『ソフト/クワイエット』レビュー&監督インタビュー「これは私の経験に基づく、不協和音に満ちた”日常です!」

『ソフト/クワイエット』は、約90分のワンカット映画だ。長回しはアクション表現によく使われるが、本作の長回しはシンプルに「日常」を切り出したのみ。『ソフト/クワイエット』で切り出された「日常」は今、アメリカ……いや、全世界を切り出したものなのである。

© 2022 BLUMHOUSE PRODUCTIONS, LLC. All Rights Reserved.

白人至上主義者の会合。そこでヒョウ柄のカーディガンを着たブロンド髪の女性が、”私の両親はKKK(クー・クラックス・クラン)で、最近はネオナチウェブサイト“ストームフロント”(実在するネオナチフォーラム)で活動している”と言い、さらに

「世間は、私たちを怪物のように描くのが大好き。私たち、そんなに怖いのかな?」

満面の笑みとともに曰う。その問いに対して、本作はラストシーンまで突っ走り、自己参照的にこう答える。

「ああ、怖いさ。そこの発想こそが、世の中を壊しているのだ。」

監督/脚本のベス・デ・アラウージョは海外用プレス資料にて、本作は”セントラルパークバードウォッチング事件”」に着想を得たと語っている。日本のメディアは腰抜けなので本作を考察した記者は、ほとんど存在しない。なので、簡単に説明しよう。

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2020年5月28日、コロナ禍真っ只中。ニューヨークのセントラルパーク。犬の散歩中のエイミー・クーパーとバードウォッチャーのクリスチャン・クーパー(姓は同じだが赤の他人)の間で小競り合いが発生。エイミーが犬をリードで繋がずに散歩していることを、クリスチャンが注意したことが原因だ。
公園のルール違反を注意されただけなのに、エイミーはあろうことか
「あんたがそうやって、言いたいことを言うなら、こちらもやらせてもらう。だけどあんたは気に食わないだろうよ」
などといいながら

「アフリカ系アメリカ人の男が私に乱暴しようとしてる!」

と911に通報したのである。クリスチャンが何もしていないにも関わらず、だ。

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このエイミーの行動は「大抵の場合、有色人種が悪人である」といった多くの人が認知していない差別に基づいた行動だと指摘されている。エイミーは「差別意識はなく、本当に恐怖を感じた」と述べている。
これは所謂マイクロアグレッションと呼ばれる無意識の差別や攻撃だ。

この出来事はBLM運動の震源となったジョージ・フロイト事件と同日に起こったことから、瞬く間にネットで拡散。エイミーは虚偽通報で検挙、さらに会社も解雇された一方、クリスチャンは”公園のルールを守るよう指摘した、ごく普通のバードウォッチャー”として讃えられた。

『ソフト/クワイエット』に登場する“白人至上主義”の白人女性たちの行動は、エイミーより過激だ。しかし、彼らはKKKのように真夜中に十字架を燃やすようなことはしない。『ソフト/クワイエット』のタイトル通り、「おしとやかで静か」だ。

映画は、そんな「おしとやかで静かな」な幼稚園教諭のエミリー(ステファニー・エステス)の”とある日”の午後を描く。そして、セントラルパークのエイミーのような”無意識な”差別主義者が、郊外の小学校から個人商店まで、あらゆる場所にいることを証していく。

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勤務を終えたエミリーはホイルに包まれた自家製チェリーパイを抱え、幼稚園を後にする。彼女は近所にある教会に向かい、会合室に入る。すると様々な白人女性たちが集まってくる。エミリーのように見た目が普通の女性もいれば、若いパンクスや妊婦もいるようだ。
エミリーはパイをテーブルの上に置き、包み紙をめくって衝撃的な事実を明らかにする。 なんとパイ生地の上部に鉤十字が刻まれているではないか!

「これは冗談?」

と女性の一人が聞く。冗談ではないのだが、彼女たちはヘラヘラと「冗談だ」と言い張る。これは白人至上主義者の会合なのだ!

