〜脅威の自主制作3D映画の世界へようこそ〜3D映画マニア 大久保健也監督インタビュー

ロバート・ゼメキス

――ゼメキスの3Dについてもう少し詳しく聞かせてください

  普通の監督が3D映画を撮るときって絵を描くのに絵の具をうまく使いこなせていない感じというか、みんな馴染みある2D映画の脳でしか考えてないような気がして。画面内の前後の距離感を出すには被写体深度を浅くしてピン送りでしょう、みたいな。左右のスピード感を出すために前景にピンボケした木々を配置しましょう、とか。
 そういう「2D脳」で3D映画を撮っても「これなら2D上映で十分」レベルのものしかできない。繰り返しになりますが、そこで3Dカメラという装置の特性を把握して、3Dならではの演出を考えれば誰も見たことのないドラマを紡げる。そのお手本となるのがゼメキスの作品群だと思っています。どれもほとんど興行的には成功してませんけど(笑)
『ポーラー・エクスプレス』(2004)における「サンタクロースは実在するか/しないか」を探る感情の揺れを立体映像で提示して「実在します!」と宣言する感じとか、『ザ・ウォーク』(2016)の人間の本来の立体視認能力以上に立体的に見える街並みとか。あのあたりを何回も見返して参考にしながら『害魚』は撮影しました。
 あと、『ポーラー・エクスプレス』で3D的に物凄く好きなシーンがあって。終盤、汽車が長旅を経て北極点に到着する場面なんですが、汽車が走る橋の下をカメラが潜って汽車に接近しようとし続ける描写が繰り返されます。それが魔法みたいな編集と相まって、どんどん北極点の世界に自分が吸い込まれていくような感覚になる。2Dで観るとただの左から右へ視線が動き続けるオーソドックスなシーンなんですが、3Dで観るとそこに流動的な奥行きが加わる。まさに3D映画の真骨頂ですね。

――ゼメキスの3D映画4作(ポーラー・エクスプレス、Disney’s クリスマス・キャロル、ベオウルフ/呪われし勇者、ザ・ウォーク)の中だとどれが3D映画として監督のベストでしょうか?

 そうですね。『ベオウルフ/呪われし勇者』(2007)だけまだ3D版を観れてないんですけど、いろいろトータルで考えると『Disney’s クリスマス・キャロル』が一番3D映画として素晴らしいと思います。

――僕もまだ『クリスマスキャロル』は3Dでは観れてないんですが、伸び続ける廊下の悪夢的ショットなど、この映画でしか味わえない空間感覚が記憶に残っています。

 主人公のスクルージが過去の精霊に連れられて自分のクリスマスの記憶を巡回するくだりが、疑似ではあるんですけど11,2分ぐらい続く長回しショットなんですよね。その長回しのなかで3Dがアトラクション的に用いられている瞬間もありつつ、カメラが断続的に回転することによってスクルージが手前に、過去のスクルージが奥に…と3Dで観ることによって前後の位置関係と距離感が明確にわかるようになります。2Dで観るとひとつのレンズで捉えられた前後関係というものは理屈のものでしかなく、感覚としては「大・小」の関係になりますが、3Dだと「前・後」。被写体の関係性により深い情緒が付与されます。

 映画は上下と左右の運動が基本ですが3D撮影によって前後の運動が明確になる。ゼメキスという作家は単純に「3Dで撮ったら迫力があるよね」みたいな幼稚なこともするんですが、それも含めてトータルで映画文法そのものに3Dを組み込もうとしている。それはキャメロンもやっていないし、マイケル・ベイもスコセッシもやってない。ゼメキスだけがやっている。
 そこで遊び心ってすごい大事だなって僕は思っていて。ゼメキスは毎回天才的な演出をするのに、遊び心も忘れない。そのバランス感覚にいつも感動します。今の日本映画とか自主映画って遊び心がないなと思います。すごい生真面目な映画か悪ノリ映画かの二択みたいな。僕なりの3D映画好きの理由には遊び心という視点は大きいですね。真面目に語っていてもそこに別の無邪気な視点があるというか。

――3D映画すべての中から監督のベスト3を教えてください。

 すべてだと、まずひとつは『ザ・ウォーク』ですね。当時劇場で8回ぐらい観ました。3Dで語られるべくして存在している物語が詰まった名作です。存在していないものをフィクションの力で存在していることにしてしまうゼメキスの作家としての優しさと、時に甘ったるく、時に厳しいほど人工的な3D映像が絡み合って……。あえて全編コンバート3Dにすることでワイヤーウォークシーンの下界の景色の立体感を全部コントロールしているという、しかもそれが予算削減にもなっているという、あらゆる点で偉大な映画で。そして二本目は『アバター』……。あとは監督重複を避けると……

――重複ありだとゼメキスですか?

