映画『ボス・オブ・イット・オール』レビュー|トリアー監督初の本格オフィス・コメディ!隠れた異色作の見どころに迫る

ヤマダマイ

7月7日より順次スタートする「ラース・フォン・トリアー レトロスペクティブ2023」

北欧の巨匠ラース・フォン・トリアー監督の過去作を一挙劇場公開する濃密な企画です。

カンヌ国際映画祭でパルム・ドール(最高賞)を受賞した代表作『ダンサー・イン・ザ・ダーク』をはじめ、『エレメント・オブ・クライム』(84)や『ヨーロッパ』(91)など、現時点でソフト購入も困難な初期作を含めた計14作品が公開されます。

この至極のラインナップのなかで、ひときわ異彩を放つ作品を発見しました。それはIT企業を舞台に繰り広げられるオフィス・コメディ映画『ボス・オブ・イット・オール』

日本劇場では初公開となる作品であり、トリアー監督にとっても初の本格コメディとなった異色作です。

ちょうど筆者が転職活動をしていることもあり、「オフィス」「企業」というワードに敏感だったところ、(なぜか)試写の機会を頂いたので、早速鑑賞してみました。

『ボス・オブ・イット・オール』概要

©Copyright 2006

IT企業経営者のラウンは自分が社長でありながら、面倒事を避けるために架空の社長「ボス・オブ・イット・オール」を仕立て上げて、自分は社員のフリをして働いている。

ラウンはスタッフに内緒で自社の売却を進めるも、取引先のアイスランド人社長が「そちらの社長と直接会えなければ契約しない」と言い出す。ラウンは「ボス・オブ・イット・オール」を落ち目の役者クリストッフェルに演じさせて、取引の場を取り繕おうとする。

しかし、クリストッフェルはスタッフたちと出くわし、あろうことか「自分が社長だと」名乗ってしまう。するとスタッフたちが会社に抱えていた不満をクリストッフェルにぶつけはじめる。

最初は契約の場だけ社長を演じる予定のクリストッフェルだったが、スタッフたちと共に過ごすことで情が湧き始める…。

「オフィス」「コメディ」からもっとも遠い存在、ラース・フォン・トリアー

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ちょっと人物関係が分かりづらいかもしれないので、『ボス・オブ・イット・オール』の設定を自分の職場に置き換えてみましょう。

例えるなら、自分の上司が滅茶苦茶しんどそうな表情で「上からこんな面倒な仕事が降りてきてさあ…。本当はこんな仕事イヤなんだけど、何とかしていこう!」とあなたに叱咤激励してきます。

『ボス・オブ・イット・オール』でいえば「上から」というのは、このめっちゃしんどそうな上司本人です。

経営者のラウンは部下に嫌われるのが怖すぎて、自分の身代わりとして架空の社長をでっち上げているのです。そんないつバレてもおかしくない嘘が10年も通用しています。

トリアー監督のオフィス・コメディは、こうした嘘がどんどん面倒な方向に転がっていく様子をシュールに描いています。

ぶっちゃけ「オフィス」と「コメディ」なんてラース・フォン・トリアーからもっとも遠い存在のような気もするし、冒頭ではトリアー監督のナレーションで「気楽に楽しめるコメディ」なんて説明もしていて…そんなハードル上げて大丈夫でしょうか…?

「そんな社長で大丈夫か?」「大丈夫だ、問題ない」

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ラウンが社長の代役を依頼した男・クリストッフェルですが、とても見た目がIT企業の社長らしくありません。

よれよれのセーターにぼさぼさの髪型。IT系の社長ってラフな服装をしている印象が強いですが、彼の場合はどこかみすぼらしさを感じます。額にはなぜかススの汚れがついているし…。

風貌は万年平社員のそれなのに、なぜラウンはこの男に社長代役を依頼したのか…。

ラウンとしては取引の場さえ取り繕えればそれでいいのに、クリストッフェルは自分の演技力を発揮できる場だと張り切っていてめちゃくちゃ不安。社長になりきらないといけないのに、自分の演技のポリシーなんかを持ち込んでいます。

そんなクリストッフェルの演技力はというと、いくら準備期間がなかったとはいえ、台本をガン見しながら取引先と喋るという体たらく。アドリブが苦手なのか、社会経験が乏しいのか。取引の場では常にしどろもどろしており、取引相手はブチ切れて会議室を飛び出していきます。

