漫画の”間”を読み、”動かす”ことに成功した希有なアニメ『ルックバック』

ナマニク

漫画に限らず、小説や映画、絵画などの”創造物”には”間”が存在する。その”間”は、意図的であっても、意図的でなくても、受け手が想像して補完するものだ。”間”の埋め方は千差万別だ。ゆえに様々な考察が飛び交い、”創造物”は作り手を離れても深化し続ける……。

”創造物”の”間”の解釈には正解がない。それが最大の旨みでもあり、弱点でもある。なぜなら”間”の伸びしろが多い”創造物”は、難解といわれて批判されたり、解釈違いの受け手による”正解探し”で荒れたりしてしまうからだ。

藤本タツキの”創造物”である漫画は、とにかくコマとコマに”間”が多い。会話にしろ、アクションにしろ、果ては動きがないコマまで必ず、読者に何かしらの思考を強いる。さらに思わせぶりな”目印”が各所に散りばめられているから、とにかく読んでいて疲れる。けれど、藤本タツキはその疲れを苦と感じさせることなく、面白さにつなげる達人だ。

今回、アニメ化された『ルックバック』のストーリーはとてもシンプルだ。
活力と自信に溢れる藤野と不登校児の引きこもり京本。2人の小学生が学校新聞の4コマ漫画の競作を通じて邂逅する。藤野は自分の漫画がクラスで人気を博していることに満足していたが、高い画力を持つ京本に嫉妬と敗北感した藤野は筆を折ってしまう。その矢先、藤野は京本が自分のストーリーテリングに憧れていることを知る。それをきっかけに2人は友人となり、漫画を共作することとなる。そして処女作は見事漫画賞に入選。高校に進学してからも、二人は友情を深めながら共に漫画を描き続けるが、連作が決まった矢先、ある”思い”が彼女たちの運命を変えていく……。

友情、努力、挫折、再生という流れは、青春ドラマとしては目新しくなく、クリシェといってもいいほどベタだ。そんな普通に描いたら漫画でも映画でも小説でも面白くも何ともない凡庸な話を藤本タツキは独自の力強い画力と”間”、そして彼にしか出来ないであろう”映画的な演出”で読者を魅了した。

© 藤本タツキ/集英社 © 2024「ルックバック」製作委員会

もちろん、実際に起きた悲しい事件が作中に盛り込まれていたり、その事件を追悼するような”目印”が目を引いたりしたのは事実だが、それを差し引いても藤本タツキは『ルックバック』を独立した物語として仕上げた。

ストーリーがシンプルゆえ、作者の独特の視点と表現力が試される。その点、漫画としては大成功を収めることとなった。つまり「漫画として完全にできあがっている」ため、足し引きの余地がないのだ。
だからアニメ化の話を聞いたときは、「やばいんじゃないだろうか?」とおもった。しかし完成したアニメ版をいざ観てみると「漫画として完全にできあがった」作品を「アニメとして完全にできあがった」ものへと見事に変換することに成功していた。

© 藤本タツキ/集英社 © 2024「ルックバック」製作委員会

それもそのはず、監督が押山清高氏だ。繊細な作画で名を馳せた同氏。その腕は変幻自在。物語にあわせて作家性を隠し、自身のテクニックをストーリーテリングに活用する。だから『劇場版ドラえもん』から『新エヴァ』、ジブリ作品いたるまで、才能を発揮させてきた。
しかし『ルックバック』では、少し”我”が出ているといえるかもしれない。ストーリーそのものは足し引きなしだが、前述の通り、藤本タツキ作品の”間”の埋め方がアグレッシブなのだ。

とりわけ顕著なのは、京本に褒められた帰り道、嬉しさのあまり雨の中をはしゃぎながら歩く藤野の場面だ。漫画では見開き一コマしかないのだが、アニメでは藤野が両手をブンブン振り回しながらスキップし、さらに水たまりを手で叩き上げる動作がある。映画でもなかなか観られない”嬉しさ”表現に驚いてしまう。
また予告編でも観られるように、京本が東北訛りなのもいい。こればっかりは漫画では伝わらないし、彼女が訛っていることは漫画で言及されていない。しかし、この訛りによって、妙に京本が儚く繊細に見えてしまうから不思議だ。
もちろん映像や音楽のギミックも凝っている。京本のやたら画力の高い4コマを観る藤野のドリーズーム、時間軸を戻す場面のリバース音を使った劇伴、”世界”を俯瞰する上下反転カメラなどなど、映像ならではの面白さが詰まっているのだ。加えて原動画に井上俊之氏、背景美術に男鹿和雄氏(どちらもジブリで活躍している大ベテラン)が名を連ねていることから、本作が異様なクオリティをもって誕生したことは間違いないだろう。

© 藤本タツキ/集英社 © 2024「ルックバック」製作委員会

また原作ファンが気になるところとしては、藤本タツキ作品の持ち味と言っていい”目印”がどうなっているかだろう。もちろん、それらは残されているが、”目印”の場所が違う。結構目をこらして探さないと見つからないので、初見では気がつけないかもしれない。(筆者は2回目の試写で気がついた)ただ、作品後半のテーマになる「もし、こうであったなら」につながる『バタフライ・エフェクト』(2004)のポスターだけはすぐ見つかるようになっているが……。

とはいえ、押山監督は”目印”は原作ファンサービスに抑さえているように思える。藤原と京本の繋がりを如何にエモーショナルに描くことに主軸を置き、ぶれることなく、エンドロールが終わるまで彼女たち繋がりは描かれ続け、58分の上映時間を駆け抜ける。尺が短いゆえに感じる熱量は凄まじい。

© 藤本タツキ/集英社 © 2024「ルックバック」製作委員会

いまだに様々な考察が飛び交う作品だが、アニメは観たまま受け取ってほしい。押山清高が描いた藤本タツキワールドは、何かが入り込む余地がないのだ。

最後に藤原と京本を演じた俳優陣にも触れておきたい。藤原を河合優実さん、京本を吉田美月喜さんが担当している。お二人とも吹替は初めてとのことだが、驚くほど自然だ。アニメ声に寄せているわけでもなく、かといって舞台劇っぽくもない。いい意味で顔が見えず、藤原と京本そのものに変身して演じているとしか思えない芝居を見せてくれる。台詞回しの良さもさることながら、感嘆詞の声が素晴らしい。映画終盤10分は俳優陣の入れ込み具合に、作画とか音楽とは関係なく感じてしまうほどだった。

© 藤本タツキ/集英社 © 2024「ルックバック」製作委員会

最近、原作もののアニメや映画が元気だ。クオリティ云々はさておき、こうした”間”が楽しめる作品が生まれるのは嬉しい限り。原作トレースかどうかはさておき、どんな思いで作られているのか?を探ることを一つの見方として、今回提示したい。
作り手は、何があっても作り続けるのだ。『ルックバック』の主人公2人のように。

作品情報

© 藤本タツキ/集英社 © 2024「ルックバック」製作委員会

原作 藤本タツキ「ルックバック」
 (集英社ジャンプコミックス刊)
監督・脚本・キャラクターデザイン 押山清高
美術監督 さめしまきよし
美術監督補佐 針﨑義士・大森崇
色彩設計 楠本麻耶
撮影監督 出水田和人
編集 廣瀬清志
音響監督 木村絵理子
音楽 haruka nakamura
主題歌
「Light song」by haruka nakamura うた : urara

アニメーション制作 スタジオドリアン

公式HP:https://lookback-anime.com/

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