それは偶然か、それとも神のお告げか?韓国映画『啓示』が見抜く、人間の弱さとおぞましさ

ツナ缶食べたい

 マ・ドンソクが好きだ。「頼りがい」を絵に書いたような太い腕と大きな身体、それと相反するようにキュートな笑顔を見せ、ついたあだ名は「マブリー」ときた。強面の刑事から裏社会の男、またある時は体育教師や人情派のオカンまで、幅広い役を演じきり、そのどれにも愛嬌を感じずにはいられない、おおらかで優しいくまさんのような人。それが私にとってのマ・ドンソクだ。

 そんなマブリーのことを知ったのは、日本では2017年公開の『新感染 ファイナル・エクスプレス』においてであり、その映画の監督こそ、今回ご紹介したい『啓示』でもメガホンを取ったヨン・サンホである。『新感染』は列車を舞台としたゾンビ・パニック映画という構造なのだが、その根底にはセウォル号転覆事故の痛ましい記憶や、釜山が終着駅であることに歴史的な意義が織り込まれていることを有識者が語っていた。また、ドラマシリーズ『地獄が呼んでいる』では、神の使いだという「黒い巨人」による大殺戮を背景に、誰もがフェイクニュースの拡散や私刑の加害者になり得る可能性を暴き、実に気まずい思いをさせてくれた。

 直近ではあの名作漫画の韓国版リメイク『寄生獣 -ザ・グレイ-』を手掛け、次回作はなんと東宝特撮の怪作『ガス人間』のリメイクの脚本を担当すると報じられているヨン・サンホ。そんな彼の作風をまとめるのなら、ゾンビや巨人といったギミックをメタファーとして、人間社会の歪さや人間そのものの愚かさなど、後ろめたいものを浮き彫りにする名手、と言えるのかもしれない。では、そうしたSFやホラー的なギミックを取り除いたらどうなるかと言うと、『啓示』が出来上がるのである。

 信徒を増やすべく街の小さな教会で真面目に務めるソン・ミンチャン牧師(演:リュ・ジュンヨル)の悩みは、近くに建設中の新しい教会と、妻の浮気の事実だった。彼はある日、教会を訪れたクォン・ヤンレ(演:シン・ミンジェ)という男に性犯罪の前歴があることに気づき、その日の夜に娘が行方不明になったことを妻から知らされ、疑心暗鬼にかられたミンチャンはクォンを追跡することに。

 誰もいない山中で対面した二人は揉み合いとなり、クォンは崖から転がり落ちる。その時入った妻からの連絡によれば、ミンチャンの娘は友達の家に行っており、クォンは犯人ではなかった。冤罪で相手を負傷させた罪悪感に囚われるミンチャンだが、彼は遠くの岩肌にイエス・キリストの影を見る。娘の件こそ勘違いだったが、この男が性犯罪者であることには変わりがない。つまりこれは、神からの「啓示」なのではないか。そう考えたミンチャンはクォンを崖から投げ捨て、その日以来彼は幾度となく啓示を受けることとなる。

 時を同じくして、クォンを追いかける者がいた。女性刑事のイ・ヨニ(演:シン・ヒョンビン)は、妹がクォンの卑劣な犯罪をきっかけに自ら命を絶った過去に苛まれている。そんな折、教会に通っていた少女の失踪事件が発生し、クォンも容疑者として候補に上がるものの、そのクォンも行方不明となり、ヨニ刑事はミンチャンへ疑惑の目を向けていく。

 本作『啓示』は冒頭から、おぞましい雰囲気に包まれている。大雨の中一人で歩く少女は、後ろからつきまとう男の存在に怯えながら教会に入るのだが、誰に対しても平等に開かれた教会にその男が入ってくることで、少女は自分の安全圏がないことに恐怖を抱き、やがてその恐怖は現実のものとなる。また、イ・ヨニ刑事は日頃から妹の怨霊のようなものが見えており、それが自分の罪を責め立ててくるため、薬でその幻覚を押し殺している。物語の後半で明らかになるのだが、クォン・ヤンレもまた凄惨な出自によるトラウマを経験し、自分の中にいる「怪物」を恐れていることを自白する。

