

フィクション見る気分じゃない日にオッパイ
さーて今月も映画を見ようかなあとAmazonPrimeVideoやNETFLIXのサムネイルたちを眺め始めた。
が、なんかピンと来ない。
アクションとかは……なんか疲れるなって気持ちだ。いかにも泣けそうな感じの映画も……ちょっといまの心境とは違うな。かといってクソバカ映画も見る気がしないなあ。怪獣? うーんそれでもない。恋愛? ホラー? おいおい 論外だぜ。見るわけないだろう。
えっ じゃあ別になんか今、見たい映画が無い……? もしかして……。
そんなとき、あるサムネイルに視線が吸い込まれた。


『グッドナイト・オッパイ』!?!?!?!?!?
何!?!?!?!
いや違った。放題を見ると『おやすみ、オポチュニティ』だった。びっくりした。オポチュニティって英語圏のニックネームだとOPPYになるのかよ。日本人にはオッパイとしか読めないよ。
ジャンル:ドキュメンタリーか。うんいいな。ドキュメンタリーはいい。フィクションが重い日ってどうしてもある。だからといって「実話を基にした感動のストーリー!」みたいな話は胃もたれがする。ドキュメンタリーだ。物語るためのフィクションでなく、記録から自然に生まれた物語を摂取したい気持ちなんだな今日は。これにしましょう。
ヤード・ポンド法なんてやめろやめろ
本作は火星に水が存在していたのではないかという仮説が具体的に立つきっかけとなった火星探査車、オポチュニティとスピリットを取り扱ったドキュメンタリーだ。両者はともに火星到着からの機械的寿命が90日と想定されて送り出されながら、スピリットは6年、オポチュニティはじつに14年に渡る火星探査を行った。
この映画は、そんな2体の火星探査車……英語ではローバー、について計画立案から開発、打ち上げ、そして実際の探査といった流れで関係者へのインタビューと実際の記録映像、CGによる再現映像を交えて映像化している。


私は宇宙ネタが好きではありつつ、全然ニュースとか見ないので「なんかそういやそんなニュースを聞いたような気がするなあ……。あれ? でもこれってマーズ・パスファインダーと頭のなかでごっちゃになってないか?」みたいに曖昧な感じになってたし、途中で挟まれる別のプロジェクトの失敗の話なんかも全然知らなかった。




へえ、そんなことがあったんだ……。




え!?!?!?! そんな!!!!!!!!!!!!


そらそうだよなあ!!
っていうかヤード・ポンド法なんてやめようよ!!! メートルに統一しよう! な!!!




こういうコメディアン? がやってるアメリカのバラエティ番組? トークショー? みたいな感じのやつって映画とかアメコミとかであるあるネタみたいによく出てくるけどよくポジションがわかんないんだよな。『アッコにおまかせ!』とか『おもいッきりテレビ』みたいな感じなのか?
親愛なる隣人・ロボット
そんな感じで当時のNASAが抱えていた問題などにも振れつつ、粛々とローバーを開発・運用していく様が描かれるのですが……。




印象的だったのは、人々がローバーに対して並々ならぬ「愛着」……もっといえば「親愛」を当然のように覚えているところ。


スタッフたちは、当然のようにローバーたちをまるで意思のある存在……自分たちと同じく自意識がある存在のように扱い、語りかけているんですね。
これってやっぱりすごくおもしれえなと思えて、こんな火星探査車みたいな超ハイテク最先端の存在じゃなくても結構そういう話って聞くじゃないですか。
ロボット掃除機をまるでペットのようにかわいがるとか、ファミレスの猫ちゃんロボットが人気を集めるとか。
でもこれが単なる「機械」だとそうはいかない。自動車とかまで行くとまた別の話になっちゃうけど、掃除機やトースターをペットのようにかわいがったり、人のように思いやったりするというのはあまり聞いたことがない。やはり「ロボット」なのが大事なんだろうか?


でも「ロボットアーム」なんかはやっぱり「機械」って感じで感情移入するみたいな話はあんまり聞かないもんな。
「ロボット」という言葉の指す意味は広いですが、やはり複雑な機構や複雑な動作ができる、自動で働く、というだけではダメで「自律して動作する」あるいは「まるで自律
して動作しているように見える」といった要素が必要なのかもしれませんね。神話にあるタロスやゴーレムのように。


それこそスペースシャトルやロケットが事故を起こした際に、乗組員の命が喪われたことや、それまでの段取りが灰燼に帰してしまったことに対して悲しみを覚えることはあっても、乗り物そのものが失われてしまったことへの悲しみってそこまでではないというか……やはり「乗り物」「機械」が壊れてしまって悲しい、それまでの歴史が生み出した文脈が見えてしまって悲しいという気持ちはあっても、生き物が死んでしまったかのような悲しみとはタイプが全然異なっている気がする。


でも、スピリットやオポチュニティが止まってしまったときの気持ちってやっぱり「生き物」が死んでしまったときの感覚に近いものを覚えるし、作中登場する人たちもそうした気持ちを抱えて泣きだしてしまったり、チャリティーイベントが開かれたりと、まるで友人のような扱いをしているんですよね。


本作が取り扱っているのは、あくまで火星探査の重大な発見と進展に関わったローバーたちの記録だ。でも私はこの映画を見ているとどうしても「人間とロボットの関わり」に思いを馳せずにはいられなかった。
やはり人間は、ロボットに対して犬や猫のように……あるいはもっとすごく、同じ人間のように思い入れを持たずにはいられないようだ。近年は家庭用の愛玩ロボットの商品化も実際に行われはじめている。100年前の世界には存在しなかった感情がここに生まれていることがすごく興味深い。そして100年後はどうなっているのだろうか。火星の探査はすごく重要で意義が深いことなのはわかっていたけど、確かにそうした研究を通してこんなことに思いを巡らせていられるのだから、やっぱり宇宙研究ってすごいのかもしれないなあ。