そうですね。『Disney’s クリスマス・キャロル』になりますね。重複を避けると『メアリーと秘密の王国』っていう今は亡きブルースカイ・スタジオの作品があるんですけど、これは最高の3D映画ですね。

――全然知りませんでした。

 主人公が小さくなって、昆虫とかの世界に迷い込むっていう、あらすじ自体はよくあるファンタジー作品なんですが、そこでのミクロな世界での3Dの視差がそのままミニチュア的な立体感なんですよね。そのまま空中戦とかバトルアクションが展開されて、自分がミニチュア模型で遊んでいるような感覚になるという。立体感も抜群で……。

――いわゆる箱庭効果をめちゃくちゃ使った作品ってことですよね?

 そうですね。視点が小さくなることで普段自分が見ているものが大きく見えるという意味でも楽しい立体体験で。テーマ的にも3Dで語る意義のあるものになっていると思います。

――まったくノーチェックでした。これこそ『3D世紀』で言及されてた話ではあるんですが、3D作品は代々『大アマゾンの半魚人』であるとか『肉の蝋人形』とか人ではない偽物をずっと描き続く手法だったみたいなのが書いてあったと思います。肉体ではないものが肉体として現前する、そこにまがい物としての政治性と遊び心が混入する。3Dの歴史って非常に面白いですよね。

 映画のロマンが詰まっていると思います。3Dうんぬん以前に自分が「映画」が好きな理由がそこにある気がして。3Dを用いて映画史を語る『ヒューゴの不思議な発明』(2011)や『ミッキーのミニー救出大作戦』(2013)の3D版などは観てて心から「映画って素晴らしい……」と思います。現実に存在しないものや世界に対して、もっと往生際が悪くてもいいんだっていう。

――読者のかたが3D映画を観るコツ、注目するべきポイントみたいなものがもしあれば。

 これも繰り返しになりますが、2Dで観ると単純に被写体と被写体が重なりあっているようにしか見えない映像も、3Dで観ることによって明確に距離感を感じることができる。その距離です。人と人との距離。街と空の距離。スクリーン奥の主人公と今座って映画を観ている自分との距離。そのひとつひとつをゆっくりと味わい、噛み締める。そうすることでその映画が語りかけてきているストーリーのニュアンスが変わってくると思うんですよね。そこまで厳密に狙って作られている3D映画は少ないと思いますが、それを意識するだけでもグッと変わると思います。

――まずは人物や物体の重なり合い方に注目するということですよね。

 あとは「体感」することだと思います。サブスクでダラっと観て、つまんなかったら中断してっていう映画の楽しみ方も否定はしませんが、上映時間、例えば100分なら100分間、ワクワクしたとしてもしなかったとしても自分の人生が100分減るっていう、その感覚ですね。立体映像を通じて本当に旅に出て、風を感じて、まだ自分が知らない人や文化と出会うんだっていう、その「体験」です。

3D映画のつくりかた

――監督の3D新作「害魚」はまったくあらすじとかも出てませんよね?