彼女たちは偏見に満ちた差別的視点で近況を語り合う。「白人が誇りを失っている」だの「逆人種主義」だの言い放ったうえ、「私たちは誰も憎んでいない。自分なりに生きているだけ」と言い切る。さらにはBLM運動批判のカウンターとして、自分たち間違っていないと主張する。エミリーたちは、会合後「志を同じくする差別主義者」であることを確認すると興奮して、悪ふざけでナチ式敬礼を互いに交わし、ニッチャリと笑う。帰りに彼らは仲間が経営するスーパーに立ち寄る。楽しい差別主義者パーティの買い出しだったが、そこにアジア人女性2人がやってきて………

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過激なパンク、辛辣な皮肉屋、家庭教師の主婦、古風な人種差別主義者……ステレオタイプな白人がそろい踏みの会合……中でも出所したてのレスリー(オリビア・ルカディ)は、残虐なヘイトクライムへとエミリー一行を導く人物として描かれる凶悪人。しかし、彼女を”調教”するのはエミリー自身。エミリーは、人生に幻滅した白人女性たちを”会合”で集めて、白人至上主義の考えを教え込み”レイシストたちの人種戦争”を行うべく兵士を育てているのだ。
さらに彼女はジェンダーやフェミニティも武器にして性差別や同性愛嫌悪も利用する。映画の中盤、犯罪に加担させようと自分の夫を「マ○コ野郎」呼ばわりするのだ。
誤解を恐れず言うなら、彼らは”白人”の”女性”であることを、さりげなく、そして本能的に武器にしている。まったくクソ不愉快極まりない。

アジア人を徹底的に暴行する映画後半では、それをフル活用する。「レイプしておけば白人女性のせいにはならない」はまさに衝撃的な台詞だ。

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前半の落ち着いた会話劇から、激震の後半30分の対比は観る者に混乱と嫌悪を隆起させる。ワンショット故に日常性が増し、練りに練られた劇伴、暴行の残虐さはかなり挑戦的な作品だ。

『ソフト/クワイエット』は最低の後味で、2回みたいと思う観客はいないかもしれない。このレビューを読んで心の平穏のため、スルーを決め込むのも手だろう。しかし、本作は監督兼脚本家であるベス・デ・アラウージョの実体験に基づいており、生々しい切迫感がある。白人至上主義はアメリカの問題だ。しかし、レイシズムは日本も当然他人ごとではなく、冷静な判断を必要とされている。もし、この映画を観て、気分を害したのなら、本作の効果はテキメンだったといえる。

さて、監督のベス・デ・アラウージョにお話を伺う機会を得た。長編一作目でこの強烈さ。彼女はどんな考えをもって本作を制作したのだろうか?

ベス・デ・アラウージョ監督

――『ソフト/クワイエット』を拝見しまして、今、非常に動揺しております。じっとしてられないというか……本国ではどんな手応えがありましたか?

極端な反応でした。「まあまあ」という意見はなかったです。「強烈」とか「気に食わない」とか……。作品に意味を見いだしてくれる方が沢山いました。もちろん気分を害されたり、居心地悪さを感じる観客もいました。そうなるように作っているので当然な反応ではありますが(笑)

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――目的を持った気分の悪さですよね?

そうです。この作品から気分の悪さや居心地の悪さを感じるのは何故なのか?自問自答する方もいれば、そこから逃げ出したいと思う人もいる……基本的にこの2つを軸にした評価を得ていると思っています。

――でも、相当キツい表現があります。

本作のポストプロダクション中に粗編を友人に見せたのですが「あなた、ホラー映画を作ったの?」といわれて(笑)

私はスリラーを作っているつもりだったのですが……うん。言われてみればホラーかなどといいながら

――『ソフト/クワイエット』は社会のダークサイドを描いています。監督にとって、ダークサイドを描くことにどんな意味があったのでしょうか?

(深く考え込んで)……2つあります。一つは、アメリカで私たちのような有色人種……ううん……マイノリティといった方がいいかな……が生きて行くにはサブリミナルな部分で生活が脅かされる不安を抱えて生きざるを得ないんです。その不安を描きたかった。
もう一つは、うーん……作っていてカタルシスを感じたんです。私が実生活で出会った人々を思い出させるようなキャラクターを描くことの気分良さというか。

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――実生活を映画に反映させることに抵抗は?