(※終始ラウンたちに罵声を浴びせ、デンマーク人をディスり続ける取引相手の男性はアイスランド出身の監督フリドリック・トール・フリドリクソン。永瀬正敏主演作『コールド・フィーバー』(95)の監督で知られています)

ちなみにクリストッフェルが額につけているススですが、これは彼が崇拝する役者・ガンビー二が演技で付けていたものを真似ています。

「社長は額にススとか付けないんだよ?」とラウンがいちいち説明しないといけないクリストッフェルですが、マイペースかつ自分の演技力を信じてやまないため、(相手がブチぎれて延期になった)次回のミーティングまで、社員たちにも社長のフリをして接することに。どこから来るんだその自信。

全然ITソリューションできてない会社とIT化したカメラワーク

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トリアー監督といえば、さまざまな制約を設けて映画を製作する「ドグマ95」など、独特の技法が常に注目されています。

『ボス・オブ・イット・オール』では、カメラワークをすべてオートメーション化した「オートマヴィジョン」が起用されました。コンピューターがランダムにカメラをコントロールをすることで、独特のカメラワークが実現します。

1人が喋っている中でカメラが立て続けに切り替わったり、独特のタイミングで登場人物の表情が映し出されたりと、不思議なカメラワークが続きます。手持ちカメラによる映像はほぼなく、オフビートな作風になっていました。

「オートマヴィジョン」によって、社員が「ボス・オブ・イット・オール」の文句を口々に言っているのに、ものすごい他人事のようにぼーっと聞いているクリストッフェルも映し出されていました。

今やITは問題解決のために欠かせない手段なのに、IT企業であるこの会社の問題は何ひとつ解決できていません。その代償のように、クリストッフェルにはパワハラ、モラハラ、セクハラの数々が降り注ぎます(代役とはいえ社長です)。

さすがのヤバさに気づいたのか、単に社長に成りきったのか。機転の利かないはずのクリストッフェルは意外な方法でこのカオスな状況を打開しようとしますが…。

めっちゃ物腰低いトリアー監督が見られます。

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挑発的な作風で知られるラース・フォン・トリアーですが、本作ではナレーションで何かと保身とも取れる発言を繰り返します。冒頭から「これはコメディ映画だよ」と親切にジャンルを説明し、「気楽に見れるし、難解でもないよ」とまで言っています。

もしやトリアー監督…はじめてのコメディにひよっているのでしょうか…?笑

尖った作品や発言をする監督でも、慣れないジャンルはやっぱり怖いのでしょうか。やたらと物腰柔らかなナレーションが差し込まれます。

トリアー監督といえば、ショッキングな展開や目を覆いたくなるような性描写なども見られますが、『ボス・オブ・イット・オール』は本作のトリアー監督のように、過激な演出は”ほぼ”ないです。

センセーショナルな演出を一切封じ、何の変哲もないオフィスを中心に話が進む点は、トリアー作品が苦手な人でも気軽に見られるのではと思いました。

かといって決してトリアー監督らしさがまったくないわけではありません。ラストでは無慈悲な展開を繰り広げる監督のダークな一面が顔をのぞかせます。本作の結末に関してもちょっとブラック・コメディのような印象を受けました。

まとめ

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(↑)他スタッフには内密で遭うラウン(左)とクリストッフェル(右)毎回落ち合う場所のチョイスが謎すぎてあまり話が入ってこない…笑

今回は日本では劇場初公開になる『ボス・オブ・イット・オール』を鑑賞しましたが、「ラース・フォン・トリアー レトロスペクティブ2023」では、ほかにも日本未公開作が公開されます。

ドキュメンタリー映画『ラース・フォン・トリアーの5つの挑戦』(03/ヨルゲン・レスと共同監督)や、未公開シーンが多数追加された『ニンフォマニアック Vol. 1/Vol. 2』のディレクターズカット版も日本の劇場初公開です。

気になる方はラインナップもチェックしてみましょう!

作品詳細

タイトル:ボス・オブ・イット・オール
英題::THE BOSS OF IT ALL
キャスト:イェンス・アルビヌシュ、ピーター・ガンツェラー
制作年:2006年
上映時間:99分
制作:デンマークほか
言語:デンマーク語ほか

「ラース・フォン・トリアー レトロスペクティブ2023」公式サイト

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