 これははじめて僕が自分で脚本を書いていない監督作品で、主演の小林敏和という俳優による持ち込み企画です。元々彼が僕のことを面白い映画を撮る人間だと思ってくれていて。彼が初めて脚本を書き、自分を主演に撮ってくれないかと誘われ、それに対して僕が酒の力を借りて「じゃあ3Dで撮ろうよ!」と返したという流れです。
 なので3D前提の企画というよりかは、僕が3D映画として魅力的なものにするために演出で仕上げたという感じのもので、ストーリーは割とオーソドックスな人間ドラマです。

――勝手に怪獣出てくる奴だなとか思ってたんですが……

 自主映画で3Dってなるとやっぱりホラーだアクションだって勝手にイメージされる方が多いと思いますし、僕としても『ピラニア3D』(2010)をやりたい気持ちもありますが、ここはあえて「3Dで撮る意味あるのか、この話?」みたいに思われがちなものを、あらゆる見せ方で3Dで撮るとこんなにも面白く語れるんだというのをプレゼンできたらいいなと思って撮りました。「3D映画に向かないストーリー」はこの世に存在しないと思っています。全ては語り方次第だと考えていて。

――なるほど

普通に兄弟モノの青春ドラマで。血は出ますが怪獣はでてきません。

――普通の人間ドラマを3Dで撮ったってなるとそれこそヴェンダースとかアン・リーの『ビリー・リンの永遠の一日』しかないような印象があります。

 普通にハイスケールの物語も3Dに合うんですけど、逆にめちゃくちゃスケール感の小さい、切羽詰まった物語というのもすごく3Dと相性がいいと思っていて、それを効果的に表現することを念頭に、画ではなく空間を魅せるコンテを考えて撮っていました。

――その流れで伺いたいんですがライティングのお話が先ほどあったんですけど、監督が実際に撮影する上で3D作品におけるライティングってどのようなものだったんでしょうか?

 3D映画である以前に自主映画なんで、基本的にはロケ地で光源を探してそれベースで考えるみたいなことしかしてないんですが、逆光ひとつとっても3Dだと異常に禍々しく光が差し込んでるように撮れたりとか、そういうのをテスト撮影で「ああ、ちゃんとトランスフォーマー/ロストエイジみたいに撮れるな」と確認して演出に活かしてみたいなことですね。あと、ライティングで人間の顔に立体感をつけなくても3Dで撮れば自動的に背景と切り離されて顔の凹凸も視認できるっていうのは素晴らしい効果だなとしみじみ撮ってて思いました。

――3D映画の撮影の苦労が聞けるのが貴重な機会なんで色々と伺っていきたいんですが、撮られた映像はHDR-TD10の裸眼モニターでその場でチェックはしていたんでしょうか?

 そうですね。でもその付属の裸眼モニターが初代のニンテンドー3DSくらいのちょっと目線がズレたらもうわからなくなるレベルのものだったので撮影しながらのリアルタイムでの確認とかはできなくて大変でした。
 一番面倒だったのがHDR-TD10の撮影データがMVC(マルチビデオコーデック)という3D Blu-ray専用の規格だったんですよ。そこから右目用の映像と左目用の映像に全データ分離しなきゃいけないっていうことが発生して。それで今回は作品の規模的にシネコンのデジタル3D上映は恐らく望めないのと、多くの人に3Dで観てほしいという思いからアナグリフ方式(赤青メガネ)の3Dで作ることに決めていたので……。編集に入る前に全ショットデータを右目と左目用に分離してそれぞれを赤色と青色に塗り分けて。そこから編集して赤映像と青映像の距離をショットごとにリアルタイムで動かして視差調整をして……。2D映画の3倍くらい作業時間がかかりました。

――その視差調整は普通の編集ソフトで行えるんですか?

 それ専用のソフトは探した限りほとんどなくて。なのでPremiere Proで右目映像と左目映像を透明率50%で重ね合わせて、赤青メガネで確認しながら二つの映像を左右にずらしていくんです。

――それってマスクで囲って一部分だけ強くすることは可能なんでしょうか?

 可能で、今回はワンカットだけそれに近いことをしましたが、今回は基本的に画全体の立体感の調整に留まりました。編集初期の頃は自由に立体感を調整していたんですが、アナグリフとの相性が悪い立体感などもわかるようになってきて、いろいろ試行錯誤しました。20分の短編なのである程度強い視差を作っても問題ないだろうと思いつつも、それで観る人の集中力を奪っては元も子もないなと思ったり……。なにせやり方がどこにも載ってなくて、Premiere Proでできる方法として僕がひとりで思いついたやり方なんで……。

――世界的にこのやり方で行われてるわけではなくて…?

