傑作『ニモーナ』の誕生から振り返る、『アイスエイジ』『ILOVEスヌーピー』を生んだブルースカイの功績とは?

ネジムラ89

 今年ベスト級と言っても過言ではないほどの体験を、Netflixがまたしても味わわせてくれました。2023年6月30日よりNetflixでアニメーション映画『ニモーナ(原題:Nimona)』が配信をスタートしました。有名なシリーズ作でもなければ、著名なアニメーション制作スタジオの作品でもないのですが、これがまた見事な出来栄えの作品となっています。それもそのはず、実はこの作品、紆余曲折を経てやっと今回お披露目されたかなりの時間をかけて生まれた映画でした。

アンチヒーロー?アニメーション映画『ニモーナ』

『ニモーナ』の舞台は、中世の雰囲気を残した未来世界のとある王国。1000年前、騎士グロレスがモンスターから国を守って以来、国はグロレス率いる騎士団に統治され、代々その子孫たちが国を守っていました。そんな国も時が流れて、ついにストリートから成り上がった男・バリスターが騎士に任命されようとしていました。しかし、肝心の叙爵の式典で大勢が見守る中、バリスターの剣から突如レーザーが発射。これが命中した女王は死んでしまい、一夜にしてバリスターは犯罪者へと陥れられてしまいます

そこへ現れたのが、モンスターのニモーナ。ニモーナは“悪”の相棒としてバリスターを見出し、投獄されたバリスターを連れ出します。悪行を率先して実行しようとするニモーナと、無実を証明したいバリスターの二人は、真の犯人を探すべく協力していくことになるのですが、次第にニモーナの過去や国の真実が明らかになっていきます。

バディ物でもあり、アンチヒーロー作品でもあったり、アクション作品でもある。そしてどこか現代の風刺とも受け取れる部分もあったりと、様々な角度から楽しめる長編作品となっています

かつてはブルースカイスタジオ作品だった『ニモーナ』

この『ニモーナ』、誕生までがまた紆余曲折のある作品でした。
『ニモーナ』はアンナプルナ・ピクチャーズとDNEGアニメーションの制作作品となっていますが、この作品の制作について語るうえで忘れてはいけないアニメーション制作スタジオがあります。それがブルースカイ・スタジオです。実はこの『ニモーナ』は当初、ブルースカイ・スタジオのもとで制作されていた作品でした。

ブルースカイ・スタジオといえば『アイス・エイジ』シリーズやなどの3Dアニメーション映画を多く送り出してきた制作スタジオ。かつては、ディズニーやドリーム・ワークス・アニメーション、イルミネーション・エンターテインメントといったアメリカの大手制作会社と並んで、世界規模で活躍したスタジオです。そんなブルースカイ・スタジオの2022年公開予定作品として、かつて報道されていたのがこの『ニモーナ』でした。
しかし、そんなブルースカイが当時は20世紀FOX傘下の会社だったことに伴い、2019年のディズニーによる21世紀FOXの買収によって、ブルースカイもディズニーに取り込まれることとなります。ディズニー傘下となった後も新作長編『スパイinデンジャー』をDisney+向けに配信するなどの動きはあったものの、2021年4月でのスタジオ閉鎖が発表。『アイス・エイジ』シリーズなど一部のブルースカイで生まれた作品たちはディズニーに引き継がれる形で新作シリーズが発表されたのですが、残念ながら『ニモーナ』は完成前に企画の中断を迎えることになりました。

復活の『ニモーナ』

そんな『ニモーナ』は実は企画の中断時点で7割近くが完成している状態だったというのだから驚きです。その多くが出来ていながらも、ディズニーが企画自体を止めてしまえることにも脅かされるわけですが、そんな日の目を見ないまま終わりそうになっていた企画をアンナ・プルナピクチャーズが救済してくれたというファインプレーに、今となっては感謝しなければいけないところです。
しかも、当初はウォルト・ディズニー・アニメーションスタジオの短編『愛犬とごちそう』(2014)などで知られるパトリック・オズボーン氏が監督の名前として上がっていたのですが、それを変更。なんとかつてブルースカイ・スタジオで『スパイinデンジャー』を監督したニック・ブルーノ氏とトロイ・クアネ氏が本作の監督として『ニモーナ』を世に送り出すこととなりました。

