あの世界的にも有名な村上春樹さんの作品が、昨年2022年に海外でまさかのアニメーション映画化を果たしていたのをご存知でしょうか。その名も『めくらやなぎと眠る女(Blind Willow,Sleeping Woman)』です。
本作は複数の村上春樹が手がけた短編を一本の長編映画にまとめた内容となっているのですが、実はその短編の一つとして「かえるくん、東京を救う」が収録されているのが注目のポイント。この「かえるくん、東京を救う」は曰く付きの作品でありTVアニメ『輪るピングドラム』や『すずめの戸締まり』といった作品とも深い縁のある作品なのですが、どんな繋がりがあるのでしょうか。
第1回新潟国際アニメーション映画祭長編コンペグランプリ作品は?
映画『めくらやなぎと眠る女』が日本上陸を果たしたのは、今年2023年に初めての開催を迎えた新潟国際アニメーション映画祭でした。様々なプログラムが催される中、特に貴重な上映企画となったのが長編作品を対象としたコンペティション。まだ日本でも未公開の作品を含む世界各地のアニメーション映画10作品が選出され、『めくらやなぎと眠る女』もその中の一つとして選ばれ上映を果たしました。
このコンペティションでは、すでに日本上映が発表されているような、すでに海外の映画賞で高い評価を獲得している映画『プチ・ニコラ パリがくれた幸せ』や『愛しのクノール』、『ユニコーン・ウォーズ』といった競合が揃っていたのですが、『めくらやなぎと眠る女』は見事その中でグランプリを受賞。押井守監督をはじめとした審査員からの高い評価を獲得しました。
映画『めくらやなぎと眠る女』とは?
映画『めくらやなぎと眠る女』はどんな映画なのでしょうか。
本作では村上春樹さんがこれまで発表してきた短編の中から複数作品を抜粋し、一本の映画にまとめた内容となっています。タイトルが「めくらやなぎと眠る女」なので同名の短編集に限定しているかといえばそうではなく「象の消滅」「神の子どもたちはみな踊る」といった複数の短編集からも選出されており、中でも映画の冒頭が“地震”から始まる点を踏まえると2000年に出版された「神の子どもたちはみな踊る」の色が濃い作品と言っても良いかもしれません。
本作の監督を務めたのは、ハンガリー人の父とイギリス人の母を持つピエール・フォルデ監督。アニメーション監督という顔の他に、画家であり、作曲家でもあるという多彩な方なのですが、長編アニメーションの監督を務めたのは実は今回が初めて。一本目の挑戦作から見事な結果を残しました。
本作の制作国としてはフランス、カナダ、オランダ、ルクセンブルクと海外がクレジットされているのですが、そこに日本はありません。つまり、海外制作の作品なのですが登場人物はしっかり日本人の設定のまま。かなり原作を尊重して描いてくれていました。
注目は「かえるくん、東京を救う」の映像化
映画『めくらやなぎと眠る女』では「バースデー・ガール」や「UFOが釧路に降りる」など不思議なのだけど妙な現実味のあるエピソードが映像化されているのですが、その中で異彩を放つ選出作品が「かえるくん、東京を救う」でしょう。
「かえるくん、東京を救う」は「神の子どもたちはみな踊る」に収録された1999年に発表された短編の一つです。物語の主人公は、東京の信用金庫の融資管理課に所属する男・片桐(かたぎり)。ある日、片桐が自分のアパートに帰ると巨大な蛙(かえる)が待っており、まもなくやってくる大地震を止める手伝いをして欲しいと頼まれるという内容です。
文章だけだと「巨大なかえるが自分の家で待っている」というシチュエーションがすでに珍妙なわけですが、今回はそれがアニメーションになることで文面では想像で補っていく必要があった部分を画(え)でより直感的に楽しむことができます。原作でも生々しく描かれた“かえるくん”の顛末もしっかり描かれており、人によっては原作を読むよりも感情移入しやすくなっているかもしれません。
しかもこの「かえるくん、東京を救う」は様々なアニメーション作品に引用されていることでも知られている作品です。奇しくもその原作までもがアニメーション化を果たしたのは、不思議な縁にも感じられます。
『輪るピングドラム』とのつながりとは?
