来る11月8日、待ちに待った劇場版『風都探偵 仮面ライダースカルの肖像』が公開された。仮面ライダーWの新作映画が公開される。その知らせは、全てのファンを風都という名の「実家」に帰省させるには余りあるインパクトがあり、まさしくオレ達の“黄金時代(オウゴン)”が還って来たわけだが、劇場を出る頃には吉川晃司の楽曲を聴きながら本編を反芻し、ハンカチで目元の涙を拭っていた。あの一夜を振り返ることは、別れの切なさと無縁ではいられないから。
2017年から週刊ビッグコミックスピリッツにて連載が始まった漫画『風都探偵』は、今なお根強い人気を誇る『仮面ライダーW』のその後を描く正統続編であり、累計部数250万部を突破するほどにファンからも受け入れられ、2022年にはTVアニメ化が実現。今回の劇場版は単行本6巻に収録された『sの肖像』が映像化され、知られざる「ビギンズナイト」の物語がスクリーンで解禁される。
ビギンズナイトとは左翔太郎とフィリップが初めて「ダブル」に変身した日のことを指す言葉であり、その意味で今作は『風都探偵』のみならず『仮面ライダーW』全体のエピソードゼロ。ダブル誕生の裏でいぶし銀の輝きを放つ鳴海荘吉の物語は、日曜朝放送の特撮番組が出自とは思えないビターな余韻を観客に残していく。今回はそんな最新劇場版の見どころをネタバレのないように紹介していくが、鳴海荘吉=仮面ライダースカルのこれまでの軌跡を振り返りたい方は、筆者が以前書いたこちらの記事をご参照いただきたい。
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『W』により深みを与える『スカルの肖像』
物語は、仮面ライダーダブルとして街に巣食う怪人と闘う左翔太郎が、とある事件で出会った美女・ときめに、自身の過去を語るところから幕を開ける。夜風が吹きすさぶ埠頭は翔太郎とときめが初めて出会った場所でもあり、『風都探偵』はじまりの場所と呼ぶべきスポット。そこで翔太郎は、相棒との出会いと師匠との別れ、その両方を味わった運命の一夜、「ビギンズナイト」に至るまでを語り始める。
今回の劇場版は、原作漫画の該当エピソード『sの肖像』を、後半の「ある一点」を除けばかなり忠実に映像化している。翔太郎の視点から語られる「おやっさん」との出会いや異形の怪人ドーパントとの遭遇、喧嘩に明け暮れた高校時代のとある行動により弟子入りを認められ、探偵のイロハを学ぶ日々の中でついに「あの一夜」に辿り着く。翔太郎が自分の言葉でその時々の想いをときめに打ち明け、それを受けて読者はこれまでの『W』の物語では描かれなかった余白を埋めていく。新しく開示された設定やキャラクターの行動・心情の動きなどが過去作にぴったりと隙間なくハマる感覚こそ脚本・三条陸の驚くべき手腕だが、本作を観ていると改めてその凄さに圧倒されてしまう。
鳴海荘吉はなぜあの瞬間にスカルに変身しなかったのか、フィリップはなぜあの場で“悪魔”と相乗りする勇気を問うたのか、翔太郎はなぜ荘吉に弟子入りを認められたのか。『仮面ライダーW』のTVシリーズや劇場版によって積み重ねられた物語に、新たなシーンを「増築」して世界観や設定の深堀りと拡張を同時に行う。今作『仮面ライダースカルの肖像』を観ることで、『仮面ライダーW』という作品、ひいては「風都」という街への愛着はさらに増していくはずだ。
真に感動するのは、本作の作り手もまた『仮面ライダーW』を愛し、研究を重ねた上で製作に携わっていることが伝わる細かいシーンの数々だ。『仮面ライダースカルの肖像』は過去編という性質上、これまでの作品で描かれたシーンの再アニメ化が施された場面がいくつも登場するわけだが、そのどれもが異常な再現度である。
筆者が思わず唸ったのは、『仮面ライダー×仮面ライダー オーズ&W feat.スカル MOVIE大戦CORE』に登場した歌姫メリッサが、会場を訪れた荘吉だけに小さく手を振る仕草を、今作でも再現している一瞬のアクション。今作ではメリッサが登場する時間は極めて短く、無くても物語が成立するアクションを、わざわざ取り入れている。しかもその動きが、本作が「翔太郎視点」を徹底しているが故にフォーカスされない(本作単体では意味が読み取れない)レベルの描写になっているところを含め、とても「誠実」であると感動してしまったのだ。
このように、鳴海荘吉が登場する過去の劇場版を意識したシーンは、完コピと言っていいくらいにこだわり抜かれたアングルや演出、キャラクターの細かい所作が連発し、製作陣の深い『W』愛に脱帽と言う他ないシーンの連続は、どうしようもなく涙を誘われた。2009年当時も劇場で、吉川晃司の声色で放たれる「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだぜ、レディ?」に痺れたものだが、まさか今度は津田健次郎ボイスによる再演で身悶えすることになるとは。
