俺が映画サークルで女の子を盗撮してMVを撮影していた話/第2話『性欲の井戸の底で』

 俺はCさんを撮った映像を何度も見返す。モニターの中の女の子は向けられるカメラを恥ずかしがって、はにかみながら手で顔を隠す。1分と少ししかないその動画を何度見返したかわからない。自分が撮ったものをいつまでも見ていたいと思えたのは初めてだった。
 これまで映研で撮ってきた映像は、あまりにも自分の理想とかけ離れていた。自分の無能さを突きつけられるようなつまらなさ。自分がそれを撮ったという事実をこの世から抹消したいと思うほどだった。
 でも、もう違う。今の俺は永劫に反芻できる1分を手にいれた。Cさんという女の子が、俺の眠れる才能を引き出してくれた。
 もっと、Cさんが撮りたい。
映画を作ろうとまでは思わない。そんな面倒なことはしたくない。俺はただCさんが撮れればそれでいい。
そんな俺に、チャンスが訪れた。合宿だ。
 俺の所属する映画研究会は毎年9月の頭に合宿がある。合宿所周辺のロケーションを利用した5分ほどの短編の撮影と、夏休みに作った映画の上映会がメインイベント。もちろんバーベキューや飲み会といった大学生らしいこともする。
 サークル内では合宿中の様子を撮影して思い出を残すための撮影係が求められており、俺はそれに立候補した。これなら思い出を残すという正義を振りかざしてCさんにいくらでもカメラを向けられる。逃げられはしない。
 他の男連中なども撮らなければいけないのが苦痛だがそこは仕方ない。合宿中は適当に他の連中のバカ騒ぎを撮りつつ、1秒でも多く本命のCさんの映像を手に入れる。
 正直に言えば、Cさんとカップルになりたいとかセックスしたいとか思わないでもない。
 でもそれは、俺の心の片隅でチンポが強制的に作り出す雑念であり、俺の本心は間違いなく映像作家になるためにCさんが必要だということなのだ。
 しかし、だ。
 レンズの向こう側にセックスが見えることだって、あるかもしれない。
 たとえ俺が彼女を求めなかったとしても、彼女が俺を求める可能性はあるのだから。俺も男なので、その時は答えてやらないでもない。
 大学生のサークルの合宿というのは多分、酒とセックスと淡い思い出なのだと俺は信じている。猛り狂う性衝動が集う井戸の底。俺はその深淵に飛び込む。だから俺にだってきっと、もしくは、ともすると、なにかあるかもしれない。
 合宿のバスの中は気まずかった。総勢で30人ほどいる他の部員、誰ともすることがない。みんなは酒を飲んで騒いだり、トランプやUNOで遊んでいる。ノートPCで映画を見る俺。
 『狂った野獣』
 1976年。宝石強盗の渡瀬恒彦がバスで立ち塞がる全てを破壊しながら猛進していく映画。
 孤独に耐えられない俺に渡瀬が勇気をくれる。
 というかしょうもない連中に混ざらず70年代東映のカーアクション映画を見ている俺、かなりかっこいいのでは?
 かっこいい映画を見るかっこいい俺の背中をCさんは見てくれているだろうか。Cさんは俺の斜め後ろの席で他の女子たちと談笑している。控えめな笑顔。白くて柔らかそうな肌。ふわりと揺れるボブカット。いつもより少し華やかな私服。かわいい。今すぐにでもカメラを向けたい。おちんちんがそわそわしてくる。え? いや俺は何を考えて……。
 「おい※※、早く来い!」
後ろの席でバカ騒ぎする先輩たちが俺を呼ぶ。降りかかる撮影係としての責務。カメラを持って向かってみれば、飲みすぎた三年の先輩がすでにゲロ袋にぶちまけている。
 「※※、撮れ!」
 逃げ出したい。俺はCさんを撮るためにここにいる。ゲロが見たかったんじゃない。俺にはもっと欲しいものがあった。虚しさと哀しさにやりきれなくなりながら、それでも俺はゲロにレンズを向ける。俺は覚悟を問われていた。ゲロを撮る覚悟。それがなければお前がCさんにカメラを向けることは許さないという世界の声。俺は戦う。オエエと呻く先輩。逃げ出したい。胃の中で他の食い物と撹拌されたレモンサワーの香りがツンと来る。俺は逃げない。先輩の口元から糸を引くゲロにズームイン。腐臭に耐えきれず誰かが窓を開ける。空は快晴。目指すは某県の海岸近くにある大学の合宿所。潮とゲロの匂いが混ざる。青空と海辺が窓の向こうに燦然と輝く。それでも俺とカメラはゲロから逃げられない。早くCさんが撮りたい。なんで俺は男なんか撮らなきゃいけないんだ。おちんちんはそわそわしない。
 俺が崩れ落ちそうになりながらゲロに向き合っている時、Cさんは数人の男女グループに混ざってウノをやっていた。そこにいる男全員をぶち殺したい。そいつは俺の女だ。だって俺は、その女にカメラを向けたんだから!
