豆の缶詰が食いたくなる!『ウォッチメン』アルティメットカット/マシーナリーとも子映画コラム

 数年前にデザインの展示会に行った。さまざまなテーマを設けて世の中にはこんなプロダクトデザインがある、という展示会だったんだけど、「時間」をテーマにしたデザインとしてマンガのコマ割りが並べられてるのにはシビれたね。普段は「読む順番」としか考えてないけど確かにマンガのコマって右開きなら右上から左下に、左開きなら左上から右下に時間が進んでいくもんな。

 そんなコマ割りを利用した時間の表現が抜群なのが伝説のアメコミ『ウォッチメン』だ。『ウォッチメン』は「もしスーパーヒーローが現実にいたら世界はどう変わってしまうのか?」「そんな世界でスーパーヒーローに実際にできることってなんなのか?」を描いた作品で、その緻密な現実改変のシミュレートやスーパーヒーローものへの皮肉も含めた作品としての強さが凄まじく、現在においてもアメコミ界にとてつもない影響を及ぼした作品なんだけど、まあそのへんの話は置いとく。私はあんまりアメコミ史に詳しいわけでもないしね。ググると色々おもしろい話が見つかるので調べてみてね。

 で、話を戻すけどこの『ウォッチメン』、コマ割りを利用した時間の扱い方が抜群にうまい。作中多用される、別々の場所で同時に進行している異なる事件を交互に描写しつつリンクさせる描写はその代表的なもので、読むたびに「マンガうめぇなぁ〜! こいつら!」と感心させられてしまう。また、最重要人物と言えるスーパーヒーロー「Dr.マンハッタン」はコマ割りによる時間の表現に踏み込んだキャラクターで、彼の「過去・現在・未来が等しく認識できる」という能力をコミックとして落とし込んだチャプター4は圧巻だ。すごすぎるぜ。最終話の「90秒後の世界と同時に会話する」という表現も、そのシチュエーションへの陥り方も含めてシビれるテクニックだ。技術もアイディアもすごいし、それに耐えうるだけのものすごい作品強度を備えた作品だと改めて読み直して思ったね。ほんと4000円でお釣りが来て破滅的におもしろいのでみんなも読んでください。

小学館集英社プロダクション『WATCHMEN』より。
こういうマンガの描き方がめちゃめちゃうまい

 んで、この『ウォッチメン』が2009年実写映画化。米国ではその年のうちに未公開シーンを追加したディレクターズカット、さらに劇場公開版ではカットされ、原作にて重要な役割を担う劇中劇『黒い船』をアニメ化して挿入したアルティメットカット版が発売。が、日本では権利上の問題で発売されず10年が過ぎ……2019年末になぜか唐突に発売された。なぜかは知りません。というわけで今回はこのアルティメットカット版を視聴してみたよ。とはいえ映画は公開当時に1回、そのあとレンタルしてもっかい見たくらいのアレなのでどこがディレクターズカットで追加されたシーンなのかは覚えてないんだけどね……。

 この映画、とにかく絵作り、というかレイアウトと役者、スーツはよくここまで作り込んだな! 驚くほどにカンペキ。俳優ひとりひとりがコミックとバチピタな人をチョイスしていて死ぬほどしっくり来る。スーパーヒーロー達の衣装も、約2名を除いては再現度、実写としてのそれっぽさともにカンペキ。反面、ナイトオウルとオジマンディアスについてはちょっとカッコよすぎかな……。劇中の時代設定が1985年の割に2000年代っぽいスーツなんだよなあ。とはいえこいつらのスーツを完全再現しちゃうとアダム・ウェスト版バットマンみたいになっちゃいそうだからしょうがないのかもしれん。
 オープニングとかマジでカンペキよ。『ウォッチメン』の実写化としてカンペキ。ミュージックビデオとしてあまりにも良さがすぎる! 終盤の南極の大地を歩むナイトオウルとロールシャッハの絵面なんか震えるほど原作どおりです。ちょっとこの映画、マジで「そこまでやんなくても良くない?」というほど原作コミックのレイアウトを完璧に再現したシーンとかあるんですごい。愛なのか?

