残酷ピエロ、3度目の襲来! 前作『テリファー 終わらない惨劇』(2022)で全米を吐かせ話題沸騰した結果、アート・ザ・クラウンは名実ともに新世代のホラー・アイコンとなった。
短編映画から細々とスタートし、長編化した1作目『テリファー』にて裏路地で人をギコギコしていた奥ゆかしさは今や過去。全米ナンバーワンを獲得したアートさんは、日本のプロモーションにおいても広告トラックで都内を爆走し、大型ビジョン広告で歯茎をむき出しブキミな笑顔を通行人に振りまいている。ホラー映画の枠内でここまで大規模なプロモーションは近年見たことがない。孫にまで語ってゆきたい光景である。
まあ孫どころか『テリファー 聖夜の悪夢』を一緒に観に行く友達すらいないけどな! ガハハ!
そんなわけで、セル版は流通が薄かったため即廃盤、レンタル落ちDVDを拳で奪い合った『テリファー』初上陸より数年、あの扱いがウソかのような変貌を果たし、もはや一大コンテンツと化した本シリーズ。劇場をゲロで満たし、ゴア映画監督に「ゴアタスティック!」と叫ばせた前作と比較して3作目『テリファー 聖夜の悪夢』はどのような変化を遂げたのだろうか?
まさか守りに入ってマイルドになったりしてませんよね? どうなんでっか、アートはん。儲かってそうやないですか。ワイは金持ちになったら急に丸くなった人間をぎょうさん見てきたんや…。
そんな青木雄二フェイスで『テリファー 聖夜の悪夢』を観たところ、全力で顔面にパンチを叩き込まれました。
まず言えることとして、本シリーズの特色であるゴア描写は全くもって衰え知らず。アートさんは思いつく限りの方法で人間をむごったらしく肉塊へと変えてゆく。
前作より顕著なのだが、アートさんによる殺しは「斧でイッパツ首を吹っ飛ばす」といった豪快さに終わらない。指先から少しずつ切り刻んでゆくような陰湿な苦痛を与え続けて、最後に息の根を止める。量より質とばかりに、丁寧で、それがゆえ目を覆いたくなるような残酷。『テリファー 終わらない惨劇』ではエピックな残酷シーンが1か所存在したが、本作ではアレ級が2か所ある。なんてことだ。
こんな映画が映画館の巨大スクリーンで流れるなんて世も末きわまりない。僕はこの映画を観た後に家で『子ぎつねヘレン』を2回観ました。
いま振り返ると、1作目『テリファー』はエンタメ指数が低かった。そのためアートさんによる凶行も、どこかスナッフビデオを観ているような、なんだか後ろ暗いものとして存在していたように思う。だが2作目で『マニアック』オマージュの頭部破壊が炸裂。ダミアン・レオーネ監督が残酷殺害映像に固執する狂人(くるんちゅ)ではなく、ホラー映画、さらにそこにおける血みどろ表現が大好きでたまらないゴア人(ごあんちゅ)であることが判明した。『テリファー』シリーズの持つ極悪なゴア表現も、過去の偉大なるホラー映画にリスペクトを捧げた、H・G・ルイス『血の祝祭日』からの血脈に収まるものであったのだ。
そして今作では『ブラッド・ピーセス 悪魔のチェーンソー』への過激なリスペクトが飛び出す。残虐さにドン引きしつつも、よくもまあそんな映画を引っ張ってきたものだ…と頬は緩んでしまう。残虐さの中に潜む無邪気さ。非人間的なグロさのみならず、そこはかとなく漂う陽性なバイブスも本シリーズが獲得した特徴である。このバイブスは極悪非道ながらもお茶目なキャラクター性を持つアートさんの魅力へと直結する。その点より考えると、ダミアン・レオーネの本質が判明した前作においてアート・ザ・クラウンというキャラクターは完成したと言えよう。
シリーズを重ねるごとにゴア描写との相乗効果でアートさんのキャラクター性も確立したが、同時に映画そのものが大きな物語を得はじめたことも大きな変化だ。今作でも戦うヒロイン、シエナが主人公を続投。アートさんとシエナの対立軸を映画に持ち込んだことで、物語としての大きな芯が通されることになった。そうなると展開は加速する。シエナの宿命とは?アート・ザ・クラウンとは一体何者であるのか?
