現代の「質の良い作品」とは何か。映画業界を題材にした小説『スター』

どうもこんにちは、えのきです。

今回は映画……ではなく、映画業界を題材にした小説を紹介したいと思います。
ムービーナーズさんでこうしてレビューをしていたり、サメ映画のような映画の賞とは程遠いジャンルを好んでいる自分としてはところどころ他人事ではない話もあった小説で読んだ後色々考え込んでしまいました。

その小説はこの秋、朝日新聞出版社から出版された『スター』です。

著者は『桐島、部活やめるってよ』や『何者』の直木賞作家である朝井リョウ。様々な立場の人間の自意識や価値観の違いを書き出すことに秀でた作家ですが、今作では映画業界にスポットが当たっていてより広く業界や社会の移り変わりが描写されています。

そんなわけであらすじから行ってみましょう。

『スター』朝井リョウ

あらすじ

「どっちが先に有名監督になるか、勝負だな」
次世代スターの登竜門である映画祭でグランプリを受賞した立原尚吾と大土井絋。
コンビで一つの作品を作り上げた二人の大学卒業後の進路は対照的だった。
名監督への弟子入りをする尚吾、Youtubeでの発信という道を歩む絋。
「質のいいものに触れろ」という祖父の教えを忠実に守り、『質の良い映画』を作ろうと腐心する尚吾。
質の良いものの発信以上に短期間、定期的にコンテンツ発信を求められる絋。
過去と現在、コンテンツの質と価値はどのように変化しているのか。
価値を測る物差しそのものが揺れ動く現代で変わらないものはあるのか。
名画座で流れる映画、Youtubeで日々発信され続ける動画、国民的スター、Youtuber、オンラインサロン、そしてそれを享受する人々。
プロとアマチュアの境目の消えた今、スターとは何なのか。
二人の若きクリエイターを軸に今のコンテンツを取り巻く環境が描かれていく。

本作、『スター』のテーマはインタビューなどでも語られているのですが「質と価値」
面白さとしては「今」のコンテンツを取り巻く「質と価値」とされるものが章ごとにひっくり返されるところでしょう。
読者の目線でも漠然とした、でも個人個人で信じている「良質」という概念が読み進めるうちに反転する。賞などの権威によってつけられていた「価値」も動画サイトのPV数や登録者数によって反転する。
一つの視点で正解とされるものが一方の視点では違うという事柄が示されていきます。

「質のいいものに触れろ」という祖父の教えに忠実な尚吾に対比されるように
「よかて思うものは自分で選べ」いう父の言葉について考えながらYoutubeでの動画作成・配信に取り組む絋。
その二人を軸に描かれる葛藤は個人の葛藤から「今」を取り巻くコンテンツ消費の在り方についてを浮かび上がらせています。

ーーこれでは、まだ世に出せない。

 いま目の前にあるものが世に出ることができて、自分の作品はそうなれない理由はなんなのだろう。ここに並んでいるものの中には、きっと、自分が作るものより質の低いものだって一つや二つあるはず、いや、もしかしたらほとんどがそうなのではないだろうか。

 朝井リョウ『スター』朝日新聞出版、2020年、114~115P

「良質」とされる権威のある賞にたびたび選ばれるような映画を制作する監督に弟子入りした尚吾が直面する葛藤は、良質であるが故にすぐに作品を世に出せないという葛藤。

「俺、ここ最近ずっと、人気の奴らの動画観て回ってたんだけど」
 大樹の口元が歪む。
「今はもう、クオリティの時代じゃないってことがよくわかったよ」
 こちらを向いている煙草の先端が、腐りかけた銃口のように、じわじわと黒ずんでいく。
「まず完全に、質より量。面白いかどうかより毎日顔見せてるかが大事。いかに視聴者の毎日にあるスキマ時間に滑り込むか、ここが勝負なんだよな。内容は、Youtube内で流行ってることを何でもいいからとにかく真似とかでいい。あとはバズり待ち。本当に面白いことやってる奴はごく一部。大体はこっちのケースだな」 
 いつもなら、近くで煙草を吸い始めた人がいると自分も吸いたくなるのだが、今はなぜか、慣れているはずの煙草の匂いがやけに苦々しく感じられる。

朝井リョウ『スター』朝日新聞出版、2020年、P158

反面、すぐに作品を世に出すことができ、レスポンスが返ってくる環境で映像制作に取り組む絋が直面するのはいともたやすく消費され、少し時間が経つと誰も覚えていないという現実です。

師事する監督に「まだ世に出せる品質ではない」と自分の脚本について指導される中、世に出される指導される水準よりもはるかに下であるような「やすかろう悪かろう」と言えるような作品の多さに地盤を揺るがされる日々と「毎日更新」といった「求められるもの」に自分が拘りたい映像の表現を不要とされる絋の日々はSNSの盛り上がりで誰でも簡単に発信が出来る反面、バズったとしても一瞬で忘れ去られてしまう。
丹念に気合を入れて送り出した「質の良い」ものよりも皆で盛り上がれる話題性の方がむしろ重要で価値が高いものとされる苦しみ。