 中でも強烈なのは、ミンチャン牧師が目撃する「啓示」の数々だ。最初に見た岩肌に浮かぶイエス・キリストの顔は、後のシーンになって他の人物が同じ場所を訪れた際、そんなものは見る影もないことが描写される。つまり、これらはすべてミンチャン牧師にしか認識できない、彼の妄想に過ぎないものでしかない。ところが、ミンチャンはその後も自分の罪が露呈しそうになる度に、様々な偶然が起こって捜査の目をかい潜り、彼はその都度神からの「啓示」を受けたのだと意識を深めていく。罪人を裁くのが自分の使命であり、神の御心であると、ミンチャンの行動は歯止めが効かなくなっていくのだ。

 ままならない現実にフラストレーションを溜め込むミンチャンと、過去のトラウマに苦しめられるヨニとクォン。彼ら三人は、自分にしか見えないビジョンを目撃しているという点で、共通の弱さを抱えている。ミンチャンは内に秘めた加害衝動を神の教えという後ろ盾を得て行使し、ヨニは復讐という大義名分を妹の幻影に語らせることで正義と葛藤していることが描かれる。そんな中、クォンの言う「怪物」とは、幼い頃の自分を守るために生み出したもう一つの人格なのでは、と思わせる余地があり、犯した罪は許されないものの同情すべき過去が浮かび上がる構図が、やりきれなさを抱かせる。

 ところで、人間とは大なり小なり、起こった出来事や偶然が重なることに「意味」を見出してしまうものではないだろうか。例えば先日、私は仕事がどうしても手につかず、とくに用事もないのにオフィスを離れ会社の売店に立ち寄ったところ、商品の発注ミスに気づき、水際でその修正をすることが出来た。あの日のことを思い出すと、ふと何気なく仕事を中断して事務所を離れたことは、神のお告げだったんじゃないかと本気で思っている。そんな思い込みが極に達したのが本作のミンチャンだとしたら、私もいつか“そちら”に行ってしまうのかもしれない。

 本作が鋭いのは、序盤でミンチャン牧師の人となりを描いているからこそ、「啓示」によって人生を狂わせていく後半の展開も他人事ではないと思わせる作劇にある。仕事熱心ではあるものの、押しが弱く自己主張が苦手で、妻の浮気を知っても動揺するだけで追求する度胸もない。元より、他者に教えを説く牧師という仕事柄、温和で正しい人間であろうと自分を律しているのだろう。そんな彼が、日々のプレッシャーに押しつぶされ、愛娘を失うのでは、という極大のストレスに襲われた時に「啓示」が降りてくる。彼は神から命じられた使命に殉じる自分という妄想を作り上げ、その罪の責任の所在を託しているのだ。その弱さを、自分が1ミリも持っていないなどと、自信を持って言えるだろうか。

 そうした「弱さ」から生じた歪みが駆動させる本作のドラマは、ミンチャンとヨニとクォン、それぞれ全く異なる結末が用意されている。その内容はここでは言及しないものの、誤った認知を正せず、見えないものを見続けることになった者とそうでない者を分ける分水嶺として描かれたものに、本作のメッセージが隠されているように思える。自分を守るために作り上げた虚の攻撃性に囚われず、それと向き合って乗り越えることに価値があり、それが自分だけでなく他者にも救済を施すことに繋がる。自分の弱さや身勝手さこそが、正しさを貫く上では最も強大な敵なのだ。

 ヨン・サンホの最新作は、人間誰しもが持つ弱さと、そこから生じる責任から逃れたいという浅ましい本心を浮き彫りにする、とても胃が痛いスリラーに仕上がっている。そしてまた、「信仰」がその隠れ蓑になることもあるという、特大の皮肉も添えられている。このことから何を学ぶかは人それぞれだが、人の道を踏み外してしまわないためにも、自分に厳しく他人に優しく、という標語(?)は案外核心をついていたのかもしれない。そうした人間が増えれば、神様もお喜びになられるだろう。

『啓示』はNetflixにて独占配信中。

https://www.netflix.com/title/81747556

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