 わけではなくて(笑)今の環境でやるには……と考えたときにできるベストな方法には辿り着けたんじゃないかと思います。理屈上はハリウッドの3D映画と同じ作業をしてるんですが、実作業としてはPremiereのオフィシャルな使い方じゃないですし、本当に奇妙な作業で、この時代に赤青メガネかけてこんな変なことやってるのは世界中で自分だけなんじゃないかって何度も思いました(笑)
 あと『塔の上の~』の頃のディズニーアニメやMCU作品で採用されているフローティングウィンドウという、画面の端の黒味を浮き出させる手法がありまして。3Dって手前のものが飛び出て、飛び出たものがフレームの端に切れると映像に違和感が発生するじゃないですか? その違和感をなくすためにたとえば右端の黒味を浮かせるという……。

――画面の中と別で、それはフレームだけを作って立体化させているってことでしょうか?

 そうです。それを僕は『塔の上の~』の3D Blu-rayでずっと研究していて、どうしても自分でやりたいと思っていて。いろいろ試行錯誤していくうちに、赤色のフレームと青色のフレームをふたつ作って重ねて左右調整することでアナグリフ方式でも再現できることに気づいたんです。それでどちらかの色のフレームを傾斜させることで画面下部だけ飛び出させる、みたいなことも可能で。本当は全編に採用したかったんですが、アナグリフとの相性もあって一部のショットに留めています。

――今回撮影は購入されたソニーのHDR-TD10一台で撮り切っているという形でしょうか?

 そうですね、あれ一台で。二台カメラで長距離の視差を作って花火を撮ったら理屈上、花火が球体に見えるというのをやりたくて試したりもしたんですが、うまくいきませんでした。本編で使ってる映像はHDR-TD10だけになってます。

――それこそゴダールの『さらば、愛の言葉よ』みたいですね

 厳密に同じレンズと同じ高さで撮らないといけないんで。いつか再挑戦したいです。

――今現在はもう編集も終えられたっていう感じですか?

 今はもう最終調整という段階ですね。一般公開がどのような形になるのかはまだわからず……。

――監督の作品は本当にPremiere Pro上だけで作っていったってことですよね? デプスマップを外注したりせず…

 そうですね。知識に対しての実経験がないんで、とりあえず自分の知識のなかで理屈上はこうなる、というのを信じて実践していきました。本当は部分的なコンバートとかもやりたいんですけど、今回はステレオ撮影と視差調整のみでベストを尽くしました。

――いや、でもそれも凄い話ですよ。公開を楽しみにしています。

大久保 健也監督の作品情報等

コスメを愛する美大生アヤカ(藤井愛稀)は、ある時「映画に出演してほしい」とナンパしてきた自称・映画監督の柴島(西面辰孝)に薬物を盛られ暴行を受ける。精神的に病むアヤカだったが、大学院生のサトミ(仲野瑠花)、アパレル店員のユミ(川崎瑠奈)との出会いで少しずつ心を取り戻していく。
しかし、柴島の次の標的がユミと知ったアヤカは突発的に柴島を殺害してしまう。
愛と友情、そして破壊の先の未来とは?アヤカ・サトミ・ユミの《私たちの未来》のための革命が今、始まる。
(Youtubeより引用)

キャスト/藤井愛稀 西面辰孝 仲野瑠花 川崎瑠奈 吉岡諒 石田健太
監督・脚本/大久保健也
プロデューサー/西面辰孝 大久保健也(穏やカーニバル)

amazon:https://amzn.to/3HuqMf1

素行の悪さ、下劣な芸風で周囲に煙たがられ、一向に漫才師として売れる気配のない塚口敏夫は、相方の国松博之と共に小劇場で漫才をする日々を過ごしていた。ある日、そんな二人にテレビ出演のオファーが舞い込む。しかし恋人との間にある大きな問題を抱えていた塚口は、現実と妄想が交錯する中で、やがて漫才師として取り返しのつかない事態へと巻き込まれていくのだった。初長編『Cosmetic DNA』がゆうばり国際ファンタスティック映画祭2020にて北海道知事賞を獲得した、大久保健也監督の長編第2作。(C)穏やカーニバル
(amazonより引用)

キャスト/西面辰孝, クレゴン太, こんじゅり
監督・脚本/大久保健也

amazon:https://amzn.to/42cHKrY

最新情報をチェックしよう!