誰しも生きていれば、嫌な思い出や人との確執を経験するものですが、その克服方法は千差万別。別のことに打ち込んだり、セラピーを受けたりなど…。ことクリエイターとなると、負の体験を創作エネルギーとしてぶつけることもあります。
だからと言って、自分の家族で体験した暗い思い出を、実際の家族に演じてもらい、自分自身も出演するなんて狂気的なことをする人が…
いました。
人間不信になるパンデミック映画『イット・カムズ・アット・ナイト』や、「プレイリスト・ムービー」と称された『WAVES /ウェイブス』など、今ノリにノッテいるトレイ・エドワード・シュルツ監督。彼の長編デビュー作『クリシャ』は、実の叔母と親族の間に起きた軋轢や、薬物・アルコール中毒の父親との実体験がベースとなった、あまりにもダークなホームドラマです。
「なんでそんなトラウマを蒸し返すような映画を作ったの…」そう思わずにはいられない禍々しいシーンや演出も満載でした。同時に、監督があえて過去の辛い思い出を再現する理由もこの作品から伝わってきます。
映画『クリシャ』あらすじ
親族から避けられているクリシャは姉の自宅で開かれる感謝祭に参加するため、自分から捨てた家族と再開する。妹夫婦だけでなく大勢の親族・子どもたちが集まる中、クリシャは過去の過ちを償うかのように懸命に振る舞うが、息子のトレイだけはクリシャを受け入れようとはしなかった。やがて思い通りにならないクリシャは精神的に不安定となり、止めていたはずのアルコールを口にしてしまう。埋まらない溝は感謝祭に不穏な空気を運び込み、ついにクリシャの感情も乱れ始める……。
上記でも書いたように、映画『クリシャ』は監督の実体験をベースとし、監督の親族や監督自身が出演しています。まるで再現ドラマのような構成ですが、随所に監督のこだわりや、暗い過去を追体験させられる演出が見どころとなっていました。
想像するだけで胸がキュッとなるメンタルホラー
『クリシャ』はホームドラマをうたっているのに、まずOPからしておどろおどろしい。真っ黒な背景にアップのクリシャが映し出されますが、その表情は明らかに楽しいものではありません。まるでこれから始まる本編を前に「私はこんなことをやらかしました…」と懺悔でもしている暗さを孕んでいます。
クリシャは過去の自分を悔い改め、クリーンな状態で家族との再会を果たそうとしますが、大荷物を車に忘れたり、姉の家を間違えたりと、先行きが思いやられることばかり…。何とか家に着いたクリシャに対して家族はハグやキスをしますが、そのやり取りもどこかそっけない。そして家族の空気が少しずつギクシャクしていくように、不安定な空気に同調してクリシャの様子もおかしくなっていくのです。
クリシャはとくに息子・トレイ(演じるのはトレイ・エドワード・シュルツ監督)との関係を修復しようとしますが、二人きりで話しているのにトレイは一切クリシャと目を合わさないなど、果てしない溝の描き方もホームドラマらしからぬ緊張感を持っています。
その一方で、料理で忙しい女性陣やバカ騒ぎばかりしている(いい歳した)男性陣の対比など、ホームドラマならではの場面を入れることで、よりクリシャの孤立を強めています。さながら、飲み会や打ち上げで話し相手がおらず孤立する人を見ているような、胸がキュッとなる不快感が押し寄せるのです。
トレイ監督流「しくじり先生」~俺たちみたいになるな~
本作はどこを切り取っても前向きな家族ドラマとは言い難い、いわば「アンチホームドラマ」の側面が強いです。何の解決策も打ち出せないまま、クリシャは精神的にどんどん不安定になり、ついに避けられない衝突が幕を開けることに…。しかし本作で失態を犯しているのは、クリシャの息子・トレイにも言えることです。
作中では何度もクリシャがトレイに歩み寄り、赦しを請う場面が登場しますが、その全てにおいてトレイは彼女を拒絶してしまいます。だんだん観客も「あの時、クリシャを赦していれば…」と感じるほど、監督自身が当時の振る舞いを悔やむかのように見て取れました。(あの時赦していたら、この怪作は誕生しなかったというジレンマもありますが…)
また、クリシャの義弟が彼女以上に不安定な様子を見せる場面があり、そのナーバスっぷりにトレイが巻き込まれるシーンもあります。トレイ監督の父親がアルコールと薬物依存だった実体験が義弟というキャラに反映されていたら、監督にまつわるあらゆるネガティヴな記憶が作中に散りばめられていると考えることも可能です。回転を続ける意味深なカメラワークや無数の犬。そのうちの一匹とクリシャのヒヤリとするやり取りなど…。
公になっている情報以外にも、監督のネガティヴな記憶が反映されていると考えると、本作の凄みがより増してきます。
地獄のセラピー映画
「地獄のホームドラマ」と聞くと、身の毛もよだつ血みどろな展開を予想するかもしれませんが、本作はクリシャが刃物をもって家族を襲うような映画ではありません。
しかし、手に負えないほど泥沼化する感謝祭の様子を見ていると「これ、実体験がベースなんだよな…」と、監督のメンタル面がどんどん心配になります。暗い記憶を自分や自分の親族に演技をさせてまで制作した意図は何だったのでしょう。
「家族は、選べない」という本作でも活かせそうなキャッチコピーが使われた『へレディタリー/継承』のアリ・アスター監督。次作『ミッドサマー』を制作したきっかけについて「自分が失恋した葛藤から生まれた」と語り、余計に観客を戦慄させました。
『クリシャ』も監督の実体験を映画に反映して、それを乗り越えようとした意図があるのなら、本作は紛れもない「地獄のセラピー映画」です。その効果は『ミッドサマー』にも匹敵しています。アリ・アスターもトレイ・エドワード・シュルツも「A24」に見いだされた監督ということもあり、この二人の対談が実現したらぜひ読んでみたいです…。
…話が少し逸れましたが、トレイ監督が『クリシャ』を生み出したことで、自身の過去を乗り越えることができたのか?その点はぜひラストシーンを見て考えると面白いかもしれません。
映画『クリシャ』詳細情報
公開日:4月17日(土)よりユーロスペースにて限定ロードショー
2015年/83分/アメリカ/原題:KRISHA
監督・脚本・出演:トレイ・エドワード・シュルツ
出演:クリシャ・フェアチャイルド、ロビン・フェアチャイルド、ビル・ワイズ、クリス・ダベック、オリヴィア・グレース・アップルゲイト
音楽:ブライアン・マコーマー
配給:Gucchi’s Free School
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