ちょうど公開劇場の近くにいたという縁で見ました
なんか偶然公開してすぐのタイミングで池袋にいたので見ましたよ。いまインディーズ映画界隈で盛り上がっている『侍タイムスリッパー』を! これは素直に真面目におもしろい快作! あ〜そうだよな。おもしろいんだよなこういう話……というのを素朴に受け止めることができてなんだか気持ちよかったぜ。オススメです。
いや事前の情報はまったく知らなかったんだけどなんか公開してすぐに「おもしれ〜映画やってたぜ!」って感じにちらほら話を耳にしてたんだよね。なんとなく惹かれたもんで調べてみたらいまのところ池袋のシネマロサでしかやってないじゃないのさ! こりゃ縁があるなと思いぺぺっとチケット取って観に行きましたわ。
上のポスターとタイトルを見て、みんなの頭のなかにはなんとなく「はぁ〜んなるほど。こういう話ね?」みたいなのがふわっと浮かんだんじゃないだろうか。本作のあらすじは以下のような感じです。
会津藩士高坂新左衛門は暗闇に身を潜めていた。
「長州藩士を討て」と家老じきじきの密命である。
名乗り合い両者が刃を交えた刹那、落雷が轟いた。
やがて眼を覚ますと、そこは現代の時代劇撮影所。
新左衛門は行く先々で騒ぎを起こしながら、
守ろうとした江戸幕府がとうの昔に滅んだと知り愕然となる
一度は死を覚悟したものの心優しい人々に助けられ
少しずつ元気を取り戻していく。
やがて「我が身を立てられるのはこれのみ」と刀を握り締め、
新左衛門は磨き上げた剣の腕だけを頼りに「斬られ役」として生きていくため撮影所の門を叩くのであった。(公式ウェブサイトサイトより引用)
で、本編がですね! このタイトル、ポスター、あらすじから期待する内容をですね、かなり素直に出してくれるんですよ!
現代にやってきた新左衛門は車やテレビを見て「うおお」と驚いてくれるしおむすびやケーキを食べて美味しさに咽び泣いたりするんです!
なんか、「そりゃそうだろそういう話なんだから」と言われればそれまでなんだけど私はそういう画があまりに素直に出てくるのに感動してしまった。なんだろう、つまり期待する内容がちゃんと出てきて、それが期待してたよりおもしろくて笑わせてくれるのでとっても満足感が高いのね。それがうれしくて感動しちゃった。
直球から逃げない! なぜならおもしろくする自信があるから
クリシェって言葉があるじゃないですか。要するに使い古された表現、見飽きた聞き飽きたよ〜みたいなヤツの総称。で、それで言うと「タイムスリップしてきた侍が現代の技術に驚く」とかもうクリシェ中のクリシェなわけですよ。みんな一周して好きじゃん。車を見て「鉄の牛じゃあ!」みたいなこと言う侍とかさ。もう靴磨きの少年が大喜利で回答することすら無いだろみたいなど定番ネタなわけですよ。
で、そういうネタをSNSの投稿とかで使うなら全然できるんだけど映画のストーリーでこれをやるぞ! って結構、結構その……逆に勇気いると思う! 私は。私だったらつい、「もっと捻りがあったほうがいいだろ」って捻くれたネタとかにしてしまうと思う。なんだろうな、いわゆる逆張りとかとはちょっと違うと思うんだよな。知らない味を探したほうがいいと思ってしまう的な話だと思うんだよな。スタンダードなものはもうあるんだからオルタナティブなところに居場所を見出したい的な気持ちがさ、湧いてしまいうんですよどうしても。
でも本作はそのスタンダードから逃げてないんですよ。新左衛門はキッチリテレビを見て「絵が動いておる!!!!」って1億点のリアクションしてくれるんだ。ここが素晴らしい。
なんでそれが成立してるかっていうと新左衛門のキャラクターがキッチリと立ってるからだろうな。
新左衛門、予想以上に「いいヤツ」なんですよ。冒頭の幕末シーンとかでは、むしろ融通が効かない男に見えるんです。幕末の会津藩に属し、新撰組の活躍にちょっとヤキモチを焼き、俺たちだってできるんだと長州藩の要人を斬りに行くという役割。この構図だとどうしても頭が硬くて時代に呑まれるヤツみたいな感じがするじゃないすか。でも現代パートになってからは混乱しつつも、なんとか彼なりに現代世界に馴染もうと努力する姿が描かれるんですよ。
これがね、いいんだ。「こいつ結構いいヤツだな!」の描写がたくさん挟まるし、なんだろう、「自分の混乱を表すよりも場がうまく回るのを優先してる」みたいなのがよく見られて「い、いじらしい…!」ってなる。彼にとって時代劇の撮影なんて用語のひとつひとつ取っても「なにをやってるんだかさっぱりわからんな」って光景だろうに、変に声をあげてひとつひとつ聞き出そうとせず、黙って耳を傾けたり考え込んだりしている。その不器用な姿につい「俺と同じだ…」と感じてしまって感情移入してしまったね。うまいなあ。君たちなタイムトラベラーはむしろどんどん聞き出して場を乱してでも理解を深める態度が許されるのになあ!