ちょっとまって……さっきカタルシスといったけれど、アートて自分が何をしてるのか自分で理解してしまったら、作るのやめてしまうんじゃないかと思う。だから、私は知りたかったんだと思う。自分の生活で何が起きているのか?何を見てきたのか?

――なるほど!

そう考えると『ソフト/クワイエット』のテーマは社会のダークサイドだよねといわれると、うん、それはそうだよねと(笑)
結局、私はそのダークなところを理解したかったってことなんじゃないかな。

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――本作では無意識のレイシズム……マイクロアグレッション……が描かれていると思います。エイミーたちは全く差別を意識することなく差別していると。とても絶妙な描き方でした。

もちろん!それは意識して脚本を作ったよ。あなたに伝わってよかった。
暴力というのは、突然どこからともなく現れるものではないんです。予測できる段階を経て物理的な暴力に至ると考えています。その段階の初期が暴力的なレトリックなんですよ。たとえばマジョリー(初めて会合に連れてこられた女性)がいい例です。最初、彼女は損をしている、正当に評価されていないという自己肯定感の低い女性でした。そこでエミリーがマイクロアグレッションを使って”差別すうことが当然である”と洗脳していく、その結果、過激な思想を持つようになっていくんです。

――その点”女性”ならでは社会的立場を利用しているようにも見えたのですが、その点はいかがでしょうか?

そこは、あまり考えてなくて……登場人物のモチベーションを重要視した結果、感じられた効果だと思う。映画を通して、レイシズムやフェミニズム、同性愛嫌悪を批判したかった訳ではないんです。登場人物の力強さで物語を紡いだ副作用と思ってくれたらいいのかも。

――わかりま(まで言いかけて監督が話し出す)

あ!でも、レスリーだけは違う!(作中一番暴力的な女性)
彼女はソシオパス(社会病質者)で、人を操る天才なの。エミリー以上にね。彼女は他人に対する共感力は全くない。人が生きような死のうが知ったこっとでない女性。
映画の後半に暴力描写があるけど、あの場面で重要なのは、何もしていない女性たち。レスリーが間違ったことをしているの一切手を出さない。そんな人をコントロールするソシオパスの恐ろしさを前面に描きたかった。

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――暴力描写も強烈なのですが、鉤十字パイを出すタイミングや、犯行現場の後始末をするときにピアノをたたいたときの音など、小道具や劇伴の使い方が素晴らしかったです。

やっぱり観客には、極端な居心地の悪さを感じてほしかった。だからカメラワークも音楽も居心地の悪さを一番に考えました。
特に音楽は興味深いですよね。不協和音はダークなものや、怪しいものを表現するには効果的だと思う。ピアノも「ぶったたいて!」とディレクションしました。

――カメラワークと音楽には相当こだわった?

はい!観客のエミリーたちに対する印象を裏切るように作り上げていったんですよ。彼女たちは一見、タイトル通りソフトでクワイエットだし、すごくフェミニン。もちろん彼女たち自身もそう考えているんですけど、実は違う。パワフルで声も大きい。それを音楽とカメラワークで伝えたいと思いました。是非注目してほしいところです。

――うーん、もう観たくないと思っていましたが、また観たくなってきました!

(笑)一つ、秘密を教えてあげる。
音楽は担当のマイルズ・ロスと映画そのものや登場人物のテーマを話し合ってから、作り込んでいったんです。彼は日常にある”音”を取り入れて劇伴を作るんです。実は、今回の劇伴のドラムはエミリーのヒール音なんですよ!
さらに登場人物にそれぞれにあった劇伴を作り込んでいったので、次に観るときは気にしてみて!

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ベス監督は非常に思慮深く、一つ一つ丁寧に質問に答えていってくれた。こんなインテリジェントな人間から、ここまで非情な作品が作られるとは意外である。彼女の狙った”居心地の悪さ”を是非堪能して欲しい。

『ソフト/クワイエット』5月19日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほか全国公開

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『ソフト/クワイエット』

監督・脚本:ベス・デ・アラウージョ
出演:ステファニー・エステス、オリヴィア・ルッカルディ、エレノア・ピエンタ、メリッサ・パウロ、シシー・リー、ジョン・ビーバース

制作年: 2022
5月19日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほか全国公開
公式HP:https://soft-quiet.com/

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