映像がない映画!?『音の映画 Our Sounds』レビュー|見えないからこそ気づきも多い音楽ドキュメンタリー

映画にはあえてセリフをなくしたり、劇伴を一切使わない作品などがいくつかあります。

そんな作品が数あるなかで、3月25日(土)公開のドキュメンタリー映画『音の映画 Our Sounds』では、なんと映像を一切使わない、音だけで楽しむ異色の映画となっています。

「映像が無かったら、もはや映画ではないのでは…?」と思うかもしれませんが、実際に本編を見ると、面白い気付きや音のみだからこそ楽しめる要素もありました。

『音の映画 Our Sounds』概要

えいぞう は ありません。まっくらです。
でも、あなた は いろんな ひとびと や ふうけい に であうこと が できます。
ふしぎ な えいが です。
えいが の ぶたい は、おかやまけん の「にほんごきょうしつ」
ベトナム、ミャンマー、アメリカ、フランス、にほん、、、
みんな で あつまって
いっしょに うた を つくる
ドキュメンタリー・ミュージカル・フィルム です。
(引用元:https://our-sounds.webnode.jp/)

本作の舞台は岡山県高梁市。重要文化財である備中松山城などの観光スポットがあり、高梁市のHPでは、幕末期の儒家・陽明学者として知られる山田方谷の大河ドラマ化を目指す活動も掲載されています。

しかし映画の主人公は備中松山城でも、高梁市に昔から住む人でもありません。

この町の日本語教室に通うベトナム、ミャンマー、アメリカ、フランスといった人々が主人公です。彼らの多くは技能実習生であり、日本で仕事をして母国に暮らす家族にお金を送ったりしています。

今でこそコロナ禍の規制が緩和されましたが、本作は2021年に制作されたこともあり、コロナ禍真っただ中。そうしたなかで、日本にやってきた異国の人々が、音楽を通してコミュニケーションを取り、何を想うのかを“音“で伝えます。

監督はアーティストのハブヒロシ

本作の監督を務めるのは、関ジャニ∞や台湾原住民とのレコーディングなど、様々なジャンルで活動するアーティストのハブヒロシ。

世界各地の芸能を学んだあと、本作の舞台でもある岡山県に移住し、地域づくりにかかわるほか、小水力発電制作や山菜収穫イベント、疫学研究などに取り組むなど多彩な印象を受けます。

上記YouTubeの動画も、岡山県高梁市有漢町で消滅していた長蔵音頭を音源化し、売り上げを高梁市に全額寄付するなどの取り組みをしていました。

映像のない映画って、実際どんな感じ?

©2022 金ノプロペラ舍

話は『音の映画 Our Sounds』に戻って、本作はタイトルカットもないくらい、映像は一切ありません。

筆者はマスコミ試写をオンラインで鑑賞しましたが、画面は終始真っ暗。事情を知らなけば困惑するレベルでもあります(汗)

それはさておき、真っ暗な画面からでも、監督や日本語教室に通う異国の人々のやり取りを音だけで十分知ることができました。

映像がないので想像力を掻き立てられ、例えば何気ない会話にしても、それが対面なのか、オンラインなのか?人が大勢いる都内なのか、自然に囲まれた場所なのか?周囲の音などで想像することができます。

音を聴き、どんな人たちが、どんな表情で曲を作っているのかを自由に想像できるのはなかなかない映画体験です。
「差別や偏見はいけない」という気持ちはもちろん大切ですが、この映画はそういった考えを持つ必要性さえないくらい自然な気持ちで見ることができます。

映像がないことで国籍の壁が取っ払われた

©2022 金ノプロペラ舍

もう1点、音だけの映画で気づいたことがあります。それは登場人物の外見が一切分からないので、ある意味みんな平等になることです。

日本語教室にはベトナム、ミャンマー、アメリカなどからやってきた人たちが集まり、グローバルな環境となっています。

ところが映像がないので、「この人は〇〇人」という判断は見た目からできないし、する必要もありません。観客は外見の偏見や見分け方をしないので、フラットな感情で作品を観ることになります。

撮影当時はミャンマーでクーデターが起きており、登場人物の背景として国籍を感じることはあります。一方で「対話」がテーマのひとつとなっている本作にとって、コミュニケーションにおける国籍の壁が取り払われていることは非常に印象的でした。

「差別や偏見はいけない」という気持ちはもちろん大切ですが、この映画はそういった考えを持つ必要性さえないくらい自然な気持ちで見ることができます。

歌詞を表示しなかったのは大正解

©2022 金ノプロペラ舍

本作では歌詞も表示されません。みんなが歌う歌詞は何語かわからないけど、曲調や制作に至るまでのやり取りから、その歌詞を想像することになります。

よく動画サイトにはアーティストの曲に歌詞を表示させるリリックビデオなるものがありますが、今作でそうした手法を取らなかったのは大成功だと感じます。

個人的な話になりますが、過去にバンドのライブ映像を映画館で上映する企画があり、鑑賞しにいきました。

その上映後に新曲の発表とリリックビデオが上映されましたが、正直「何を見せられているんだろう・・・」という感じがあったのです。

リリックビデオはスクリーンセーバーで流れそうな映像にシンプルなフォントの歌詞が表示されるだけ。こうしたリリックビデオはスマホやPCなど、ひとりの空間で見たほうが曲と歌詞に没入できるのでは…と感じました。

映画館という特殊な空間では、映像と視覚情報としての歌詞は不要だと思った筆者は、完全に映像をシャットダウンするために目を閉じて聴いていました。

音楽はあえて情報を少なくした方が没入できるし、聴く空間に合わせて情報を調節した方が楽しめる…。そのことを本作の「映像を排した手法」で再認識させられました。

まとめ

映像が無いと聞くと「家でイヤホンして聴けばいいじゃん?」と思うかもしれませんが、映画館で観た方が不思議な体験ができそうだなと、個人的には思いました。

また、公式サイトなどに行けば場面写真が見られます。どんな人たちが、どんな場所で撮影しているのか、視覚的な情報を得ることは可能です。

ただ、あえてYouTubeの予告や公式サイトの”文章のみ”に情報を抑えたほうが、より不思議な映画体験ができると思います。

ちなみに「なぜOur SongではなくOur Soundなんだ?」と鋭い疑問を思った方、作中でその答えがチラッと聴けますよ!

『音の映画 Our Sounds』作品情報

©2022 金ノプロペラ舍

公開日:2023年3月25日
製作年:2022年
製作国:日本
上映時間:55分
配給会社:タオンガ 
配給協力:Atemo
クレジット:©2022 金ノプロペラ舍
公式サイト:https://our-sounds.webnode.jp/

スタッフ
監督・編集:ハブヒロシ
映像記録:池田将
録音:金地宏晃
サウンドデザイン:金地宏晃
ミックスエンジニア:江南泰佐

キャスト
 ハブヒロシ/グエン・ティ・スエン/ブ・ティ・ザン/ブイ・ティ・ミン・ヒエン/ニュエン・ティ・ズン/アナイス・ファルジア/ショーナ・マギー/岩本象一/コイケ龍一/江南泰佐/アウン・ティン・ウィン/サン・タ・アウン/ニエン・チェン/畠中七瀬/池田将/金地宏晃/本倉宣弘

前回のヤマダマイ

※当記事は「トイレ」 「う〇こ」といった不衛生なワードが多数登場します。食事しながらの閲覧はお控えください。 私は労働が嫌いなので、絶対に職場や通勤途中で死ぬのは避けたいと思って過ごしています。 しかし、世の中には職場[…]

最新ドキュメンタリー記事

最新情報をチェックしよう!