災害映画なのにネタバレ厳禁!?韓国映画『大洪水』は観る者を翻弄する実験作だ

ツナ缶食べたい

 仕事始めの一週間をなんとか乗り越え、正月用に買った日本酒の残りを啜るように飲む。ほんわかした頭でシネコンの上映スケジュールを眺めていると、『All You Need Is Kill』の劇場アニメ版の公開がいつの間にか始まっていることに気づく。個人的にはトム・クルーズ主演の実写映画版の印象が強いタイトルだが、ループをギミックとして用いた物語は「トム・クルーズですらあっけなく死ぬ」ことで高い緊張感を保ち、日本のライトノベルが海を超えて映画化されることもあるのだな、という意味でも記憶に残る作品であった。

 というわけで(?)、年明けの近況報告を終えて心機一転、会社のPCのパスワードを忘れるなど正月ボケが抜け切らない皆様の頭を切り替えるのにうってつけな映画をご紹介。その名も、Netflix映画『大洪水』だ。

※本稿には、取り扱う作品の性質上、洪水など自然災害を想起させる文章が含まれます。お読みいただくにあたっては、予めご注意いただきますようお願い申しあげます。

 シングルマザーのク・アンナは幼い息子ジャインと共に、ソウルに建つ高層マンションの3階の部屋で暮らしていた。遊んでほしいとせがむ息子の面倒を見ながら、家事に勤しむアンナ。ところが、アンナは部屋の床が水浸しになっていて、その水かさがどんどん増していくことに気づく。異変を察知して部屋のカーテンを開けた彼女が見たのは、全てを飲み込む大洪水が自分たちの部屋に迫りくるその瞬間だった――。

 昨年12月にNetflixにて配信された韓国映画『大洪水』は、話題作『10DANCE』を超えて配信初週の国内ランキングでも1位を獲得したヒットタイトルだ。ところが、SNSではあまり評判が流れてこないし、鑑賞した人のどこか奥歯に物が挟まる言葉選びの感想が並んでいて、異様な雰囲気を醸し出していた。

 その理由を求めて実際に鑑賞してみると、なるほどこれは「語る」ことが非常に難しい作品に仕上がっている。国内1位を穫るほどみんな観ているのに、「どういう映画なの?」と聞かれると「洪水に襲われて……洪水に襲われるんです……」と全てを濁して会話を打ち切りたくなるような、困った作品なのだ。

 かといって面白くないかと言われればそんなことはなく、じゃあなぜ面白いのかと説明すれば全てが台無しになってしまう。災害映画なのに『シックス・センス』みたいな取り扱いをしなければならない映画は、あまり類を見ない。皆さんのお近くにも「予告編でネタバレを食らう前にプロジェクト・ヘイル・メアリーの原作を読んで!」という善意の方々がいらっしゃることと存じますが、本作『大洪水』もそういう類のタイトルなのだ。

 とはいえ娯楽過多でコスパが重視される現代において、投げっぱなしのレコメンドでは貴重な2時間を投資する材料にはならないだろう。というわけで今回は、色々と遠回りして核心に触れないようにしながら、本作『大洪水』の話をしていきたい。

 監督は、日本でも『ショウタイムセブン』のタイトルでリメイクされた『テロ、ライブ』のキム・ビョンウ。子どもを必死に守る主人公の母親役に『THE WITCH 魔女』『梨泰院クラス』のキム・ダミ、彼女を守るべく現れた謎の男に『イカゲーム』のパク・ヘスと豪華だが、本作においてはそんな大スターも常時びしょ濡れで、大変な撮影であったことは想像に難くない。

 平和な日常を謳歌していたアンナとジャインの親子。しかしその日常は、突如やってきた大洪水によって理不尽に奪われていく。大洪水によりマンションの1階と2階はすでに冠水しきっていて、二人が住む3階も飲み込まれるのは時間の問題。ところが、集合住宅ゆえに大勢の家族が上の階へ登ろうとして、エレベーターや階段はパニック状態に。恐怖に怯え自分から離れたがらない息子を背負いながら、アンナは非常階段で上へ上へと登っていく。

 本作はその題名の通り、ディザスター・ムービーの醍醐味に満ちた作品となっている。まるで生き物であるかのように蠢き全てを飲み込んでいく水の表現は恐ろしく、螺旋階段を登るようにして迫ってくる洪水パニックはさぞ大スクリーンで映えただろうと思えるほどの迫力に。そうした世界の黙示録的光景に対し、宗教に救いを求める者が現れ、エレベーターに閉じ込められる人、このタイミングで産気づく妊婦と遭遇する展開など、ジャンルのお約束がそれこそ洪水のように主人公に襲いかかる。

 だが、それらはあくまで「あるある」の集積でしかなく、過去のディザスター・ムービーの焼きまわしに過ぎない。また、アンナを救うために水没寸前のマンションにやって来た男ヒジョは善意の人とは言い難く、この大洪水、ひいては人類の滅亡の危機をあえて秘匿していた「組織」がバックにいるらしく、怪しい人物だ。そもそも、「組織」が人を遣わしてまでアンナを救出させるだけの理由とは何なのか?

 不穏な展開と不可解な台詞が観る者の脳に「?」を芽吹かせ、その疑念を大洪水のスペクタクル映像が洗い流していく。観る分には楽しいが、モヤモヤがずっと頭の片隅に残る本作。そのヴェールが剥がされる瞬間にこそ、観た人全員が勿体ぶった言い方をする理由が隠されているのだ。

 言うまでもなく本作は災害映画である以上、主人公のアンナが息子のジャインと共に絶望的な状況を生き延びて、観客に安心を届けることがゴールである。まだか弱く、自分の庇護なくしては生きられない息子を死なせないよう、力を振り絞って難局に立ち向かう。その様子をもって、母が子を想う気持ち、親子の絆をテーマとして観る者に感動を与えることは可能だ。しかしそれは、災害映画に紐づく手垢のついたテーマでしかなく、遊園地のアトラクションに乗って一過性の興奮を得るのと何ら変わりないだろう。

 ところが本作は、そうした親子の必死のサバイバルにジャンルの壁を超えた別のテーマ、とある壮大な「実験」を重ねることで独自性を打ち出している。何も知らずに観ていたら思わず一時停止したくなるような中盤のタネ明かし、良くも悪くも「裏切られた!」と感じずにはいられない驚きの展開などは、未曾有の大災害を扱った映画だったはずの本作が私たちの日常に強引に接続し、思いもよらなかった景色がいつの間にか広がっている。

 その一発ネタが強烈すぎるが故に、観た者は口を濁し、あるいは無遠慮に本作の構造を打ち明けたツイートがまだ観ていない人に「?」を植え付ける。ネタバレありきでしか語れない、だからこそディザスター・ムービーに新機軸をもたらした『大洪水』は、その実直な邦題とは裏腹に大胆な実験作として、大勢の人を困らせているのだ。

 そんな本作の中盤で立ち上がってくるテーマを振り返ると、映像面のスペクタクルを保持しながらも映画館で鑑賞するものとしてではなく、PCやスマートフォンでの鑑賞、しかも『ブラック・ミラー』が配信されているNetflixを介して視聴する、という枠組みともマッチした試みなのだな、と思った次第である。

 と、ネタバレを避けて本作を語るのも、ここまでが限界。後はご自身の目で確かめて、繰り出される情報の波に、一緒に困惑してほしい。

映画『大洪水』はNetflixにて独占配信中

https://www.netflix.com/jp/title/81579978

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