2022年、ある1本のホラー映画がアメリカで公開され、スマッシュヒットした。それが『Smile』だ。当初、パラマウントのストリーミングサービスで配信される予定だったが、テスト上映が好評だったため劇場公開に切り替え。
野球会場にヤバイ笑顔の役者を配置するなどの攻めたスマイル宣伝で話題性を高めて上映を開始したところ、見事に大当たり!1700万ドルの予算に対して全世界で2億1700万ドルという驚異的な売り上げを記録した。
ここ日本では何故か配信オンリーでひっそりと上陸予定だが、間違いなく2022年を代表するホラーとして大きく存在感を残した作品である。私はこの度、輸入盤を手に入れて、日本人としては一足早く鑑賞したので、今回はこの『Smile』の魅力を紹介していきたい。
幼いころに死にゆく母親を目撃したことで心に傷を負った女性ローズ(ソシー・ベーコン)は、そのトラウマを抱えながら精神科医として働いていた。そんなある日、彼女のもとに異様に怯える少女が患者として訪れる。ローズは早速カウンセリングを行うが、何か様子がおかしい。そして突然、少女は口が裂けんばかりの笑顔を浮かべながら、自らの首を切り裂き命を絶った。それを機に、ローズの日常を異様な笑顔が侵食していく。精神的に追い詰められていく中で彼女は、自身が恐ろしい呪いにかかっていることを知る……。
本作は、フィン・パーカー監督が過去に手掛けた短編ホラー『Laura Hasn’t Slept』を長編映画化したものだ。オリジナル版は、一部屋で完結するミニマムで不穏かつ理不尽極まりない内容だったが、本作はそれをベースとしながらも呪いに明確なルールを持たせ、『リング』を彷彿とさせる内容に仕上げた。結果的には、これがかなり功を奏している。『Smile』の素晴らしい点はいくつかあるが、まずは笑顔の良さについて書いていく。
一般的には、笑顔は敵意の無さを相手に示し、他人との距離感を縮めるものだ。しかしその一方で、表情筋の使い方やタイミングを間違えると一気に不気味に感じてしまう。この特徴を活かして、ホラー作品ではしばしば笑顔が敵意・恐怖のアイコンとして使われてきた。『IT / イット』に出てくるペニーワイズなんかはその代表的な例だろう。ホラーではないが、バットマンのヴィランで超有名なジョーカーも笑顔を悪意的に使用している。本作も、タイトルが示す通り笑顔が恐怖の象徴となる。
笑顔を怖いものとして描くこと自体に目新しさは無いが、その使い方がかなり上手い。本作の呪いの笑顔は、目が全く笑っていないのに、口角は人体の限界ギリギリまで引き上がっているタイプのやつ。敵意と相手が怯えているのを楽しんでいることがヒシヒシと伝わる見事な邪悪笑顔である。そこに、人の目の前で自殺するという行動が加わり、トラウマレベルの恐怖が生まれている。
主人公がいきなり患者のニッコリ自殺を目撃するという冒頭の掴みも完璧で、こちらが構える前に一気にスマイルの土壌に引きずり込まれる。そしたら後はひたすら笑顔の恐怖をノーガードで浴び続けることになるのだ。
しかし、ただ笑顔でゴリ押しするだけではない。ここが本作のもう一つの優れた点だ。前述した通り、この呪いにはルールがある。それが何かはここでは書かないが、これがかなり性格が悪くて素晴らしいのだ。何故呪いが付きまとうのか、これを解除するにはどうしたらいいのか。明確にすると恐怖が霧散するような部分はあえて伏せて、逆に恐怖が倍増する情報は開示する。
何を語り何を隠すのか、その取捨選択がセンス良く、後半で何故呪いに巻き込まれたのか、ある程度明らかになっても怖さが軽減しない。また、ルールが途中で有耶無耶になる作品が多い中、本作は提示したルールから逸脱せず、最後までその中で話が展開するのも偉い。これが出来ている映画は結構少ないので……。インパクトのある笑顔とそれを最大限に活かしたサスペンス性、この組み合わせが本作を一級品のホラー映画にしたと考えている。
あとは、主人公の凄まじい追い詰められっぷりも恐怖に拍車をかけている。ローズは、自殺を目の当たりにした日を境に、家や職場、その他あらゆる場所で他人には見えない笑顔を目の当たりにするようになる。それは様々な方法で彼女を脅かす。だが誰も信じてくれず、彼女自身が精神的に参ってしまっているのではないかと疑われる始末。ローズの周りは凄く良い人たちばかりで、元々かなり恵まれた人間環境のもとで過ごしていたのだが、呪いにかかってからはむしろそれが辛さを加速させている。
周りの人は寄り添おうとしてくれるのだが、呪いについては誰も信じてくれないので、彼女にとって決して救いにならない。だから余計に追い詰められて周りに当たってしまう。そして夫が、姉が、周りの人たちが少しずつ離れていく。誰も助けてくれない、助けようがないという地獄のような状況。本作はそれを懇切丁寧に描いてくれる。なんて厭な展開なんでしょうか……。
そんな状況をあざ笑うかのような、不気味極まりない劇判も素晴らしい効果を生み出している。『ホワイトロータス 諸事情だらけのリゾートホテル』などの劇判を手掛けたクリストバル・タピア・デ・ヴィーアによる、人の唸り声や呻き声のような音楽が、耳にこびりつく不気味な響きで、これも怖さを倍増させる。本作では、メインの楽器としてダクソフォンが使用されている。これは、独特なデザインの木片をバイオリンやコントラバスといった弦楽器の弓で擦って演奏するものだが、人の声のような音を奏でられるので採用したのだという。
そうして、地獄の底から漏れ出ているような心をざわつかせる劇判が完成した。本作を鑑賞する際は、できるだけ良い音を聞ける環境を用意することをオススメします。ここがなあ~映画館で観られたらな~。日本だと配信オンリーなのが本当に残念!
