『エヴァンゲリオン』に受け継がれた『宇宙戦艦ヤマト』のDNA―忙しなさと段取りが、ドラマを形作る。

ツナ缶食べたい

 2024年10月6日、庵野秀明氏が代表を務める株式会社カラーが、『宇宙戦艦ヤマト』をベースとした新作アニメ映像を製作することが発表された。庵野秀明がヤマトを撮る。それは、自分が産まれる以前のアニメを観るには充分すぎるモチベーションとなった。

 筆者は10代で『新世紀エヴァンゲリオン』と出会ったばっかりに人格を形成され、クラスの誰もが知らない作品を観ているという優越感を拗らせクラスで浮いてしまったわけだが、その後ゴジラ、ウルトラマン、仮面ライダーと幼少期の自分が愛したキャラクターたちを庵野秀明が“シン”生させ、それが連作となって社会現象となる、夢のような時代が始まって、一区切りが付いた。その沈黙を割くように、今度は『宇宙戦艦ヤマト』を手掛けるというのだから、明日を生きる原動力としては余りあるほど。だが問題が一つ、この私は恥ずかしながらヤマトを一切観たことがないのであった。

 というわけで、この度慌てて栄光の第一作を観たのだけれど、驚くことに、エヴァってめちゃくちゃヤマトだったんです。

(c) 東北新社

 西暦2199年、地球は遠く離れた星間国家・ガミラス帝国の遊星爆弾による攻撃を受け、放射能が人間と自然の命を奪う死の星となりつつあった。そんな中、地球から14万8000光年離れたイスカンダル星から届いたメッセージによれば、放射能除去装置「コスモクリーナーD」を受け渡す用意があるという。地球滅亡まであと一年に迫る中、残された希望はかつて海に沈み、今は波動エンジンを搭載した宇宙戦艦「ヤマト」だけであった。沖田艦長以下乗組員は、地球と人類の命運をその双肩に背負い、広大なる宇宙へ飛び立っていく。

 『宇宙戦艦ヤマト』の放送は1974年。あの有名なオープニング曲が勇壮に英雄たちを鼓舞した後に始まる1話、アニメーションや艦内計器の描写などは、時代相応ということもあり確かに古い。がしかし、観ながら強烈に既視感が湧き上がってくる。操縦室には椅子に座り忙しなく状況を報告するオペレーターが複数いて、正面には巨大なモニターがあり、小難しい専門用語と敵接近を知らせる警告音が飛び交っている。そう、この感じ、『エヴァ』のNERV本部にそっくりなのだ。正しくは、エヴァがヤマトに影響を受けている、なのだけれど。

 youtubeにて観ることのできる『テレビ放送50周年記念映像 「宇宙戦艦ヤマト」の軌跡』によれば、“「テレビまんが」その幼年期に終わりを告げ「アニメブーム」を起爆!歴史はここから変わった”とある。当時を知っているわけではないので憶測に過ぎないが、当時はTVアニメの地位がまだ低い時代らしく、「テレビまんが」という言葉の響きにはいささか侮りのニュアンスを感じてしまう。そんな日本アニメの地位を引き上げ、子どものみならず大人も熱狂させたのが『宇宙戦艦ヤマト』ということなのだろう。

 なるほど確かに、『宇宙戦艦ヤマト』は、大人っぽいアニメである。

 登場人物のほとんどが軍人(作中では「宇宙戦士」と呼ばれる)であり、艦長の指示に沿って各部署が有機的に働くことではじめてヤマトは空を飛ぶことができる。そのヤマトの乗組員は地球を救うべく未知の航海に挑む勇気ある者たちだが、彼らが親元を離れ戻る保証のない旅へ出る光景を、戦中戦後を生きる人たちはどのように見つめたのだろう。

 作中では、長旅のストレスで精神的に消耗しヤマトを抜け出すクルーの物語を1話まるごと費やして描いたり、敵のガミラス軍でも出世頭に司令の座を奪われ副司令の座に甘んじる中間管理職の悲哀が描かれたりと、お茶の間の小学生を突き放すかのような苦いエピソードは世のお父様お母様の共感を誘ったはず。極めつけは、ヤマトが地球を離れイスカンダルで放射能除去装置を受け取り帰還するまでの航海スケジュールが「予定より遅れてます!」と折り返しを超えた話数で騒ぎ出すので、このアニメは本当に26話で畳めるのかというハラハラが生じるのである。なんでアニメ観ながら「納期」を意識しなきゃいけないんだよ。