物語の推進力となる謎とその答えが明かされてゆくことになる。これによって「ネタが割れてしまう」部分もあることにはあるのだが、それはシリーズものとしての必定。さらなる飛躍への必要犠牲といったところだろう。1作目より不気味さは減退したが、エンタメ性は間違いなく向上している。前作でのシエナの登場と超現実的な要素の混入により、シリーズはどの方向へも展開できる大きな翼を得た。極端なことを言うと、今作で「アートさんがタイムスリップして中世で大暴れ」なんて展開も可能となっていたのだが、そこは堅実に、着実に世界観を広げつつ歩んでいる印象だ。
どうやら本シリーズは4作目をいったんの区切りとしていると聞く。なので『テリファー 聖夜の悪夢』は最終回前夜。となるとブリッジ・エピソードのような「つなぎ」の役割を担う立ち位置だ。そうすると普通ならちょっとした食い足りなさを感じる向きもあるかもしれない。だがこの映画の異色さは焦点が残酷描写に置かれているところにある。つまりブリッジしつつも、ゴア描写がパワフルであれば食い足りなさを感じることは全くない。そんな離れわざが成立してしまう。シンプルこそ最強。
もともとが自主ベースのスプラッター作品であったがゆえのパワープレイなのだ。変な捻りは必要ない。見せたいもの(このシリーズなら「残酷」だ)の強度が高ければ道が開かれる。そんな人生に必要なことをシリーズの成功は教えてくれる。たぶん本シリーズのサクセスフルな歩みは、数十年後にビジネス書になっているだろう。断言してもいい!
…見える、見えます。電車にズラリと「殺人ピエロから学ぶ! 必勝の成功哲学」という新書の広告が並んでいるのが…!
ザッと『テリファー 聖夜の悪夢』を概観してきたが、結びとして「テリファー感覚」とでも言おうか、シリーズに漂う独特な雰囲気について紐解きつつ、『テリファー』周辺の今後の動きについても見ていこう。
先に述べた「テリファー感覚」とはシリーズに一貫している、ベタッとしたカメラワークがもたらす不穏さ、歪なストーリーテリング、それに付帯する絶妙な起承転結のテンポ感を指す。ブラッシュアップされたメジャー作品とは異なるそれは「インディーズ臭さ」と言ってしまえばそれまで。だが、とある映画にも同じ「テリファー感覚」を見たことから、この謎に光明が差し込んだ。その映画とは『Stream』(2024・未公開)。マイケル・リーヴィー監督による人間狩りスリラーだ。
家族旅行のため、とあるホテルに宿泊した一家。彼らをフロントマンがにこやかに出迎える。なんだかよい雰囲気ね、なんてマッタリしていると、目がビカビカ光る仮面をつけた殺人者たちが彼らを殺しにやってきた! そう、このモーテルは殺人生中継を配信し「どの仮面の殺人者が何キル達成するか」を賭ける殺人賭博場なのだ! 以上が『Stream』のあらすじとなる。
見せ場と興味を「殺し」に振り切ったアティチュードは『テリファー』シリーズに近い。だがそれ以上に撮影、ストーリーテリング、テンポ感が驚くほどに類似しているのだ。それもそのはず、監督のマイケル・リーヴィーは『テリファー』シリーズのプロデューサーで、特殊効果を務めたのはダミアン・レオーネその人。
レオーネはこの映画でプロデューサーも兼任、すなわち『テリファー』と逆の座組という形だ。それにしてもこの雰囲気の一致は驚きに値する。惜しむらくは仮面の殺人者たちにアートさんほどの個性が無いことと、残酷描写にもう一歩の踏み込みが欲しいところか。そして2時間という尺の長さも考えものだ。しかし『テリファー 終わらない惨劇』も大概であったので、これもまたテリファー感覚…。
リーヴィーは「ファズ・オン・レンズ・プロダクションズ」を率いてインディペンデント映画を中心に活躍するプロデューサー。氏が手掛けた中で一番のヒット作が『テリファー』シリーズとなる。
興味深いことにリーヴィーが頭角を現したのもまたピエロがらみなのだ。自作『Abnormal Attraction』(2018・未公開)のプロモーションとして、リーヴィーは街のいたるところに奇妙なピエロを出現させた。これはインスタを中心に話題となり、最終的にメディアが殺到。映画のプロモーションは全国紙を巻き込んだ規模にまで発展した。この事件で知名度を高めたリーヴィーは自分のプロデュースの手腕に自信を得たという。そんなリーヴィーがレオーネと出会ったのは20代半ばのころ。その出会いによりスプラッター映画への関心を高めたリーヴィーはレオーネと共に『テリファー』に続き『Stream』の制作へと至ったというわけだ。リーヴィーとレオーネの共通点は出身地にある。2人ともニューヨークはスタテン島の出身なのだ。
