単にフィルムをそのまま見ることだけに留まらない。後ろの黒い部分から光を取り入れることで、電池不要の光のおもちゃとして可動している。もちろん明るければ、それだけ鮮明にフィルムを見ることができるので、古いものには内臓電池式のものも存在する。しかし、なんといっても自ら取り入れる光を変化させることもまた、楽しみの一つとなりうる。例えば思い切って蛍光灯のすぐ近くで、テレビの光を用いて赤や青のフィルターを写真にかけてみるのもまた趣がある。プラスチック越しの透過光が立体感を柔らかく演出する。何より、外に出て太陽の光を直接箱のなかに取り込むようにして、フィルムを味わってみよう。真っ暗な写真は太陽を取り入れて、鮮やかな夜とも昼ともつかない「アメリカの夜」ともいうべき空間へ。

 そんなふうにあっという間に見終えてしまうリールをしゃぶり尽くすように光を味わっている自分。ほぼこんな姿で、太陽の光にふける中年男性が描かれた映画を見たことに気が付く。

 それはヴィム・ヴェンダース監督の『PERFECT DAYS』である。

 桐島聡との類似を囁かされたりした、そのどこか中年男性のユートピアめきつつもどこか影が落ちた役所広司演じる清掃作業員・平山の繰り返しの生活を描いたこの作品は、何より「もう自分は3Dでしか映画を撮りたくない」とまで言っていた熱狂的な3D映画監督による本当に久々の、企画当初から2D作品として公開されることを意図して製作された作品であることを思い出す。

 平山は太陽そのものにフィルムカメラを向ける。木漏れ日がつくるレイヤーとレイヤーが重なり合い、また違うこの世界を影が浮かび上がらせた後、立体的にこの世界のかたちが浮かび上がってくる。私たちは真に世界を立体的に見ることはできない。右目と左目が、光によって作り出されたものを、それぞれが勝手に脳内で統合したものを共通なものだとして扱っているだけだ。ある3D映画は、誰かにとって酔いやすく、誰かにとっては視差が弱く感じたりするのと同じように、そこには個人差がある。リールを何も入れていない状態でビューマスターで直接太陽の光を目に浴びてみると、根源的でダイナミックな光に、さすがに目がくらむ。目を貫通して背中で影が濃くなっていくような感覚。『PERFECT DAYS』のラストで日の出の太陽を直接見て泣いた平山の理由がなんだか勝手に少しわかった気がした。

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