最近何かと話題になる移住生活。都会の暮らしに疲れた人が田舎のスローライフに憧れて、移住するケースはよくあります。
田舎町としても、住民を増やして活気づけたいという、双方にとっていいことばかりに思える施策ですが、移住先での人間関係や文化に馴染めず、後悔してしまう人もいるようです。
そんな移住生活のデメリットばかりをギュッと濃縮させたような、地獄の移住スローライフ・スリラー『理想郷』が11月3日より公開されます。
映画『理想郷』概要
フランス人夫婦のアントワーヌとオルガは、スローライフを求めてスペインの山岳地帯であるガリシア地方の小さな村に移住する。ところが村は慢性的な貧困問題を抱えており、暮らしを変えることも村を出ることもできない。
夫婦の隣にくらす兄弟シャンとロレンソは露骨なまでに夫婦に敵対心を見せ、あらゆる嫌がらせを続けていた。さらに貧困にあえぐ村にとって大きな利益を生む風力発電プロジェクトに、夫婦が反対したことで、夫婦と兄弟の対立はさらなる悲劇を生むことになる…。
『おもかげ』(19)のロドリゴ・ソロゴイェン監督の心理スリラーとなる本作は、スペインで起きた実際の事件をベースにしています。(実際の事件内容はネットで検索すると出てきますが、ネタバレを避けたい人は検索非推奨です)
東京国際映画祭では「ザ・ビースト」のタイトルで上映され、最優秀作品賞である東京グランプリのほか、最優秀監督賞、最優秀主演男優賞を受賞しました。
田舎町特有の閉塞感や、知識や人生経験にかまけた都会者の傲慢さなどを非常にじっとりと描いています。田舎者と都会者のよくない部分を混ぜてしまった、生々しくて嫌な感じがずっと続くヒューマンドラマです。
なぜ夫婦の移住生活はここまでしくじってしまったのか…?
今回は移住経験はないものの、親の転勤で茨城県・岐阜県の田舎町で暮らし、現在は愛知県の割と都会で暮らしているライターが、映画『理想郷』の魅力と夫婦のしくじり理由を紐解いていこうと思います。
ちなみに東京国際映画祭にて、東京グランプリと最優秀男優賞のダブル受賞をしたのは、日本でも大ヒットした『最強のふたり』(11)以来の快挙だそうです。いや、ジャンルの振れ幅よ…!
主演は『ジュリアン』でモンスターペアレントを演じたドゥニ・メノーシェ。
本作の主人公であるアントワーヌ。何かの作品で見たなあ…と思って調べたら『ジュリアン』で母子に恐怖を植え付けたDV夫を演じたドゥニ・メノーシェでした。
『理想郷』では隣人ガチャにも屈することなく真っ向対決する男を演じていますが…?(余談ですが、『ジュリアン』の役名もアントワーヌです)
そしてもうひとりの主人公、妻オルガを演じるのは『私は確信する』や『ヴィーガンズ・ハム』などに出演するマリナ・フォイス。兄弟との対立を通して、オルガがどのように変化していくかも見どころのひとつです。
【しくじりPOINT①】コミュ力が微妙
まず気になったのが、夫アントワーヌが村人たちにあまり心を開いていない点です。
隣に暮らす兄弟シャンとロレンソがよそ者扱いしてくるから態度が悪いのならまだしも、親切にしてくれる別の村人にもあまり心を開いていない様子…。(妻のオルガは友好的な態度で接していました)
仕事を辞めて田舎町に移住してきた夫婦は農業で生計を立てますが、アントワーヌはそのアドバイスにも聞く耳を持ちません。
たとえば移住を誘致する市のサイトなんかを見ると「コミュニケーションが好きな人」を移住に向いている人として挙げています。しかしお世辞にもアントワーヌはコミュ力があるようには見えません…。
なお、方言やなまりのある岐阜・茨城で暮らした筆者はまだ幼いこともあり、あっという間に方言やなまりをマスターして順応できました。
ところが名古屋に越したときは変に斜に構えて方言を使わなかった結果、岐阜・茨城のときより友達は少なくなったような…。やっぱその土地に合わせたコミュニケーションは大切ですね…。アントワーヌの振る舞いを見て再認識しました。
話は戻り、アントワーヌには兄弟を始め、村の風力発電のプロジェクトなどに対して簡単に同意できない理由がありました。
対立する意見がひたすら交わることなく、陰湿にぶつかり合う様は、人間関係がぶっ壊れた組織に放り込まれるようです。陰湿で胃がキリキリするような雰囲気で満ちています…。
【しくじりPOINT②】郷に入れば郷に従おう
映画が始まった段階からアントワーヌと兄弟は険悪であり、村人たちの憩いの場であるバーでさえアントワーヌは孤立しています。
アントワーヌがバーを出るときには、兄弟から「ここじゃ店を出入りするときは挨拶するのがしきたりだ」と言われて、めっっっちゃしぶしぶ挨拶したくらい、あんまり馴染めていません(そもそも馴染む気があるかどうかも謎)
アントワーヌは村に大きな利益を産む風力発電プロジェクトに反対票を入れており、兄弟はその点から特に反感を抱いています。
そこに加えて、アントワーヌの我が強い性格によって、村のしきたりや暗黙のルールを軽視していることも追い打ちをかけているように感じました。