鳴海荘吉=津田健次郎は完璧なハマり役
今年6月の『仮面ライダーガッチャード』放送時のCMにて不意打ち的に発表された劇場版『風都探偵 仮面ライダースカルの肖像』だが、何よりも話題をさらったのが鳴海荘吉役:津田健次郎のトピックであった。
かつて生身の鳴海荘吉を演じたのは吉川晃司で、当時高校生だった筆者は「こんなに白いスーツが似合う日本人がいるんだ」と見惚れていた。翔太郎が憧れる男の中の男にして、本作におけるハードボイルドの「象徴」としての説得力をまさしく体現していたのがかの大物ミュージシャンだったのだが、その生き様をアニメに翻訳する際に切られたカードが津田健次郎の起用というのは、慧眼としか言いようがない。
劇場パンフレットの記述によれば、津田氏は敢えて吉川晃司の演技を観ずに収録に臨んだとあるが、実際の本編を観ていれば違和感がないどころか、ほぼ無意識的に「鳴海荘吉がそこにいる」と感じさせるだけの凄みが全編に満ちていた。ダンディーで渋く、同時に色気を漂わせるツダケンボイスは、まるで鳴海荘吉を演じるためであるかのように、ピタリとハマっている。かつての劇場版での名台詞が一言一句違わず再演されるわけだが、吉川晃司と津田健次郎で聴き比べが出来るなんて、なんと耳の幸せなことだろうか。
当初から一抹の不安さえ抱いていなかったものの、実際の本編を観れば鳴海荘吉=津田健次郎のシンクロ度合いに、心も鼓膜も魅了されてしまうことは避けられないだろう。先述した映像面の異常なまでの再現度とは裏腹に、津田氏は吉川氏の細かい言い回しなどをトレースしているわけではない。にもかかわらず、演技一発で「鳴海荘吉」に命を吹き込んでしまうその確かな演技力は、筆者がどれだけ語彙を並べても形容しきれない。劇場の音響で、スピーカーから滲み出るダンディズムに、ぜひとも酔いしれていただきたい。
劇場版オリジナル展開には、あのメモリも……?
今回の劇場版は原作の忠実な映像化を果たす一方で、原作にはいなかった「大嶋凪」というキャラクターが追加されているのだが、彼は「ビギンズナイト」を映像化する上でどうしても不足してしまうアクション面での見せ場を補い、劇場版ならではのスペクタクルを演出するために設けられた存在と言えるだろう。
だが、大嶋も見せ場要因としてだけで終わらないのが『風都探偵』、というか三上脚本のスゴイところ。ガイアメモリの開発と実験を行う組織「ミュージアム」の構成員にして園咲冴子の側近でもあるという彼は、冴子に対して立場を超えた感情を匂わせる台詞をいくつか残している。つまり大嶋は、TVシリーズに登場した「冴子に魅入られた男たち」の祖にして、語られることのなかったナンバーゼロだったのである!短い登場シーンながらにしてこの存在感は、担当声優が豪華であることはもちろん、迎える顛末も含めて過去の勇士たちの顔が浮かぶからであろう。
そんな大嶋の“運命のガイアメモリ”は、TVシリーズを最後まで観た方であれば思わずニヤリとするチョイスであり、初めて披露されるドーパント態のデザインが実写シリーズでは難しい、アニメであればこそ自由に動かせるものであるところも、媒体の強みを活かした『風都探偵』ならでは。そのドーパントとダブルの決戦には思わぬサプライズもあり、製作陣の溢れる『W』愛は最後までたっぷり詰まっている。
続編への期待も高まる『風都探偵』
2009年に放送された『仮面ライダーW』が、媒体を変えながら今なお新しい作品、新しい物語が紡がれ続け、そのどれもが高い完成度と整合性を保たれたまま走り続けていられるなんて、一介のファンとしてもこれほどに嬉しいことはない。そして今作『仮面ライダースカルの肖像』が描くハードボイルドと優しさの意味を問う物語は、鳴海壮吉のドラマに新たな深みを与え、その生き様が左翔太郎とフィリップの二人に継承されていることを、改めて振り返らせるものとなった。
さて、原作漫画『風都探偵』は本作の公開間近に発売された最新17巻にて、ときめに関する大きな秘密が明かされ、その面白さはうなぎ登り。となれば当然、『仮面ライダースカルの肖像』のその後のエピソードのアニメ化にも期待がかかるし、製作陣もそれを煽るようなサービスカットを本作の終盤に用意している。盤上をひっくり返す二人の「ジョーカー」の物語は、いったいどのようなゴールへ辿り着くのか。
続編の制作を後押しするためにも、ぜひとも劇場へ足を運んでほしい。おやっさんが涙を拭い続けた街の風は、いつでもあなたの来訪を待っている。