映画『アウシュヴィッツの生還者』レビュー!ナチス映画としては王道。ボクシング映画としては邪道(?)なハード・ラブストーリー

ヤマダマイ

この時期、毎年必ず製作される映画といえば…夏のホラー映画?

ティーンがときめくスイーツ映画?

いいえ、ナチス映画です!

7月にはナチス×チェスという異色のバトル映画『ナチスに仕掛けたチェスゲーム』が公開されたばかりですが、あちらが頭脳戦なのに対して、今回8月11日(金)に公開される『アウシュヴィッツの生還者』は肉弾戦。

ナチスが余興で催した賭けボクシングを生き残ったユダヤ人男性が、行き別れた恋人を探す実話ベースのドラマです。

今作はナチス映画としては確かな重厚ドラマである一方で、ひとつのテーマとなっているボクシング映画としてはかなり邪道な作品となっています。見るとタフな気持ちになれるボクシング映画!というわけではないのです…!

映画『アウシュヴィッツの生還者』概要

1949年、ナチスの収容所から生還したハリーは、アメリカに渡りボクサーとして活躍する一方で、生き別れになった恋人レアを探していた。レアに自分の生存を知らせようと、記者の取材を受けたハリーは、「自分が生き延びた理由は、ナチスが主催する賭けボクシングで、同胞のユダヤ人と闘って勝ち続けたからだ」と告白し、一躍時の人となる。だが、レアは見つからず、彼女の死を確信したハリーは引退する。それから14年、ハリーは別の女性と新たな人生を歩んでいたが、彼女にすら打ち明けられないさらなる秘密に心をかき乱されていた。そんな中、レアが生きているという報せが届く──。

(公式サイトより

たくましくも哀愁を帯びたベン・フォスターは必見

(C)2022 HEAVYWEIGHT HOLDINGS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

本作の主人公であるハリー・ハフト役に抜擢されたのは『インフェルノ』でマッド遺伝子学者を演じたベン・フォスター。開発した虐殺ウイルスを使って、爆発的に増える人口を食い止めようとしためちゃコワ人物を演じました。

同じ実話をもとにした作品であれば、主演を務めた『疑惑のチャンピオン』の演技もかなりキレキレ。ツール・ド・フランス7連覇を成し遂げるも、ドーピングの疑惑を持たれたランス・アームストロングの狂気にも似た野心を体現しました。

映画『アウシュヴィッツの生還者』では生き残るために野獣と化した男を熱演しています。賭けボクシングを生き延びたたくましい体を持ちながらも、常に悲しみや恐怖を抱えて生きる哀愁を帯びた主人公を演じています。

共演には『ファントム・スレッド』『蜘蛛の巣を払う女』のヴィッキー・クリープス。ハリーの行き別れた恋人の行方を共に探す女性ミリアムを演じました。

ハリーを賭けボクシングのために飼いならすナチスの親衛隊隊長には『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』でローガン・アッシュを演じたビリー・マグヌッセンが抜擢されています。

監督は『レインマン』でアカデミー賞の作品賞、監督賞、主演男優賞、脚本賞を受賞し、近年は『トラブル・イン・ハリウッド』や『ロック・ザ・カスバ!』を手がけたバリー・レヴィンソンがメガホンを取りました。

ナチス映画としては王道

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ナチス映画に対して「王道」という表現が適切かどうか難しいところですが…。

これまで制作された実話ベースのナチス映画同様、『アウシュヴィッツの生還者』でも、これまで知られなかったナチスの歴史が暴かれます。

収容所で腕っぷしの良さを親衛隊隊長に見られたハリー・ハフトは、賭けボクシングのために親衛隊隊長に飼われることに。勝ち続ければ理不尽に殺されることはなくても、闘う相手は同じユダヤ人という同胞です。さらに、負けた相手は目の前で殺される…。

尊厳や誇りも失いながらも、ハリーは行き別れた恋人と再会することだけを希望に、幾度となく同胞を倒し続けるのです。

たとえ勝利してもハリーは誰からも評価されない一方で、地獄のような選択を続けたハリーを誰も責めることはできません。善悪という価値基準では決して測れない極限状態を捉えた本作は、ナチス映画として衝撃的な内容となっています。

また、現在パートをカラー、収容所にいた過去パートをモノクロにするとこで、ハリーが思い出す過去の暗さがありありと描かれていました。

突如として蘇る過去のトラウマに苛まれながらも、行き別れた恋人を探しながらボクサーとして戦う姿は圧巻です。

ボクシング映画としては邪道?

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賭けボクシングを生き延びたハリーは恋人に自分が生きていると気づいてもらえるよう、ボクサーとして闘い続けています。

より強い相手に挑もうとするボクシング映画としての側面もありますが、一方でその見どころは王道のボクシング映画とは真逆ともいえる印象です。

ボクシング映画の多くは勝敗を通して成長する姿や、強さをストイックに追い求めていく様子を描き、大切な人や自分のプライドを守る姿に感動します。

しかし、本作では賭けボクシングで同胞を倒し続ける過去パートをはじめ、ハリーがボクサーとして戦いながらも当時のトラウマに苦しむ姿を見せられます。その姿を見れば、タフになりたいなんてこれっぽっちも思えません。

むしろタフでいなくても済む世界がどれほど大切かを痛感させられます…。

ボクシングのポジティブな面だけを描かない、ある意味で邪道なボクシング映画としての魅力も孕んでいるのです。

ラブストーリーとしての一面も

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ナチス映画としては王道。ボクシング映画としては邪道と感じた本作ですが、実はもうひとつの側面があります。これまで何度か書いている、行き別れた恋人の存在によるラブストーリーとしての側面です。

ハリーが地獄のような収容所を生き抜き、現在でもボクシングを続ける理由はただひとつ。行き別れた恋人・レアもまた、ナチスドイツによる魔の手から生き延びたと信じているからです。

確かな情報がないにもかかわらず、ハリーは自分がボクサーとして名を挙げて、レアに自分の存在に気づいてもらおうと闘います。

しかし、次第に気力もレア生存への期待も失いつつあるハリーは、自分に対して親身に接してくれる女性・ミリアム(ヴィッキー・クリープス)に少しずつ心を開いていくようになり…。

レアの存在を信じてボクサーとして生きるのか。目の前の女性とともに、新たな人生を歩むのか…。

現在においても新たな選択を迫られるハリーの姿は、まるでラブストーリーの主人公です。実際、ラストの展開はこれまでのハードな展開からは想像もできないほど、切なく儚いものとなっています。

ハリーの答えと彼が行きつく人生の着地点は、この映画を最後まで観て良かったと思えるラストでした。
ハリーが経験してきた衝撃的な歴史。そして彼がひたむきに恋人の存在を信じて戦う姿。本作はその結末を通して、様々なジャンルの側面を見ることができる良作でした。

映画『アウシュヴィッツの生還者』詳細情報

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監督:バリー・レヴィンソン『レインマン』 『グッドモーニング,ベトナム』

出演:ベン・フォスター、ヴィッキー・クリープス、ビリー・マグヌッセン、ピーター・サースガード、ダル・ズーゾフスキー、ジョン・レグイザモ、ダニー・デヴィート

提供:木下グループ
配給:キノフィルムズ

2021/カナダ・ハンガリー・アメリカ/英語・ドイツ語・イディッシュ語/129分/カラー/スコープ/5.1ch/字幕翻訳:大西公子

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