村の考えやしきたりにやたらと反発していることは移住失敗につながる理由として十分でしょう。
余談ですが筆者は茨城の小学校に通っていたころ、毎月1回給食で食わず嫌いな納豆が出てきて死にかけた記憶があります(匂いが苦手なのに、皆いっせいに納豆をかき回し始める…)
さっさと克服すればいいものの、それを拒んだゆえに毎月必ず匂いで死にかける…。そう、移住を失敗したくなければ順応がすべてなのです。アントワーヌはあらゆる順応チャンスを無視している感じがしました。
【しくじりPOINT③】わからせマウントはやめよう
アントワーヌは前職が教師なのに対して、村に暮らす兄弟は十分な教養を受けていない様子でした。
とにかく閉鎖された田舎町なので、外部へ出て環境を変えるといった事もできずにいます。バーで仲間とだべっている兄が「俺たちみんな、ここで生きるしかない」と嘆くほどです。
ただアントワーヌも彼らの境遇が全くわからないわけではありません。しかし教養のあるアントワーヌが兄弟の境遇を知ったような口をきけば、まるで知識人が我が物顔で説教をしているようなもの。
対等な関係ではなく、相手をわからせようという精神が見えてしまい、アントワーヌと兄弟の溝は埋まることを知りません。
今作は兄弟のアントワーヌに対する嫌がらせが作品の見どころだと思いますが、その原因となるアントワーヌの振る舞いや言動もまた、作品にひたすら暗い影を落としているのがポイント高めです。
決してわかり合えない、むき出しのディスコミュニケーションを見ているようで震えが止まりません…。
【しくじりPOINT④】積極的な隠し撮りはやめよう
アントワーヌは兄弟からの嫌がらせを警察に相談するも、まともに取り合ってくれず、自衛のために兄弟とのやり取りを隠し撮りするようになります。
嫌がらせの種類も多岐にわたり、日本人目線から見ても、普通に全国ニュースで流れてもおかしくないレベルの嫌がらせが連発。
ただ、田舎に暮らしていると、なぜか不審者とかいても普通に素通りしてしまう謎の空気感があるんですよね…。
筆者は歩道から丸見えのところで野グ〇をしているおっさんとか、上はスーツ、下はパンツ一丁の酔っ払いが間違えて家に入ってきそうになったとかありました。よくその格好でふらふら歩けたな…と思ったのですが、それもまた(あくまで自分が住んでいた)田舎ならではの空気感が起こしたトラブルだったのかもしれません。
隠し撮りはこうしたトラブルに巻き込まれてしまったとき、証拠となる映像を収めるものです。
ただ、アントワーヌの好戦的な性格が災いしたのか、わざわざ隠しカメラを持って兄弟の前に姿を表すという、自分からトラブルが置きそうな環境を作る行為を始めるように…。
案の定、隠し撮りしていたことは兄弟にバレて逆上させ、アントワーヌも堂々とカメラを出して兄弟を煽るという、もう何がなんだかわからない状態に。
自分の身を守るためといって始めたカメラ撮影が、夫婦にさらなる悲劇を招くことになるとも知らず…。
ちなみに兄弟を始めとする村人たちに対する態度は、アントワーヌとオルガで終始違いがあります。
オルガは平和に暮らしたいと思う一方で、アントワーヌはこの問題から逃げたくないと話す場面がありました。この夫婦のスローライフに対する意見の違いがどう変化するのかも見どころです。
まとめ
『理想郷』とはまた被肉たっぷりなタイトルで最高だし、東京国際映画祭にて同じ賞を受賞した『最強のふたり』とは、どこもかしこも対極の内容となっています。
土地文化、出生、人生観。あらゆるものが正反対で、互いに譲歩しないディスコミュニケーションが行き着く先を徹底的に暗く不穏な雰囲気で描いています。
それからいちばん大事なことですが、これから移住を検討している人は、マジで移住先で落ち着いてから鑑賞したほうが身のためかもしれません…。
映画『理想郷』作品詳細
公開日:2023年11月3日(金・祝)より、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネマート新宿ほか全国順次公開
出演:ドゥニ・メノーシェ、マリナ・フォイス、ルイス・サエラ、ディエゴ・アニード、マリー・コロン
監督:ロドリゴ・ソロゴイェン
脚本:イザベル・ペーニャ、ロドリゴ・ソロゴイェン
撮影監督:アレハンドロ・デ・パブロ
2022年/スペイン・フランス/スペイン語・フランス語・ガリシア語/138分/カラー/シネスコ/5.1ch/原題:AS BESTAS/英題:THE BEASTS/字幕:渡邊一治
配給:アンプラグド
後援:駐日スペイン大使館、在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ
© Arcadia Motion Pictures, S.L., Caballo Films, S.L., Cronos Entertainment, A.I.E,Le pacte S.A.S.
URL:https://unpfilm.com/risokyo/
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