 でも俺とCさんの特別で愛おしい絶対の関係はどんどん汚されていく。
同期の他の男が、合宿中に撮る短編映画の主演にCさんを据えたからだ。Cさんはかわいいのでサークル内で役者として引っ張りダコだった。Cさんはすでに三本もの映画に出演している。
 うかうかしている間にCさんはまた他の男にカメラを向けられてしまった。他の男のカメラに犯されるCさん。俺の女が輪姦されていく。泣いてしまいそうになる。俺がいちばん上手くCさんを撮れるんだ。俺は他の男に撮影されているCさんを撮影する。他の男の指示を受けて、笑ったり怒ったり演技するCさんを撮影する。Cさんは俺を見ていない。これでは女を撮る意味がない。それでも俺は使命を果たす。夏合宿の思い出を残さなければならない。輝かしい同期たちの思い出となる瞬間を、外側から捉えるしかない俺。
 「お疲れ様、※※くん」
撮影が終わった後、俺とCさんは偶然二人きりになる。夕方、合宿所近くのコンビニ前。他には誰もいない。
 「さっきの撮影、ずっとカメラ回しててくれたもんね」
Cさんは俺の存在に気づいていた。やはり俺の女だ。
 「そうっすね……」
 俺は曖昧な返事しかできないまま、常に持ち歩いているカメラをCさんに向ける。
 「えっ、ちょっ、なに」
 動揺し、恥ずかしがって顔を隠すCさん。
 「これも合宿の一コマってことで、先輩に色々撮れって言われてるし」
完璧な言い訳。
 「もうなにそれー」
 「顔隠さないでくださいよ」
 「やだー隠すー」
 やっぱり、カメラを向けられて嫌がる女はかわいい。
 女の子にカメラを向けるということ。可視化される俺の女の子への視線。俺は基本的に女子を見てはいけない人間。そんな俺にカメラを向けられてしまっている女の子という存在。おちんちんがそわそわする。撮影は性的興奮を伴う。
 「※※くん、黙って撮ってくるから怖ーい」
 「撮るよって言っても絶対顔隠すじゃないですか」
 「ちゃんと言ってくれれば、あんまり恥ずかしくないよ」
 多分、それではダメなのだと思う。カメラという暴力装置の前にあっけなく立たされてしまう、柔らかい強姦のような感覚が女の子を輝かせるのだから。
 「カメラ止めて話そうよ」
俺は何も言えない。カメラ越しでないと、俺がCさんに話しかけていい理由がみつからない。ただ仲良くなりたいからそばにいるなんて許されない。
 「もう!」
 Cさんは俺から離れようと走りだす。本気で嫌がっているという風ではなく、足取りは軽い。俺はCさんを追っていいのだろうか。ふと『ドーン・オブ・ザ・デッド』とか『28日後』を思い出す。ここで追えば俺は走るゾンビだ。Cさんはしばらく離れたところで俺を待つように立ち止まる。
 俺は一歩も動かない。ただカメラをズームする。激しくなる手ぶれ。
 俺は黙ってカメラを向け続ける。そのうちにCさんは、手を振ってから歩き去ってしまう。
 そうしてCさんは行ってしまったけれど、夜のバーベキューは意外に楽しかった。
 そこには俺の居場所があった。どこかの輪に混ざって喋るとか女の子と距離が縮まるとかそういうことはなかったけれど、今夜の俺には役割があった。俺はバーベキューを楽しむみんなにカメラを回しているだけで、なんとなくこの場にいていい人になれる。ただ黙ってカメラを持って肉を食うだけでも、みんなの輪に混ざれているような感覚がある。俺はこの瞬間に、映画サークルそのものが少し好きになった。良い気分なので気に入らない男とかゲバくて苦手な女にもカメラを向けてやる。彼ら彼女らが一夏の思い出の映像の中にどれだけ映れるのかが、こうして俺の一存で決まる。カメラは俺を神様にしてくれるのかもしれない。