「でも、正直に言うともう、よくわかんなくなってるわ」
 予想外の言葉が、尚吾の顔に当たる。
「俺も鐘ヶ江さんからずっとボツくらってたけど、確かにわかるんだよ。書きながら、自分には何かが足りないってずっと思ってた。その何かが何なのかは結局わからなかったけど、何かが足りないことはずっとわかりながら書いてた」
 占部が足を組み直す。
「その間、俺よりも何もかもが足りないって思ってた同世代の奴が、どんどん作品を発表していった」

朝井リョウ『スター』朝日新聞出版、2020年、129~130P

クリエイターだけでなく、映画、音楽、漫画、小説、イラスト等、何かコンテンツに入れ込んだことがある人ほどもしかすると、一度は考えたことがある悩みかもしれません。
「なんでこの作品がこんなに流行ってるんだろう。自分の知っている作品(映画・アニメ・ゲーム・漫画等……)の方がクオリティが高いのに」といった感情や葛藤。

そんな「人それぞれ」「考えすぎじゃない?」で済ませてしまいがちな葛藤に本作は常に向き合い続けます。

映画が題材の作品ですが、映画に限った話ではなく創作であったり、何かしら音楽、映像、イラスト、文章を発信している、したい人々には「響く」内容ではないでしょうか。

読んでいて、こうしてムービーナーズさんで記事を書いたりする自分にも他人事ではない気持ちになる瞬間がたびたびありました。
例えばTwitterなんかでも映画の公開と共にある種の「大喜利」のような感想があっという間にバズり、共有されていくことがあります。

「実質○○な××」「見る狂気」「開始○○秒で××を超えた狂気が噴出」「脳が破壊される120分」
そんなパワーワード、箇条書きツイートが反響を呼び、実際のそういった話題から映画に見に行く人が現れる……なんてことも話題の映画を追っているとたびたび目にする場面だったりします。

映画について細かな批評であったり、背景の解説、長文の感想文よりも、そういった1ツイートでのパワーワードの方がより訴求効果があったりする。
同時にそんな紹介ツイートをキッカケに興味を惹かれる時もあることや、「でも自分の書いている映画紹介、意味があるものなのか?」と葛藤したりします。

実際のところ自分がムービーナーズさんで書いている「サメ映画」というジャンルも「ちゃんとした映画」からしたら鼻つまみものではあると思うんですよね。
とにかく話題作の外見をパロったタイトルであったり、低コストでスピード勝負で作ったような高品質とは言えない映像の数々。
だから『スター』を最初読み始めた時には「質の良い映画」を作ろうと腐心する尚吾にやや白い目を向けて読み始めたところはありました。
「質が良い、優れているってそんなの人が勝手に決めたものさしだろ……」みたいに。
でも、同時に自分が映画感想とかを見る時にもそれは言える話なんですよね。

自分はブログ記事とかで長文で書かれた感想が好きなんですが、そうではない人からしたらツイートで要点をパワーワードで作品の特異性をわかりやすく伝えてくれる布教の方が好きなのかも知れない。もしかすると文字である事自体、「面倒」で動画の方がずっといいのかもしれない。
長文で丹念に書かれた感想であったり、紹介記事は時間がかかるだけで無駄と感じるかもしれない。

コンテンツの土壌が豊かになり、誰でも発信出来るようになったが故に「ブレない軸」というものを持つことはとても難易度があがったように感じます。
自分にとっての「面白い」が常に何かと比較される、本来別の評価軸であるはずのものが一律に評価されること。
そんな中で、どうやって物づくりをしていくのか。自分の「質と価値」を信じるのか。

もっと言うのならば「直木賞作家」である朝井リョウ自身がこのように従来の価値にメスを入れる作品を書くぐらい、現在の「質と価値」が揺らいでいるのでしょう。従来の重きを置かれていた賞を受賞した人間がその土台にメスを入れる、『桐島、部活やめるってよ』や『何者』などの作品で様々な人々の異なる視点を同時に書いてきた作家だからこその問題意識が垣間見えるところが面白いです。

『スター』は映画制作を題材に、権威ある賞、PV数、バズ、ポリティカルコレクトネス、ファンコミュニティ……と近年多様化する評価軸の中、かつて誰にでも通じた『国民的スター』という概念も揺らいでいる現代で、どのように信じるものを見つけるかという葛藤と模索が繰り返されていく小説です。
自意識などを描き出すことに秀でている朝井リョウが「映画制作」というモチーフからそこにある個人の感情だけでなく、
現在のコンテンツの環境も描いた良作だと思います。

普段とはだいぶノリが変わってしまいましたが、映画に触れることが多い人、インターネットでの評価される風潮に思うところがある人は手に取ってみるのはどうでしょう?

次は映画とかの話を書きたい!ではまた次回!

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