映画『6月0日 アイヒマンが処刑された日』レビュー!火葬禁止の国で最大の敵を燃やす…知られざる「焼却炉プロジェクト」を描いた歴史映画とは?

ヤマダマイ

この時期、毎年必ず製作される映画といえば…

夏のホラー映画?

ティーンがときめくスイーツ映画?

いいえ、ナチス映画です!!

7月にはナチス×チェスという異色のバトル映画『ナチスに仕掛けたチェスゲーム』が公開され、8月にはナチス×ボクシングという実話ドラマ『アウシュヴィッツの生還者』が公開されました。

そして9月8日(金)に公開される映画『6月0日 アイヒマンが処刑された日』ナチス×焼却炉プロジェクトというもの。

同じ悲劇を繰り返さないためナチス映画は歴史を語り継いできましたが、まだナチス映画には語られていない極秘プロジェクトがあったのです。

映画『6月0日 アイヒマンが処刑された日』あらすじ

ナチス親衛隊中佐であり、ユダヤ人大量虐殺に関与したアドルフ・アイヒマン。終戦後、潜伏先のブエノスアイレスにてイスラエル秘密諜報機関(モサド)に捕らえられ、1961年12月に有罪判決。そして、イスラエルの「死刑を行使する唯一の時間」にのっとり、62年5月31日から6月1日の真夜中に死刑が執行される。

アイヒマンの死刑判決が出た頃、リビアから一家でイスラエルに移民してきた少年ダヴィッドは学校にも馴染めず、盗みを繰り返してばかり。そんなとき、炉の掃除ができる少年を探している町工場で働くことになる。

工員たちに可愛がってもらい、工場の社長ゼブコからも気に入られるようになったダヴィッド。ある日、ゼブコの戦友である刑務官ハイムから「アイヒマンを火葬するための焼却炉を作って欲しい」という極秘プロジェクトが持ち込まれるーー。

火葬NGの国でアイヒマンを火葬する

(C)THE OVEN FILM PRODUCTION LIMITED PARTERNSHIP

これまでさまざまなアイヒマンをテーマにした作品が製作されてきましたが、火葬を題材にした作品は本作が初です。

というのも、イスラエルは人口の9割がユダヤ教徒とイスラム教徒を占めており、法律と宗教面からイスラエルでの火葬が禁止されているのです。当然、火葬設備も存在しないため、異教徒のアイヒマンを火葬する手段もなし…。

死刑執行も限られた日時しかないため、焼却炉が間に合わなければ、国を巻き込む大問題になるわけです。

監督は『マッド・ガンズ』のジェイク・パルトロウ

本作の監督を務めたのは『SE7EN』に出演した俳優グウィネス・パルトロウの弟であり、『マッド・ガンズ』やノア・バームバックと共同監督で手掛けたドキュメンタリー映画『デ・パルマ』で知られるジェイク・パルトロウ。

監督が幼い頃から父と議論をかわし、一緒に考えたものが第二次世界大戦とユダヤ人の歴史でした。法的・宗教の面で火葬を行わないイスラエル当局が火葬を実行に移した事実に興味を持ったことが、本作を監督した理由だと監督は語っています。

絶対にアイヒマンを灰にするという強い意志

(C)THE OVEN FILM PRODUCTION LIMITED PARTERNSHIP

本作ではアイヒマンの”死”を中心に、そこに携わる人たちに注目した群像劇となっています。

収容所から生還した町工場の工員をはじめ、アイヒマンと近くで関わるプレッシャーに精神をすり減らす看守、忘れたいはずの収容所での過去を語り継ぐ男性…。

ユダヤ人に非道なことをしたアイヒマンを養護する人などイスラエルには当然おらず、焼却炉プロジェクトは敵討ちのようなものでもあります。

ゼブコ社長も「焼却炉は造るから、アイヒマンは工場に連れてこい。ここで燃やす」といい、火葬が法律で禁止となるイスラエルは「アイヒマンは異教徒だから火葬する」と、徹底してアイヒマン火葬への執念を感じられる作品となっています。

