幼い頃、1番になることは良いことだと感じることが多かった。テストで学年1位を穫れば親が褒めてくれたし、女子にモテるのは1番足が早いヤツだった。
そして現代、私が生まれ育った街は、「日本でもっとも気温が高い」と報道される機会が増えた。おかしい。1番なのに、ちっとも嬉しくない。熱中症アラートは毎日が「危険」と表示されるし、陽射しは暑いを超えて痛くて、とにかく息苦しい。
そんなわけで、外に出るのも億劫になり、冷房の効いた部屋から離れられなくなってしまった。そんなタイミングで配信が始まった映画が『ザ・ラストハウス』である。
とある一家が突如、家に閉じ込められた。ドアは開かず、窓ガラスはどうやっても割れない。一家の大黒柱であるジェイソンは平静を保とうとするが、まだ幼い息子と娘も精神的に疲弊し、妻がやりくりしてくれていた食料も尽きかけていた。それでも家族を守るために必死のサバイバルを続けていた彼らの家に、雨の中から“何者か”が迫ってきて――。
本作は8月7日に配信が始まったばかりのNetflix映画で、監督は『トランスポーター』『インクレディブル・ハルク』のルイ・レテリエ。突然のサバイバル生活を強いられる一家の夫をヴァグネル・モウラ、妻をグレタ・リーが演じている。


家に閉じ込められる、という感覚は、まだ記憶に新しいという方も多いのではないだろうか。全世界がパンデミックに覆われ、外出を制限されたあの時代。もちろん、それでもインフラを維持するために尽力してくれた人がいたり、インターネットが生きていれば外界と繋がれたりと、私たちは真の意味で孤独を味わったわけではなかった。
ところが、本作『ザ・ラストハウス』は、さらに絶望的な状況へと主人公一家を追い込んでゆく。ドアや窓から脱出できないのはもちろん、インターネットも不通となり、電気やガスもいつまで使えるかわからない。外への連絡手段が途絶え、近隣住民とは文字を書いたボードで窓越しに意思疎通を図るが、どうやら他の家も同じ状況らしい。少なくともこの街の住人全員が、不可思議な力によって家に閉じ込められている。


そんな異常事態に晒されながら、二人の子どもを守るため父ジェイソンと母アンは、出来る限りの日常を維持しようと努力する。本来なら学校に行っている時間は子どもたちに勉強をさせ、時には身体を動かしたり魚の捌き方をレクチャーしたりと、生き延びる術を子どもたちに伝授している。食事を切り詰めつつ、家の中でできる野菜の栽培にもトライし、夜には家族で映画を観て笑顔を絶やさないようにする。ネットが使えないので観られる映画は手持ちのDVDに限られるが、Netflix映画という出自を思えばこれも愉快なシーンだ。
子どもたちを絶望させないため、努力を欠かさない主人公夫妻。二人は実に賢く、エンジニアであるジェイソンはDIY精神で必要なものを造り出し、アンは季節感を失わないようクリスマスには家にあるもので子どもたちにプレゼントを用意する。非日常の中でつとめて日常を歩もうとすること。災害大国であることを否応無く意識させられるこのタイミングにおいて、理性的であろうとする保護者の在り方がやけに頼もしい。


しかしそれでも、無慈悲に限界が訪れる。成長期真っ只中の子どもたちのお腹が満たされることはないし、見て見ぬふりをしていてもストレスは日々蓄積している。ついにそれが爆発した瞬間、母アンは冷蔵庫の中身という「現実」を子どもたちに直視させる。時を同じくして愛犬も衰弱していき、ジェイソンはとても残酷な方法で別れを告げるのだが、夫妻はさらに大きな葛藤に苛まれる。犬の肉を食うべきか否か、と。
彼らがかろうじて維持してきた日常や倫理観を、「飢え」という絶対の渇きによって自ら手放さなければならない、という悲痛さ。前述した冷蔵庫の中身を目の当たりにする子どもたち二人のリアクションもさることながら、良き父良き母であろうとしてきた二人が一人の人間として苦しみを吐露する、その過酷さを表現したシーンは本作の白眉であり、目をそらしたくなるほどに生々しい。


さて、本作にはこの異常事態を引き起こしたであろう存在が登場する。その正体を本稿で明かすことはしないのだけれど、興味深いのは人間たちを「家」という空間に閉じ込めた意味合いと、“彼ら”の生態との関係性である。
主人公の家には魚を飼う水槽があり、ジェイソンは冒頭釣りに出かけていて、水と魚は一家が日常の象徴を手放すシーンにおいても印象的なモチーフとなっている。人間は水なしでは生きられないが、魚とてそれは同じ。だが、同じ水でも淡水と海水は成分が大きく異なり、人間は後者では生存を維持できない。
時に、地球とは宇宙人などの上位存在が管理する空間であり、私たち人間はその箱庭で住まうことを許されたシミュレーションの存在である、という仮説を聞いたことはないだろうか。その真偽はおそらく我々には証明不可能であるとして、動物を檻に入れ、魚を水槽に入れることもある我々人間は自分たちも飼われる存在である、という想像力が働いてしまうのは、果たして幸福と不幸のどちらかだろうか。


煙突と家のヒビから雨水を手に入れ命を繋ぐジェイソンら一家。私はそれは、何だかあらかじめ用意された「水槽」のように思えてならない。生存のためのリソースを上位存在から供給され、それが途絶えたとしてもその空間から脱出できない。かつて『進撃の巨人』が人類を食う/食われるの食物連鎖に引きずり込むことで誰もが抱く潜在的恐怖をあぶり出したように、本作『ザ・ラストハウス』も人間を魚に見立てた“何者か”の意思が人類を究極のサバイバルに突き落とした点で、両作は近しい作品と呼べるのかもしれない。
と、少し真面目なトーンで紹介してきたものの、直近では『ワイルド・スピード/ファイヤーブースト』のメガホンを取った監督の最新作なだけあって、あっと驚くアクション的見せ場も終盤には用意されている。言うなれば『ミスト』と『ホーム・アローン』の思いがけぬミックスを披露しており、見ごたえは抜群。
時節的にこのようなシチュエーションの映画が受け付けられない地域もあるかもしれないが、酷暑を避けて自宅にこもって観るにはピッタリな一作。お手元に水分をたっぷり用意した上で、ご鑑賞ください。
映画『ザ・ラストハウス』はNetflixにて独占配信中。
https://www.netflix.com/title/81914143







