『君たちはどう生きるか』に顕著な影響が見られる『王と鳥』そして幻の『やぶにらみの暴君』とはどんな映画なのか?

ネジムラ89

 いろんな思いや考えが湧きあふれてくる。『君たちはどう生きるか』はそんな体験でした。2023年7月より上映をスタートしたスタジオジブリ最新作にして宮崎駿監督の最新作『君たちはどう生きるか』は、公開前に予告映像やスクリーンショット、キャストやあらすじに至るまで発表しなかったこともあり、いつもなら分かる根本的な“どんな映画なのか”といった部分から見えなかったため、まっさらな状態で物語を楽しめるような体験となりました。

 そんな中で見る『君たちはどう生きるか』には、いろんなシーンであのジブリ映画を思い出す……とかあの映画のシーンを思い出す……という瞬間があったわけですが、そんな中でこの映画のことを思い出させるのか!と驚かされた映画が『王と鳥』です

 公開前に『君たちはどう生きるか』が唯一と言っていいほど、公にしていた鳥のようなビジュアルがありましたが、実際に映画のビジュアルに据えるほど、この映画では“鳥”が重要なポイントとなる映画になっていました。

『王と鳥』とはどんな映画なのか

『王と鳥』は1980年に公開されたフランスのアニメーション映画です。監督を務めたのはフランスのポール・グリモー氏です。

フランスのアニメーション映画と聞くと、人によっては高尚で気難しい作品じゃないかと身構えてしまう人もいるかもしれませんが、『王と鳥』はとってもポップで子供から大人まで親しみやすいエンターテイメント作品です。

物語の舞台は砂漠に不気味にそびえ建つ城が特徴のタキカルディ王国。そのお城の最上階に飾られた絵画の中から煙突掃除の青年と羊飼いの娘が抜け出し、そしてそんな二人の仲を割こうと肖像画から抜け出した偽物の王様が、本当の王様や国の住人たちを巻き込んで国をめちゃくちゃにしていくという痛快な作品となっています。
王国や王様の様子が現実の社会構造を風刺していたりとコミカルな表現の中にも一筋縄ではいかない、毒のようなものがたくさん仕込まれており、そのバランス感が本作に深みを与えてくれています。

そんな『王と鳥』で物語を案内してくれたり、煙突掃除の青年や羊飼いの娘を手助けしてくれる役割を担う登場キャラクターがタイトルにもなっている“鳥”です。シルクハットを被り、饒舌に人の言葉を話す大型の鳥が物語が良いアクセントとなっています。物語の主役ではないながらも、物語における重要な立ち位置にこの鳥が居る…..という点は、まさに『君たちはどう生きるか』のビジュアルに据えられているあの“鳥”の役割とも重なり、オマージュだったりするのかも、という予感をさせます

スタジオジブリが配給した『王と鳥』

つい『王と鳥』のことを思い出させられるのにも理由があり、実はこの映画がもともとスタジオジブリや宮崎駿監督とも以前から関係のある映画だったことにも起因します。

というのも本作が日本で広く上映を果たすことになった2006年。本作の配給を行なったクロックワークスとともに、提供企業に名を連ねているのがスタジオジブリであり、日本語字幕の翻訳を行なったのは他でもない『かぐや姫の物語』の高畑勲監督でした。

のちにリリースされたデジタルリマスター版のDVDも“世界の優れたアニメーションをお届けする”というフレーズで多くの映画をラインナップした「三鷹の森ジブリ美術館ライブラリー」から発売となり、2023年現在も観ることができる当時の日本人向けの公式サイトでは、高畑勲監督だけでなく、宮崎駿監督の本作に対する思いが語られています。

『太陽の王子ホルスの大冒険』や『ルパン三世 カリオストロの城』といった具体的な作品タイトルをあげ、制作時に本作を意識していたことが赤裸々に語られています。

実際、『ルパン三世 カリオストロの城』は言われなくても分かると言って良いほど、『王と鳥』の作中に登場するスイッチ式で床が抜けるタイルの仕掛けが分かりやすい形で引用されていたりと、その影響を感じさせます。