ブルースカイ・スタジオという“場”こそなくなってしまったものの、かつてそこで活躍してきた製作陣の手で完成まで導かれたことも、危うくなかったことになりかけた企画としては幸運だったと言えます。

3DCGアニメーションの変化を先通りしていたスヌーピー

思えば2Dアニメーションにも見える3DCGアニメーションという“2.5”次元的な『ニモーナ』の特徴的なスタイルも、ブルースカイ・スタジオ独自の味だったと言えます。
今でこそ『スパイダーマン:スパイダーバース』(2018)の登場をきっかけに、従来の3Dアニメーションに2Dスタイルを取り入れる作品が一気に増えることとなりましたが、実はブルースカイがそれに先駆けて同様の試みに挑戦していた長編映画がありました。それが『I LOVE スヌーピー THE PEANUTS MOVIE』(2015)です。

本作はスヌーピーでおなじみのチャールズ・M・シュルツの漫画『Peanuts』を初めて3Dアニメーション映画にした作品です。原作漫画の平面的な絵作りを踏襲しつつ、キャラクターたちは半立体的な造形となっていたのが特徴的でした。作風が違うのであまり『スパイダーバース』の類似作として名前が上がることはありませんが、漫画に寄せる形でアニメーションを制作していったという点では『I LOVE スヌーピー』も『スパイダーバース』も近い狙いの作品であったように思えます。

『ニモーナ』はそんな『I LOVE スヌーピー』で手に入れたノウハウをさらに次回作に昇華していくつもりの企画だったことは、当初の監督がパトリック・オズボーン氏だったことからも読み取れます。『愛犬とごちそう』はディズニーが3DCGを2Dのカラーアニメーションのように見せられるかに挑戦していた作品でした。その制作経験を踏まえて、ブルースカイが『ニモーナ』を委ねようとしていたことは容易に想像ができます。
アメリカにおける3DCGアニメーションの変化のターニングポイントとして、今後も大ヒット作となった『スパイダーバース』が分岐点のように語られていくことにはなると思いますが、実はそれよりも早い段階でブルースカイも同様の狙いの『I LOVE スヌーピー』を作っており、そこからの系譜を受ける作品である『ニモーナ』の登場は、別の流派の登場とも感んじさせる体験にもなっていました

ニモーナが見せる百面相ぶりが秘めた魅力

『ニモーナ』を一味違うと感じさせるのは、やはり主人公のニモーナの百面相ぶりを見ていると顕著です
他のキャラクターたちと比べても、明らかにニモーナだけは表情の変化が激しく描かれています。さっきまで丸い瞳を輝かせていたかと思えば、思いきり眉毛を斜めにして悪そうな顔をしていたり。かと思えば今度は白目を向いて口から火を吐き出していたりと、ニモーナだけが浮いたキャラクターとして描かれており、それがそのままモンスターとしてのニモーナの異質ぶりを表現していたとも言えます。

そして見事なのが、そんなコロコロと変わっていく表情がそのままこの映画を観ている私たちに「気持ち良い」と感じさせてくれるところにあります。ニモーナがサイになったり、クジラになったりと変身する姿ももちろん楽しいのですが。それとは別に、今まであまりその表情を骨格的にも崩しきらないことがほとんどだった3DCGアニメーションで、ここまでやって良いんだという具合にその表情を次々と変えていくニモーナは愛らしく、魅力的な存在として映ります。

残念ながらブルースカイ・スタジオはなくなってしまいましたが、こうしてブルースカイで培われた技術やノウハウが、はっきりとした個性として新作映画で見ることができるのは嬉しい限り。やはりアニメーションスタジオの中身は“人”。スタジオ自体がたとえなくなったとしても、それを作ってきた人がアニメーション作りをやめない限り、系譜はどこか別の映画へと紡がれていくのでしょう。『I LOVE スヌーピー THE PEANUTS MOVIE』、『ニモーナ』と経てきた“ブルースカイイズム”のようなものは今後どこへ向かっていくのか、『スパイダーバース』をきっかけに生まれた流れとどう対峙していくのか。かつてブルースカイ・スタジオが存在していたことを、未来で観る新しい作品の中にも見つけることができたら嬉しいです。

NetFlix:https://www.netflix.com/title/81444554

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