ミイケからクロサワへのラブレター、ミフネを添えて。ネトフリアニメ『鬼武者』のリスペクトの矛先。

ツナ缶食べたい

 このところ、『鬼武者』が元気になってきている。久しく新作が拝めないまま、パチンコやパチスロの新台だけが定期的に出続ける「終わった」名作ゲームの一つだったはずが、今年5月には『鬼武者2』のリマスター版が発売、アミューズメント施設向けのVRゲーム『鬼武者VR Shadow Team』が順次稼働。さらには家庭用ゲームとしての完全新作『鬼武者 Way of the Sword』が2026年にリリース予定となっている。

 しかもこの最新作『Way of the Sword』の主人公は剣豪・宮本武蔵で、そのフェイスモデルは日本を代表する名優・三船敏郎を採用しているとのこと。この発表を受けて、「あれ?鬼武者でミフネって前にあったような……」となった方はかなりの情報通。そう、世界も認めるサムライスターの魂を受け継いだ『鬼武者』は実はこれで二度目であり、初めてのコラボレーションとなる作品としてその名もズバリ『鬼武者』なるタイトルが存在するのである。……ゲームではなく、アニメという形で。

 本題に入る前に、ゲーム『鬼武者』の紹介を手短に。『バイオハザード』でおなじみカプコンから発売されたこのゲームは、幻魔と呼ばれる怪物と闘う戦国サバイバルアクションと銘打たれていて、その特徴は主人公のモデルに実在の俳優を起用したこと。一作目には金城武、二作目には松田優作と名優が揃い、三作目にはなんとジャン・レノをキャスティングしたことで、当時度肝を抜かれたゲーマー諸氏も多かったのではないだろうか。

 そんな伝統を持つ作品ゆえに、ゲームとアニメとで媒体が違えど、『鬼武者』新作の主人公への三船敏郎の起用には、いよいよという感慨も深い。その上さらに、リメイク版『十三人の刺客』や実写版『無限の住人』を手掛け海外にもファンが多い三池崇史を総監督に据え、キャラクターデザインには“世界一巧い”天才イラストレーターとして名高い(惜しくも2022年に亡くなられた)キム・ジョンギを揃えるなど、Netflixによる全世界独占配信アニメとしてかなり強力な布陣で挑む、シリーズ初のアニメ版。

 その強気な姿勢が選んだのは、原作ゲームの再現を突き詰めるのではなく、それこそ三船敏郎が出演した名作映画の数々のエッセンスをアニメーションに落とし込む方向性なのではないかと察する。紅葉した落ち葉が彩る川岸の風情、遠くに見える山々の雄大さに晴天の青空などは美しく、寺に坊主に侍と、海外がイメージする“ニッポン”の記号が散りばめられた美術やキャラクターデザインはさぞスクリーン映えしたであろうと思わせるクオリティ。

 その世界観を背負って立つのが、千両役者である我らが三船敏郎……を再現したCGモデルである。その風貌は『椿三十郎』を彷彿とさせ、その表情の作りこみは三船プロも太鼓判を押したという。どこか気だるげな表情やニカッと笑う仕草は素人目にもかなり似ていると感じたし、子どもを笑わせるために変顔を晒すシーンをわざわざ再現するあたりに、黒澤映画への多大なるリスペクトを感じさせてくれる。アニメでありながらその佇まいや無骨な存在感は物語をけん引する「スター」の役割を十二分に果たし、優しさと無双の強さを両立するヒーローとしての説得力を“世界のミフネ”のイメージで補強する作りは、この勝算あってのアニメ化が実現したであろうと想像させるパワーに満ちている。

 令和に蘇ったミフネに命を吹き込むボイスキャストは、ご存じ大塚明夫。大人の男性の渋みを表現するのなら真っ先にキャスティングの候補に上がるであろう氏の声色は、老いと色気が同居した今回の宮本武蔵(を演じている三船敏郎、というレイヤー)にぴったり合致する。脇を固めるのは大塚芳忠、興津和幸、木村昴と実に豪華で、とくに宮本武蔵の物語といえば外すことのできない「佐々木小次郎」役に関俊彦をキャスティングしているため、土井先生への初恋が近頃再燃した婦女子の皆々様にもオススメである。

 そんなアニメ版『鬼武者』が描くのは、「老い」を見つめた物語だ。とある農村で起きた農民同士の諍いを鎮めるために藩から派遣された「伊右衛門」なる腕利きの武士が、逆に農民たちを配下に従え謀反を企てる予兆があるのだという。藩はこれを鎮めるため、宮本武蔵にこの鎮圧を依頼する、という出だしから始まる本作。

 本作の宮本武蔵はすでに剣豪としての武勲を過去に打ち立てた後の、中年に差し掛かった頃の姿が描かれている。天下無双の強さを誇った武蔵も、今は(どこのものかも明かされない)藩の小間使いのような仕事をしていて、忠義や武士としての使命が今回の動機にないことは観ている内に察せられる。ただ強さを求めた鬼神が、今や足場の悪い場所や山々では情けない姿を晒し、立て続けの戦闘に疲弊する「おじいちゃん」になってしまっている。

 そんな折に、こちらに襲い掛かってくる「幻魔」と渡り合うために「鬼」の力を借りて闘う武蔵には、逆に鬼に取り込まれてしまうという危険が常に付きまとう。かつての強敵達が幻魔の力で冥府から蘇り、人ならざる力を振るう以上、こちらも人のままでは太刀打ちできない。ただ純粋に強くなることを求めて研鑽を重ねてきた武蔵が、人間を捨てなければ勝てないという局面に追いやられた時、どうすべきなのか。

 その迷いから生じるドラマを通じて「侍とは何か」「人と鬼の違いとは何か」という問いにたどり着く本作は、鬼の力を借りて幻魔を打ち倒すという原作ゲームの設定からより一歩、哲学に踏み込む形で『鬼武者』を表現している。強さとは何のために高め、誰のために振るうのか。復讐にのみ固執する幻魔と人間・宮本武蔵の在り方を見比べることで、命の使い道というテーマが鮮明になっていく。本作に息づくのはかの名作『七人の侍』の精神性にして、その美学の継承にこそ真の狙いがあったのではと、エンドロールに刻まれた三池氏の名前を見た時にそう問うてみたくなるのであった。

 鬼の篭手に魂を吸収するだとか、鬼武者のビジュアルといった原作ゲームを再現する要素の薄さはファンであれば物足りなく感じるのも事実であり、故人を再現したキャラクターそれ自体に対する倫理的な是非や個人的な好き嫌いなど、出来上がった作品の内外で多様な切り口から評価されうる本作。決して完璧な傑作とは言えないものの、三船敏郎のパブリックイメージをアニメの世界で再構築し、その上で表現したかった過去の名作への多大なるリスペクトは、ゲームを原作としたアニメという出発点との歪さも込みで、嫌いになれないでいる。

 世界に発信される作品として、今なお根強い人気を得ている“ミフネ”と“クロサワ”のDNAを刻み込んだ本作の意欲は日本人として応援したくなるし、同じく三船敏郎×宮本武蔵×鬼武者な最新作『Way of the Sword』の発売のタイミングで、本作も再び注目されるだろうと睨んでいる。『鬼武者』復活の狼煙の一つとして一番槍を務めた本作の真価は、2026年にこそ固まるのかもしれない。という未来への無責任なパスを投げておいて、本作の紹介を結ぼうと思う。

アニメ『鬼武者』はNetflixにて独占配信中。

https://www.netflix.com/title/81153116

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