『君たちはどう生きるか』の鳥のルックスや立ち回りが『王と鳥』に重なるのも、それと近しい体験かもしれません。

紛らわしい『やぶにらみの暴君』という存在

一点、紛らわしいのが上記で紹介したインタビューでも、宮崎駿監督が名前を挙げているタイトルが『王と鳥』ではなく、『やぶにらみの暴君』というまったく別のタイトルとなっている点です。

実はこの『王と鳥』という映画には、2バージョンが存在し、古い方を『やぶにらみの暴君』、新しい方が『王と鳥』と分けられています

当時プロデューサーのアンドレ・サリュによって、監督のポール・グリモーの意向に沿わない状態で編集され公開された『やぶにらみの暴君』は、監督自身によって封印されてしまい、ポール・グリモーのディレクターズ・カット版として後に公開されたのが、日本でも公開され、ディスクリリースも果たしている『王と鳥』となっています。『やぶにらみの暴君』の公開は『王と鳥』の公開からさらに遡ること約30年。1953年に公開され、日本でも劇場公開を果たしていました。

残念ながら現在、前のバージョンである『やぶにらみの暴君』はソフト化されておらず、オフィシャルな場で観ることはできない状態となっています。

『王と鳥』と『やぶにらみの暴君』の違いとは?

皮肉なことに、この『やぶにらみの暴君』と『王と鳥』の2バージョンを比較すると、実は『やぶにらみの暴君』の方が人気が高いのが少し、ポール・グリモー監督がかわいそうなところです。
2010年に刊行された「オールタイム・ベスト 映画遺産 アニメーション編」では、映画評論家や監督といった70人近い方々からアンケートから集計したランキングにおいて、外国映画部門のランキング第4位に『王と鳥』ではなく『やぶにらみの暴君』がランクインしています。『トイ・ストーリー』や『カールじいさんの空飛ぶ家』、『アイアンジャイアント』といったタイトルをおさえ本作が4位に君臨しているのも驚きですが、あえて改訂前である『やぶにらみの暴君』の方の名前があがるのが意味深です。この2つのバージョンにはそんなに違いがあるのでしょうか。

この2バージョンには、使用されている音楽などいくつかの違いがあるのですが中でも大きな違いがラストシーンにあります。

『やぶにらみの暴君』では、主人公の煙突掃除の少年を含む国の住人たちが一堂に集い事件の決着を喜ぶ、ある種王道の大団円となっているのですが、『王と鳥』ではこの結末を変更しています。

『王と鳥』では、クライマックスで王様の操縦により大暴れをした巨大なロボットが鳥かごを破壊し中の鳥を逃すという、比較的メッセージ性がより強く感じられるラストシーンとなっています。

大筋こそ変わらないものの、映画の後味はまったく別物と言っていい違いが生まれており、その差がこの2つのバージョンの評価に少なからず影響を与えているのは確かでしょう。

今は観られないことの寂しさ

今となっては惜しいのが、現代ではこの2作を気軽に比較できないことにあります。

“『やぶにらみの暴君』がこれだけ人気が高く、評価が高いのは、公開当時の思い入れが強いからじゃないの?”とも想像できますが、その答えを求めて作品を参照できないのも残念ですし、今でこそ『やぶにらみの暴君』の方が評価が高くても、逆に後世で評価が残っていくのは、参照しやすい『王と鳥』の方でしょう。元の映画を観られないということが、今後の『王と鳥』と評価を変えていくかもしれません。

とはいえ、これも現代ならではなのがオンライン上に違法アップロードという形で『やぶにらみの暴君』という作品の存在が確かめられるようにアップロードする人々が存在するのも事実だったりします。そこには営利的な目的以外の意図があるかもしれないと思わせられてしまうのは、この作品の境遇ゆえでしょうか。

何にしても、今となっては観ることができなくなってしまう映画が存在することも一つの学び。とりあえず、今この瞬間に映画館で上映されている映画を大切にしていきたいものです。

まずは『君たちはどう生きるか』。本作がどう『王と鳥』と近いのか。ぜひ、予習・復習の参考にしてみて下さい。

王と鳥ジブリ公式サイト:https://www.ghibli-museum.jp/outotori/

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