スタテン島、と聞いてピンときたホラー映画愛好家の方も多いのではなかろうか。スタテン島は悪名高きスプラッター監督を輩出した地であるからだ。その名はアンディ・ミリガン。『ガストリー・ワンズ』(1968年)や『血に飢えた断髪魔/美女がゾクゾク人肉パイに』(1970年)で知られる、血みどろ映画制作者だ。ミリガンの作風もまたレオーネのそれと共通点を見せる。印象的なカメラワークや、カラッとしていない陰惨さ、独特なテンポ感。この奇妙な一致をして、ここに「テリファー感覚」=「スタテン島感覚」なのではないか、という仮説を提唱したい。
H・G・ルイスがスプラッター映画を制作したフロリダで今なおスプラッター映画制作が盛んであるように、特定の風土がもたらす共通のアトモスフィアというものは否定できないはずだ。スプラッター映画の血脈における最先端であるアートさんは、実はミリガンの落とし子であった! と言うと多少の(?)飛躍感はあるものの、少なくとも『テリファー』の有する独自感覚においてスタテン島が重要なキーワードであることは確かだ。また、レオーネの出身はスタテン島の「グレート・キルズ」であるという、できすぎな話も加えておこう。
レオーネ、リーヴィーが組んだ『Stream』は欧米で概ね好意的な反応を得ていることから、もしかしたらこの2人が放つ次なるコンテンツとして飛翔してゆくかもしれない。そして、『Stream』には『テリファー』と共通する第3の男も潜んでいる。アートさんを演じたデビッド・ハワード・ソーントンだ。
ソーントンはまたしても人間をいたぶり愉しむ殺人者を怪演。そして『Stream』でも仮面をかぶっているので素顔を見せない! アートさんの姿を知る人が多くなれど、ソーントンの素顔にピンと来る者は少ない…。そんな有名無“顔”なソーントンは、リーヴィーとまたしてもタッグを組む様子。版権切れとなった作品をホラーに染めてしまうムーブメントは『プー あくまのくまさん』(2023)より顕著だ。その流れに乗って現れようとしているのが、ホラー映画版「蒸気船ウィリー」こと『ScreamBoat』!
この映画で殺人ミッキーを演じるのがソーントンなのだ。ハハッ! ブームに乗っかった一本だね! ハハッ! と思いきや、実は『テリファー』直系作なのである。この映画も注視しておきたいところだ。
さてさて、世間を席巻しているアートさんの背景を紐解くと、そこには残酷と商魂がうずまくスタテン島の影が見え隠れすることがお分かりいただけたかと思う。ここからまたどんなホラー映画が飛び出してくるか楽しみでならない。しかしまずは劇場で『テリファー 聖夜の悪夢』をお楽しみあれ。日本でもこの映画がヒットを飛ばしたら後に続くものが生まれやすくなる。それが一番大事なことだ。僕もクリスマスには劇場へと向かおう。そして吐く。めっちゃ吐く。クリスマス気分でホラー映画を楽しむカップルたちをビビらせてやるのだ。いいか、震えて眠れ。俺がお前らにとっての聖夜の悪夢だ!!
作品情報
『テリファー 聖夜の悪夢』
監督・脚本:ダミアン・レオーネ
出演:ローレン・ラベラ、デヴィッド・ハワード・ソーントン、サマンサ・スカフィディ、エリオット・フラム、ダニエル・ローバック、クリス・ジェリコほか
2024年/アメリカ/英語/124分/カラー/日本版イメージソング:「The Devil In Me」DIR EN GREY/宣伝:ガイエ/配給:プルーク、エクストリームフィルム
©Terrifier 3 LLC, 2024
公式 HP:terrifier-movie.jp X:@terrifier_movie Instagram:@terrifier_jp TikTok:@extreme__film
11 月 29 日(金)より TOHO シネマズ 新宿ほか全国公開!
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