

2021年に全米で公開されるや否やスマッシュヒットを記録し、製作国のアメリカを中心に笑顔旋風を巻き起こしたホラー映画『SMILE スマイル』。映画そのものだけでなく、野球スタジアムの観客席に笑顔の人を配置するなどといった、飛び道具的宣伝も話題を呼んだ。
そんなはっちゃけたマーケティングとは裏腹に映画本編は至極真っ当で、目の前で満面の笑みを浮かべた人が自殺するという衝撃的な事件をきっかけに笑顔の呪いに巻き込まれた主人公が何とか解決策を探そうと足掻くが最終的には……、という『リング』や『イット・フォローズ』などに連なる呪いの連鎖系ストーリーを真正面からやり切っていた。実直に恐怖や不気味さに向き合う姿勢が感じられ、私にとってお気に入りの一作となった。


それから時が経ち2024年、スマイルに続編が誕生した。劇中の時系列的には前作の直後。一応、前作の主人公を手助けする立場であった刑事の男も冒頭に出るものの、すぐに大即死するのでストーリー的にあまり繋がりはない(今回の話のきっかけにはなる)。その代わりに新たな主人公が投入される。その人物とは、世界中に名をとどろかせる超有名な歌姫スカイ・ライリー。
今回は、常に多くの人目に晒される彼女が笑顔の呪いに巻き込まれていく。この設定のおかげで、前作とは比にならないくらい過酷な展開が待ち受けることになるのだ。


本作は、ひたすらスカイが笑顔の呪いに恐怖し、怯え、地獄を見る様にフォーカスしているのが特徴だ。前作では呪いを解除するため色々と調査をするパートもあったが、今回はそれもほとんどない。全方位からスカイをひたすら追い詰めていく非常に邪悪な物語が繰り広げられる。
まず、スカイ自身が精神的に非常に不安定な立場にある。彼女はかつて薬物を乱用し、その結果恋人も乗った車で崖からダイブし、その彼を死なせた過去があった。今回の映画はそんな彼女が再び表舞台に復帰したところから始まる。
一見もう大丈夫のように見えるが、精神的なダメージはあまり癒えていない。それにツアーを成功させなければいけないという強大なプレッシャーにも苛まれている。呪いがなくともかなりヤバい状態なのだが、そこにスマイルが入ってくるから悲惨極まりない。前述したように、スカイは常に注目を浴びているし、だいたい周りに誰かがいる。
ある時は握手会のファンが、ある時はスタッフが、またある時は……。しかもツアーという逃げられないゴールが彼女の行動範囲を狭める。前作以上に的確に逃げ道をふさぐ作りが恐ろしい。


呪いに巻き込まれる歌姫スカイを演じるのは実写版『アラジン』等で急速に注目を浴びているナオミ・スコット。彼女は完璧にこの世界観にハマっている。ホラークイーンのてっぺんをとるのは彼女かもしれない。それくらい迫真の演技を披露していた。髪を抜くなどといった不安定な精神に起因する挙動、痛み止め薬を頼る際の切羽詰まった感じなどあらゆる細かい演技を重ねてスカイという人物に血肉を通わせていく。そしてダンスと歌を披露するシーンはキレッキレでまさにプロフェッショナル。重圧に苦しむポップスターという役に確かな説得力をもたらしている。
何より感心したのが恐怖に怯える演技だ。特に白眉なのが、彼女が呪いに巻き込まれるきっかけとなるシーン。スカイの幼馴染で薬中の男が笑顔で顔に重量上げの重りをガンガンぶつけて死ぬのだが、それを見た彼女が一旦固まった後、全力で敵から逃げるときのジャッキー・チェンみたいな動きとスピードで後ろに後ずさりするあの演技!!一瞬の間と、直後の真に迫った怯え方。このマジっぽさは言葉では言い表せない。今からでも遅くないので、アカデミー賞にノミネートさせるべきだと思う。