しかし、彼らの心境としては燃やすだけですべてが解決するわけではありません…。プロジェクトに携わる彼らの心苦しさは画面越しからも伝わってきました。

ジュブナイル的な一面もあるナチス映画

(C)THE OVEN FILM PRODUCTION LIMITED PARTERNSHIP

一方で、移民の少年ダヴィッドはアイヒマンがユダヤ人にしたことへの実感がいまいち持てません。学校にもうまく馴染めず、物を盗む悪い癖までついています。

そんな居場所をなくしたダヴィッドにとって、ゼブコ社長の町工場は学校よりも居心地の良い場所になります。焼却炉プロジェクトも、自分が必要とされる大きな仕事になりました。

そこに復讐心や恐れはなく、ひとつのものを皆で作ろうとする純粋ささえ感じられます。この「焼却炉プロジェクト」に対する、大人たちとの気持ちのギャップもポイントのひとつ。

ダヴィッドはどういう想いで焼却炉プロジェクトに係わり、その考えが最終的にどう変わったのかが大きな見どころになっています。

子どもが主人公のナチス映画といえば、ホロコーストを描いた『縞模様のパジャマの少年』のように暗く悲しい作品から、空想上のヒトラーと友達になる少年の姿をユーモアたっぷりに描いた『ジョジョ・ラビット』などがあります。

『6月0日 アイヒマンが処刑された日』はそのどれにも属さない、少年の短い青春を描いた作品としても観れました。

実際、ダヴィッドが喧嘩をしたり、物を盗んでは全力で走ったり、工員たちと仕事をする様子はとても瑞々しく描かれています。一方で、看守など、大人たちのパートは非常に重くシリアスです。

ダヴィッドの青春とユダヤ人を大量虐殺したアイヒマンという奇妙なギャップにも注目してほしいです。

恐ろしいほど緊張感ある散髪シーン

(C)THE OVEN FILM PRODUCTION LIMITED PARTERNSHIP

歴史的瞬間に携わる人々を描く中で、とりわけ印象的だったのが、看守がアイヒマンの散髪に同伴するシーンです。

「ドイツから妻が来るので髪切りたい」というアイヒマンが散髪中に不審な行動を取らないよう、看守は異常なほど神経を尖らせます。

刑務所にやってきた床屋にはこれ以上ないほどボディチェックを繰り返し、ハサミが入るたびに目を血走らせて警戒を怠りません。

世界広しといえど、大勢の人間を死に追いやった人物の髪を、あんな物騒なものを向けられながら切る床屋なんていないでしょう…。

行動の一つ一つを監視される床屋が看守に放った言葉は、看守の異常な精神状態を痛烈に言い表していました。

レコードから流れる優雅なクラシックに反して、どんどん極限状態に突入していく看守の精神状態は、この映画の中でももっともハラハラする場面でした。ここまで手に汗握る散髪シーンはほかにないのでは…?

まとめ

作中では自分の過酷な歴史を語る辛い行為を「後世に歴史を伝えるため」に、使命として続ける男性が登場します。

ナチス映画もその歴史を風化させないため、時にシリアスに、ときにコメディタッチと、あらゆる手法で制作されてきました。

一方で、時間とともに明らかになる歴史もまだあるはず。本作もそのひとつであり、新たな歴史を暴き出す重要性が伝わる作品でした。

映画『6月0日 アイヒマンが処刑された日』作品情報

(C)THE OVEN FILM PRODUCTION LIMITED PARTERNSHIP

公開日:9月8日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国公開

監督:ジェイク・パルトロウ 脚本:トム・ショヴァル、ジェイク・パルトロウ
出演:ツァヒ・グラッド 、ヨアブ・レビ 、トム・ハジ、アミ・スモラチク、ジョイ・リーガー、ノアム・オヴァディア

2022年/イスラエル・アメリカ/ヘブライ語/105分/ヨーロピアン・ビスタ/カラー/原題:JUNE ZERO/日本語字幕:齋藤敦子

配給:東京テアトル 宣伝:ロングライド
公式サイト:rokugatsuzeronichi.com

最新情報をチェックしよう!