あと幕末の……武士! なのに! なんて言い方すると偏見かもしれないけど自分より若輩のものや女性にも優しく謙虚で常に腰低く敬語で話すのも好感度高いわ。お前、侍キャラなんだから別にいいんだよすぐに「無礼者!」とか言って暴れてても。顔もけっこう凄みあるしさあ。
でもこのイカつい侍男が謙虚に膝に手を当てて「大変申し訳ございません」とか「お心遣い痛みいります」とか言いながら、ふわふわした女性やヘラヘラした兄ちゃんに頭を下げてるのを見ると「うーん いいヤツだな…」と思えてしまうんだよな。決してヘタレなわけじゃあないんだ。彼は謙虚で心優しいやつなんだなというのが伝わってくるのがとてもよかった。
モチーフの珍しさもおもしろい
あとお仕事者の側面もあってそこがおもしろかった! 私、時代劇はぜんぜん見てないんだよね。かろうじて映画ならいくつか見たことあるけどドラマは本当に全然みたことなくて……。だから剣友会とか剣心会って言われると、時代劇に出てる人たちというより特撮番組のスーツアクターってイメージが強かったんだよな。ゴジラとかウルトラマンとか仮面ライダーとかね。
だから今回、「ああ剣心会ってこういうお仕事なんだ!」ってのが見られてそこもおもしろかったなー。元・本物の侍という設定も活かして「本当の斬りあいと殺陣の考え方の違い」みたいなのがちょくちょく出てくるのも興味深かったし、そこで新左衛門が「しかし本当の斬りあいでは…」みたいに突っ張るんでなく、素直に「なるほどぉ〜〜!」と感心するばかりなのもかわいらしかった。ほんといいヤツだな!
そして後半では、見ているうちに「こういう話ってことはさ、こういう話もできるんじゃねえかな〜」って予想していたことがやっぱりこちらの予想を上回る形で裏切るかたちで展開されてこれが本当におもしろい! ここでの展開のツイストが味変としてほんとうにうまく機能していて最後まで楽しく見られました。このへんはあんまり具体的に語りたくないのでぜひ見に行って味わってきてね。
クライマックスシーンの冒頭は「こ、これ……合ってる!?」とこちらまでものすごく緊張してしまってたまらなかったな。
侍と役者というふたつの仕事が、「役目を果たす」というところでリンクしていくのもたまらない。いや本当によくできた構造の作品だな……。本作には「今まで見たこともないような凄まじく斬新な展開!」「センス・オブ・ワンダー!」みたいなものはない。だけどモチーフやテーマを存分に活かして、刀のごとく鍛え、研ぎ澄まされている。気を衒わなくてもこんなにおもしろい映画が作れるんだなと勇気をもらえるような映画だったね。ウケて公開劇場も増えてほしいなー。そういうわけで電車に乗って観に行ける人はぜひ観に行きましょう。よろしくお願いします。
幕末の侍が時代劇撮影所にタイムスリップして「斬られ役」に!? 「自主映画で時代劇を撮る」という無謀な試みに東映京都撮影所が特別協力。 時代劇への愛あふれる笑いあり涙ありのチャンバラ活劇。 監督/脚本/撮影/編集: 安田淳一 出演: 山口馬木也・冨家ノリマサ・沙倉ゆうの・峰蘭太郎・庄野﨑謙ほか
(公式より引用)
公式HP:https://www.samutai.net/