俺が映画サークルで女の子を盗撮してMVを撮影していた話/第1話『軍旗はためく下に(1972)』

戦没者遺族援護法。昭和27年施行。
軍人軍属等の公務上の負傷・疫病・死亡に関する、国家補償の精神に基づく援護。
ただし元陸軍軍曹、富樫勝男の死亡理由はその援護法に該当すると認められなかった。
富樫軍曹の死亡理由。それは太平洋戦争末期のニューギニア戦線における敵前逃亡とされていたからだった。軍法会議により処刑された軍人の遺族は、国家扶助の恩恵は与えられない。それが援護法の決まりだった。
これに納得がいかないのが富樫軍曹の未亡人、サキエ。富樫軍曹の処刑はそれを裏付ける証拠がなく、敵前逃亡の事実さえ明確ではない。
夫は戦死か、銃殺か。26年間、サキエはその真実を追い求め続けた。そして知る戦場の実相。
敵前逃亡。
上官殺害。
友軍相殺。
人肉嗜食。
女の執念が、軍旗に隠された戦争と人間の真実を暴く。

軍旗はためく下に。
公開1972年。
監督、深作欣二。

×   ×   ×

 2015年。夏休みも真っ盛りという8月半ば。
 アカデミー作品賞は『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』、パルムドールは『ディーパンの闘い』だった年。
 みな『マッドマックス 怒りのデスロード』に熱狂し、実写版の『進撃の巨人』は親の仇のごとくぶっ叩いていていた。ちなみに俺は冒頭30分の巨人による食人と大虐殺に『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』と『ガメラ3 邪神〈イリス〉覚醒』を感じられたので、それだけでも素晴らしい映画だと思っている。
 年末に近づいた『スターウォーズEP7』への期待と不安は爆発しそうなほどに高まっていたし、7月に公開された塚本晋也の『野火』があんなにもロングラン興行になるなんて思ってもいなかった。
 そんな時期のある日。午後4時、俺は池袋の新文芸坐にいた。
 新文芸坐。池袋の汚い風俗街の奥、パチンコ屋の上にその名画座は存在する。今は夏の戦争映画特集が組まれており、なんと学生は二本立てを500円で鑑賞できるという非常にお得なプログラム。若者に戦争について考えてほしいという支配人の心意気だそうだ。貧乏学生の俺にはありがたい。平和について考えるという名目の下、ワンコインで映画が見られる。
 映画を見ること。それは俺にとって修行だった。
 その日は諸々の巡り合わせが悪かった。冷房は強すぎるし、夏バテで体調は悪いし、隣でいびきかいて寝るじいさんはうるせえし、金がないから昼飯が食えなくて腹も減っていた。座席の硬さが気になってしょうがない。具体的にどう違うかと言われるとわからないが、シネコンに比べてどこか座り心地が悪い気がする。
 なんで俺はこんな苦しい思いをしてまで映画を見なければならないのか。だいたい俺が見たかったのは二本立ての『激動の昭和史 沖縄決戦』の方だけで、今上映している『軍旗はためく下に』は見られなくたって問題はないのだ。この環境と体調で、150分の後にもう一本である。左幸子の絶叫に頭痛がしてきた。
 しかし、見なければならない。
 文芸座の二本立てで目当ての映画だけ見て、もう一本は見ずに帰る。そんなことは許されない。映画をたくさん見ているということは、映画サークルにいる俺にとって唯一といっていいプライドだった。
 俺は今年、大学一年生になった。今この瞬間、俺は大学一年生の夏休みのど真ん中にいる。本当ならサークルの仲間と遊び歩いて、彼女もできて、セックスもして、若者らしく享楽と怠惰の夏を過ごせていなければならない。
 それなのに、今俺の目に映るのは女子大生の乳房ではない。スクリーンには銃殺刑に怯える日本兵が映し出されている。日本兵による人肉食なんてどうでもよくて、とにかく彼女が欲しい。ニューギニアの惨殺死体が転がる海じゃなく、彼女が駆け回る夕焼けに照らされた浜辺を見たい。
 俺はこんな場所にいるはずじゃない。
 大学生になったら全部が変わると思っていた。こんな名画座にこもるだけの夏じゃない何かが手に入るはずだった。
 どうしてこんなことになってしまったのか。スクリーンの丹波哲郎は戦場の残酷さを教えてはくれても、俺がなぜ童貞なのかを答えてはくれない。

 大学生になった俺はまず映画研究会、つまり映画サークルに入った。たくさんの映画を見ていた俺を、先輩たちはもてはやしてくれた。誰かからこんなに期待をかけられるのは初めてだった。18年間、映画やアニメを見るばかりだった俺の人生は報われたはずだった。
 同期の中でだって、いちばん映画を見ているのは俺なんだ。一年の男女はこの夏休みで確実に距離を詰めているらしく、誰が誰を好きなんていう噂は俺の耳にまで届いていた。誰もかれもが恋愛沙汰にしか興味がない。俺が最近どんな映画を見たのかという話の方が重要なはずなのに。お前たちは映研の人間なのだから、映画を見ている俺の話を笑顔で褒めそやしながら聞く義務があるはずだろ。
「俺、最近文芸坐の戦争映画特集通ってるんだよね」
「さすが〇〇くん! 素敵! 抱いて! 彼女にして!」
 なぜこうならない!
 誰も俺の映画の話を聞いてくれないわけではない。先輩たちは俺が今まで参加してきたどのコミュニティよりも俺を人間扱いしてくれる。無視されているわけじゃない。でも事実としてみんな映画より色恋に興味がある。それが俺にはどうしても許せない。
 なんでみんな俺のできない話ばかりするんだ。俺が混ざれない話を面白いと感じるのをやめろ。どうしても色恋の話をしたければ俺にも女をよこせ。俺を世界の中心にしろ。

 俺だって本当はわかっている。俺の言っていることは言いがかりだ。正当な努力をしていない俺には童貞喪失の権利など与えられない。何を頑張ればいけないのか。俺はそれがよくわかっているのに。どうしてもできない。踏み出すのが怖い。映画を何千本見ようが、それを成し遂げないことには俺の人生に価値はない。
 俺が青春を手に入れられない最大の理由。
それは俺がまだ、監督として映画を完成させたことがないからだ。
 間違いない。

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