具体的にどんなアニメーションで引用されているかといえば、「かえるくん、東京を救う」のタイトルでまずピンと来る人も多いであろう作品が2011年放送のTVアニメ『輪るピングドラム』です。
『輪るピングドラム』は病気の妹・陽毬の命を救うべく、双子の兄弟である冠葉と晶馬が得体の知れない“ピングドラム”を探すことになるという物語。登場人物たちは超常的な体験や存在に触れていく事になり、ある真実が明かされていくことになります。
そんな物語の過程である第9話「氷の世界」に「かえるくん、東京を救う」の名前が登場します。図書館にやってきた陽毬が、以前見た覚えのある本として「かえるくん、東京を救う」を探すというシーンが登場します。そして陽毬は図書館の奥にある“そらの孔分室”に迷い込みます。この部屋には無数の「カエルくん○○を救う」の本で溢れており、そこで陽毬は「かえるくん、東京を救う」とは別のある本を発見することになります。
なぜ「かえるくん、東京を救う」が『輪るピングドラム』に意味深に登場しているかといえば、両作品とも1995年に密接な関係があることにあります。「かえるくん、東京を救う」はもともと“地震のあとで”という副題とともに発表されたシリーズの一作で、1995年に起きた阪神・淡路大震災の直後の出来事として描かれています。一方の『輪るピングドラム』も主人公たち冠葉や晶馬が1995年に起きた事件をきっかけに転機を迎えていたことが明らかになります。
当時の時代感などを踏まえて描かれた「かえるくん、東京を救う」を引用することで、『輪るピングドラム』は“今”の私たちが日本の転機とも言える1995年をどう振り返るのかという視点も持った作品だったのです。
ちなみに『輪るピングドラム』は、2022年に再構成と追加シーンが設けられた前後篇の映画『RE:cycle of the PENGUINDRUM』が制作されています。本作の追加シーンにも再び“そらの孔分室”が登場し、無数のカエルくんの本が登場。改めて2020年代に突入した“今”から1995年を振り返り、新たなエンディングを迎えたばかりです。
巨大なミミズと戦う『すずめの戸締まり』とのつながり
そしてもう一本、同じく2022年に劇場公開を果たしている『すずめの戸締まり』との繋がりも忘れてはいけません。
『すずめの戸締まり』は主人公の高校生の少女・鈴芽が災いをもたらす扉を閉めてまわっている“閉じ師”の青年・草太と出会ったことをきっかけに、日本各地の扉の向こうから現れて地震を発生させようとする巨大なミミズを食い止める役目を担うという物語です。
実は「かえるくん、東京を救う」は本作を手がけた新海誠監督がインスピレーションを受けた作品としてはっきりと明言している作品です。それもそのはず、「かえるくん、東京を救う」で大地震を引き起こす原因として登場するのが“みみずくん”です。蛙は東京の地下に潜む巨大なミミズと闘うことでまもなく起こる地震を喰い止めようとします。巨大ミミズと闘って地震を防ぐという構図はまさに『すずめの戸締まり』です。
しかもただキャラクターのモチーフとしてだけでなく、ミミズの設定にも近いものがあります。「かえるくん、東京を救う」に登場するミミズが地震を引き起こす理由は、長い間に吸引蓄積された様々な憎しみで大きく膨れ上がったせいだと説明されており、人間の思いが扉に作用していく『すずめの戸締まり』と設定の部分でも近しいものとなっています。
いたずらに地震を敵として描いているのではなく、生きている上で折り合いをつけていかなければいけない存在として「負の感情」の象徴にもなっていると言えます。
『めくらやなぎと眠る女』の日本公開はされない?
こうして多くの近年の話題作にも通じる要素を持っている「かえるくん東京を救う」の映像化作品という点でも、映画『めくらやなぎと眠る女』は要注目映画なのですが、残念ながら2023年4月時点ではまだ全国公開は発表されていません。
ただ、新潟国際アニメーション映画祭に訪れたプロデューサー陣は日本でも配給会社をつけることができないかと色々と相談している最中であることを登壇の際に明らかにしていました。近い将来『めくらやなぎと眠る女』のさらなる日本上映のニュースが報じられる日が来るかもしれません。果たしてアニメーションになったかえるくんは新潟だけでなく、東京やそのほかの地域にも来れるのか?吉報を期待して今のうちに「かえるくん、東京を救う」を読んで来るべき日に備えましょう。
『めくらやなぎと眠る女』の上映が行われた新潟国際アニメーション映画祭の作品s紹介ページ↓
https://niigata-iaff.net/programs/blind-willow-sleeping-woman/
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