 そんなこんなで、ガミラスに攻め込まれては応戦し、宇宙のあらゆる危険地帯に足を取られ、ヤマトの冒険は常に前途多難、ワープしても波動砲を撃っても常にどこか破損して真田工場長は引っ張り出されるわけだが、しかしヤマトは中々沈まず、ガミラス軍をどんどん蹴散らし着実に目的地へ進んでいく。いつしか、ヤマトの重厚さと強さ、そもそもの「戦艦大和が空を飛んでいる」というアイデアそのものに心奪われ、一時も飽きること無く全26話を駆け抜けていった。

(c) 東北新社

 『エヴァ』が受け継いだ『ヤマト』のDNAとしてもう一つ挙げられるのが、「段取り」を重んじる作劇にあると思う。

 「ジ・アート・オブ シン・ゴジラ」に掲載されたインタビューにて庵野氏は、“状況に対処する人々の動きそのものが葛藤や起伏となり、ドラマになっているのが良い”と語っており、その例として挙げたいくつかの作品群の中には『宇宙戦艦ヤマト』も含まれている。強大なガミラス軍との闘いや、宇宙の様々な危険に対し、いかにそれを乗り越えていくかを試行錯誤するのが、『ヤマト』のドラマである。

 ヤマトがついに発進する第3話「ヤマト発進!!29万6千光年への挑戦!!」は、ガミラスの放ったミサイルが刻一刻と近づく中、沖田艦長は狼狽えることなく発進準備を指揮し、各セクションはそれに従う。機関室が波動エンジンを始動させ、司令室はエネルギーの充填を待ち、ついに干上がった海を割るようにしてヤマトが飛び立つ。敵の猛攻迫る中、自分の仕事を全うしようとする人間の手元を、焦りや緊張が狂わせる。その緊迫感が、ドラマとなる。

 段取りの極地といえば、「波動砲」である。波動エンジンの出力を航行ではなくエネルギー砲にのみ注ぎ込むヤマトの必殺技は、それが発動するまでが醍醐味なのだ。発射に備え艦内の電源は全て落ち再始動のための電力を貯蓄、巨大な波動エンジンでは波動砲へのエネルギー伝導管の回路が開かれ、薬室にタキオン粒子が充填されていく。機関室がその操作をする間、乗組員は対ショック防御の姿勢と対閃光ゴーグルの着用が指示される。操縦は戦闘班長に移管され、宇宙戦艦ヤマトは巨大な大砲となりて敵に狙いを定める。セーフティロックボルト解除、カウントダウン、トリガーを引く、「波動砲、発射!」

 このシークエンス無くして、波動砲は発射しない。波動砲は、気軽に使える必殺技ではなく、ヤマトのエネルギーを注ぎ込んで使う最後の手段なのである。であるがゆえに強力で、観る者の心を震わせるロマンがあるのだ。

 こうした段取りからの一点突破攻撃といえばご存知「ヤシマ作戦」であり、2007年の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』では、日本全土から接収した電力を超巨大ライフルに集め超遠距離攻撃を得意とする“使徒”を打ち破るまでの描写を、当時のCGを駆使してTVシリーズよりもさらにゴージャスに、緊迫感あるものとしてリビルドした。巨大な対象物の核を狙うシチュエーションは劇場版『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』に用意されており、ヤシマ作戦の原典はここにあったのだと、令和6年にして知ることになるのである。

(c) 東北新社

 『宇宙戦艦ヤマト』を観ることで、放送当時10代の庵野少年が受けた衝撃がいかに後年の作品に反映されているかを知ることが出来たし、アニメブームそのものを牽引したという実績を思えば、その他のクリエイターのみならず「アニメ」という文化そのものに多大なる影響を与えていたことを、改めて意識することとなった。もしかすると、“◯◯っぽい”の原典を辿れば必ずヤマトに行き着くのでは、と思うほどに、様々なSF作品で見かけた光景を『ヤマト』の作中で目にすることがあった。『宇宙戦艦ヤマト』の偉大さとは、誰もが自作に取り込みたくなってしまうほどに魅力的な演出や作劇、エモーションを有し、それが一本の作品としてまとまっている奇跡のことを指しているのかもしれない。

 そして、その衝撃を現代に再解釈した庵野秀明版ヤマトが、その出航の日を待っている。公式発表によれば、現在展開されている『宇宙戦艦ヤマト2199』から始まるリメイクシリーズとは“異なる航路を進む”とアナウンスされており、とはいえウルトラマンや仮面ライダーへの迸るリスペクトが臨界点にまで高められたこれまでの作品を思えば、1974年から始まるオリジナルシリーズに背を向けるとは思えない。その姿はまだ見えぬものの、今から期待を滾らせても、裏切られることはないだろう。

 『宇宙戦艦ヤマト』シリーズはAmazonプライムビデオ内のサブスクリプションサービス「スターチャンネルEX」にて配信中。

最新情報をチェックしよう!