 男女のグループに混ざってバーベキューを楽しむCさんを撮る。それはこの空間でごく自然だ。むしろみんなが望んでいる。俺がカメラを回すことを。焼きそばの熱さに口をモゴモゴとするCさん。カメラ越しに、俺はただじっと彼女を見つめる。Cさんは俺に気づかない。なんだか今はそれでいい気がする。俺は肉を食う。美味い。ここは居心地がいい。これ美味いよね。Cさんにそう喋りかけてみたい。
 そう思っていたら、いつの間にかバーベキューは終わっていた。
 「※※、撮影サンキューな」
 サークルの部長がそう俺を褒めてくれる。ちょっと、嬉しい。えへへ。
 その夜、合宿所のホールで今年の頭から夏休みにかけて部内で撮影された映画が上映される。上級生のもあれば、新入生のもある。俺の映画はもちろんそこにない。俺は映画作りをしていないので当たり前だ。誰かの撮ったCさんがプロジェクターに映る。さっきまで俺の心にあった暖かさがすぅっと消えていく。寝取られとはこういう気分なのだろうか。そこに映るCさんはかわいい。誰が撮ったってCさんはかわいくなってしまう。暴力性があるかわいさ。
 「※※くんなんかいらない」
 Cさんにそんなふうに言われている気がしてくる。他の男のかわいいCさんを見てみんながかわいいと言う。みんなで俺を否定するのか。今すぐ俺の撮ったCさんをここで見せびらかしたい。俺の女はこんなにかわいいんだと世界に向かって叫びたい。この合宿で俺とCさんが会話した時間、10分未満。こいつは俺の女なんだと証明したい。
 俺は上映会を抜け出してトイレに向かう。そして個室に篭って、スマホに入れた俺のCさんの動画を見返す。ふはは、やっぱり俺が撮ったCさんがいちばんじゃないか。
 Cさんを見つめながら、ズボンとパンツを脱いでチンポを握る。
 「安藤昇 わが逃亡とSEXの記録」という映画を思い出す。1976年。
 この映画のキャッチコピーはこうだ。
 『追われる身で抱く女七人…憤怒と激情SEXに彩られた安藤昇逃亡34日間のすべて』
 本物のヤクザから俳優になった、顔に傷を持つ男。それが安藤昇。この映画は安藤昇が実際に警察に追われて逮捕されるまでの34日間を安藤自身が演じると言う映画だ。
 俺がこの映画でいちばん好きなシーン。それはセックスの途中で逮捕されてパトカーに乗せられた安藤昇が車内で手淫を強行するシーンだ。
 「まだ終わってねえ」
 それだけの理由でパトカー内でおっさんに囲まれながら安藤昇は射精してみせる。圧倒的な男性性。世の中にはかっこいいオナニーがあるということを教えてもらった。俺の中の安藤昇が言う。合宿所のトイレでシコろうとも胸を張れ。俺もまだ終わってねえ男でいたい。
 スッキリする。俺は安藤昇だ。
 トイレから戻ってみると、みんながゲラゲラ笑っている。
 俺がバスでいやいや撮ったゲロをぶちまける先輩の動画が上映されていた。
 さっきまで上映されていたどの映画よりもどっかんとみんなが笑っている。俺が撮った映像が大勢の前で上映されて、ウケている。
 そりゃ技巧を凝らしたわけじゃないし、ただ目の前にあるものをカメラに収めただけだ。それでも、この動画を撮ったのは俺なのだ。その顕然たる事実は変わらない。
 だから、ちょっと、嬉しい。うふふ。

ちなみにこの泥酔ゲロ先輩は、明日Cちゃんに告白して付き合い始めることになる。

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