そしてもう一つ、ここが特に評価したいところ。それがジャンプスケアだ。これは大きな音と怖い映像を合わせて突然ドーン!と出して脅かす恐怖描写を指すもので、これを嫌う人は結構多い。「ただ音でビビらせるだけだ」とか、「何の技術も必要ないこけおどし」とか、散々な言われようをしている。
確かに、安易な脅かしを多用して観客を辟易とさせる作品が多いのも事実だ。それでジャンプスケア=ダメなホラーと結びつける人が多いのだろう。だが、私はこれが、何の技術も必要ないただ音を鳴らせばいいだけのやつという考えは間違いだと思っている。
観客を心の底からビビらせるには、恐怖シーンに至るまでのシチュエーションの積み重ね、静寂パートを配置するなどのタメ、観客の意識と視線を画面に引き込みつつ注意を逸らす高度なカメラワーク。これら全てをやり切ることが必要だ。ジャンプスケアとはそうした技術の結晶なのだ。本作はまさにそれを体現している。
タメと脅かすタイミングが抜群なのはもちろん、そこに的確にハズしも入れることで、最後の最後まで観客に慣れることも脅かす位置を予想することも許さない。来るか!と思ったらほんのコンマ2秒くらいタイミングを遅らせて、更に場面転換をしてドン!と脅かすとか、とにかくあらゆる手を使ってジャンプスケアを炸裂させる。人が一番油断したところに恐怖を差し込む天才だ。
これまで下に見られてきた恐怖描写の逆襲、それが本作だと思う。実際、フィン・パーカー監督はインタビューでも「ジャンプスケアは適切に使えば最大限に恐怖を生み出すことができる」と答えている。高尚なホラー映画にはジャンプスケアが無い、ジャンプスケアは手抜きの象徴だと言われるが、監督にとっては、これこそがホラーを他のジャンルと区別する、直接的な恐怖体験を生み出す表現なのだと。私もまったく同じことを思う。これが全てではないが、ホラーをホラーたらしめる、一つの確立した技術なのだ。
普段なかなか共感されることが無く少し悲しい思いもしていたが、ジャンプスケアを良く思っている人がいたことが嬉しいし、それを1本の映画として形にして証明してくれたことは本当に喜ばしく思う。
長編デビュー作でここまで優れたホラー映画を作ってくれた監督に感謝を伝えたい。特にジャンプスケアの地位を高めてくれたことに対してありがとうと言いたい。不快で邪悪な要素を取り入れつつ、鋼の心臓がいくつあっても足りないような極上の即物的恐怖を味わわせる。これ以上何を望みましょうか、という感じです。
嬉しいことに、続編の企画も始動しているという。果たしてスマイル・ユニバースはどこまで広がるのだろうか。今後のフランチャイズにも期待したい。そしてフィン・パーカー監督の今後も楽しみだ。次々と新しい才能が生まれるホラー界。まだまだこのジャンルは安泰だと思わされる作品でした。
itune:https://itunes.apple.com/jp/movie/id1646701590
U-NEXT:https://video.unext.jp/title/SID0079921?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_campaign=nonad-sns&rid=PM029491169
4月7日現在、Amazonにてレンタル配信しているものは字幕吹替が存在しません。追加され次第こちらにも追記します。
※4/7 U-NEXTで配信していた為追記しました。
インドネシアホラーの存在感と勢いが年々増している。そんな中、ここ日本で2023年2月に『呪餐 悪魔の奴隷』が公開される。これは2017年に製作された『悪魔の奴隷』の続編で、なんとIMAXカメラで撮影もされた相当気合の入った作品である[…]
最新のホラー記事