そして、恐怖演出についても触れておかなければならない。スマイルと言えば私の中ではジャンプスケアが優れているホラーという印象がある。音と怖い顔で驚かせる。単純と言えば単純なのだが、そのタイミングの絶妙な外し方と、いざ出てくるちゃんと怖いショック映像が見事に嚙み合って、恐怖シーンのたびにビビらされてしまった。
ジャンプスケアは所詮驚かせるだけでホラーとしては手抜きだ、なんて意見もよく聞くが、個人的にはそうは思わない。前作のコラムでも同じことを書いたが、あれは映像作品のあらゆる技術を組み合わせた結果生み出された立派な恐怖演出、芸術だと考えている。今回もジャンプスケアは冴え渡っており、相変わらずこちらの意識が少し緩んだタイミングを確実に狙って刺しに来ている。鏡の中だけに笑顔の人物が現れるところなどを筆頭に、タメと解放のリズムをほんの僅かに崩して殺しに来るシーンの目白押し。もし劇場で見ていたら心臓がいくつあっても足りなかっただろう。
ジャンプスケアのトドメとして劇中では色んな人の恐怖スマイルが登場するが、中でも目を引くのが中盤で出てくる、死んだはずのスカイの恋人だ。彼の笑顔はマジで口角のギネスを狙えるレベルで口の両端が上に引きあがっていて、凄まじいインパクトを放っていた。その役を演じているのはレイ・ニコルソン。そう、あの名優ジャック・ニコルソンの息子である。あの顔、そして表情には確かにジャックの血が脈々と受け継がれていた。たぶん彼なら素顔でジョーカーもやれるはずだ。


本作の監督は前作に引き続きパーカー・フィンが手掛けている。恐怖演出に関して、彼は海外のインタビューで「いいジャンプスケアは脚本のページから始まる。しっかりとしたプランをもって制作に入る。そして、恐怖が命を吹き込まれるのは編集の時なんだ」と答えている。他の人に恐怖シーンを見せて、観客はジャンプスケアのタイミングをどこに期待しているのかを見つける。どうすれば人々が慣れ親しんでいるものを壊せるのか。
型にはまったジャンプスケアをいかに覆して、意表を突くことを狙うのだ。製作のメンバーに編集映像を見せて恐怖をテストするなどといった試行錯誤を経て、本編のあの恐怖が完成している。だからあれだけのショックを与えることが出来るのだ。まさに恐怖職人。フィン監督にはこれからも観客をビビらせるための手法を突き詰めてほしい。加えて今回はカメラワークも素晴らしかった。スカイを見渡すようなカメラの動き。視点と連動する横移動や細やかに不安を煽るショットなど、あらゆる撮影技術を存分に披露してくれる。これがショックシーンと見事に融合している。スマイルは更にもうひと段階、ホラー演出の技術を高めたと思う。
また、フィン監督は続編を作るにあたり、前作と全く同じことはしたくないと考えていたそうだ。とはいえ呪いの内容は一緒なので、そこで大きく差別化を図ることは難しい。そんな時に製作を前に進めるきっかけとなったのが、本作の主人公であるスカイ・ライリーの誕生だった。彼女は前作の主人公と全く性質が異なるキャラクターだ。多くの人々に知られる彼女が呪いを受けると、それが同じものでも待ち受ける地獄は全く違う。主人公の境遇が物語に新たな風を吹き込み、結果として前作をなぞりながらも全く飽きない、ベクトルの異なるホラー作品が成立した。
何度もテストして恐怖の質を高め、物語の面でも新鮮さを生み出し、でも軸はズラさずスマイルとして期待されるものをしっかり提供する。これぞ理想的な続編だ。前作にノレた人なら気に入ること間違いなしの名作ホラーに仕上がっている。


ちなみにフィン監督は現在、ロバート・パティンソン主演で『ポゼッション』のリメイクの製作に取り組んでいるが、スマイル第3弾の構想も始めているとも語っている。この映画でかなりやり切った感があるが、彼曰くもっとクレイジーでヤバいアイデアがあるとのこと。この笑顔の限界がどこにあるのか、その答えが近いうちに見られるかもしれない。