こういうやたらレイアウトの再現が完璧なシーンが執拗にある(良い)
公式トレーラーより引用 © 2009 by Paramount Pictures

 とはいえじゃあ美術面でカンペキなのかって言うとそうでもなく、背景面がちょっと残念なんだよな。原作ではDr.マンハッタンという超人の登場によってスーパーヒーローの在り方はもちろんのこと、エネルギー問題も解決。80年代にしてすでに完全に電気自動車が普及し、タバコの吸い方すらも我々の現実とは改変されてしまっている「もうひとつの世界」っぽさが魅力的だったんだが、本作では『ウォッチメン』を2〜3時間の映画に収めるためにそのあたりの設定が変更。新エネルギーは開発中というシナリオになっていて、それに伴って街の描写もわりと見覚えあるものになってしまっている。これはちょっと残念だな。

 そしてもうひとつ。原作では背景に書かれた落書きやポスター、散らばった新聞や雑誌といった小物を用いることで登場人物のセリフやモノローグでなく、背景をもってサブリミナル的にその世界の在り様を描くという手法が使われてるんだが、これも映画では大幅に削減。とはいえ、コミックではページをめくる手を止めてコマをつぶさに観察する……ということができるのに対して、映画は映像を追わなきゃいけない、そんなに背景を観察してるヒマは普通ないということを考えると仕方がないのかもしれないね。

 そう、映画版『ウォッチメン』はどうも「時間」の扱い方にかなり苦慮しているのが見て取れる。コミックでは見事に表現していたDr.マンハッタンが時間を並列して認識できるという描写も、映画版では単なる回想シーン的な表現に収まっていてちょっと弱い。そのほかの設定変更もやはり尺の都合を思わせるものが多くて、正直原作の表現手法に圧倒された経験があると物足りなさを感じるってのが正直なところ。でも、こういう言い方はあんまり映画の見方としてフェアじゃないのかもしれないけどしょうがないよな。映画は2〜3時間で納めなきゃ商売にならないんだから。

 逆に、やはりコミックという媒体が時間という題材を扱うのにめっちゃ向いてるとも言えるのかもね。読者は自分の意思で、突然最終ページまでめくって結末を見ることもできるし、いま読んでるページから進まずに延々と観察し続けることだってできる。展開に不思議な点が出てきたら、前のページにめくってどんな伏線があったのかを確かめにいくこともできる。つまりこれって過去・現在・未来を並列に認識できてるってことなんじゃないか? すげえ! Dr.マンハッタンじゃん。でも映画、映像という媒体ではこれが難しい。基本時間は現在から未来に一方通行で流れていく。回想シーンという形で過去を表現することもできるが、これも「並列に認識できている」とは言い難い。現在から回想シーンという過去を見せられたあと、未来に向かっていくという順番は変えがたい。これを無茶苦茶にすると良くわかんなくなっちゃうもんな。もちろんものすごい凝った構成にすれば可能なんだろうけど……そこにものすごく注力したことで『ウォッチメン』として楽しくなるのか? というとこれまた難しい。結局のところいまの形が映画としては最適解なんだろうな。

https://www.youtube.com/watch?v=ts9SKwNV3Cs
アルティメットカット版で挿入されている『黒い船』。絵+音声とかじゃなくてかなりしっかりアニメ化されててビビる
公式トレーラーより引用 公式トレーラーより引用 © 2013 by Paramount Pictures

 尺が足りないから仕方がない、とは言ったけど、じゃあこれがちょっと長くなれば解決するのかというとそれもまた難しい。さっきも軽く触れた通り、アルティメットカット版では最初の映画では収録されてなかった劇中劇『黒い船』が収録してされている。この劇中劇は、『ウォッチメン』の世界でヒーローものコミックが衰退した=現実とは違う世界になってしまったというのを現すとともに、とある人物の心の動きや、物語が終わったあとの世界の行末を示唆するような内容になっていて、原作コミックを読み解くのに結構重要なんだけど、いざ見てみると映画としてはちょっと冗長に感じた。映画という時間の流れのなかでは急にアニメパートが始まって……急に終わる、という以外の受け取りかたがちと難しいし、どうしても物語が停滞してしまっているように感じてしまうんだよな。難しいね。この『黒い船』のおかげで新聞売り周りの話が見られるってのはあるんだけどさ。うーむ。

 どうしても原作が偉大……というよりコミックというメディアの形態を最大限に活かしてるのに比べて、映画は偉大な原作を出来る限り再現するという方向になっているので不満が多めになってしまったなあ。でも最初に言った通り映像化としてはかなり高レベルですげーんだぜ。Dr.マンハッタンの全裸青白発光もカンペキだし、要素を絞ったことでより作品の狂言回しとしての魅力が増したロールシャッハは死ぬほどクールだ。マジで映画のロールシャッハはカッコいい! この映画を見てロールシャッハに憧れないヤツはいないと思うってくらいに最高だ。バトルシーンも暴力重視でたまらん。これについては原作よりさらに血生臭くなってるような気もするぜ。カンペキな実写化を果たしたキャラクターたちが、暴力成分大増量でバトルする。ヒーローものにこれ以上望むことなんて普通無いだろ? 原作ほど偉大ではないが、映画としては十二分に最高である。それが映画『ウォッチメン』かなあ。

シビれるほど完璧なロールシャッハのビジュアル。マスクの下も完璧
公式トレーラーより引用 © 2009 by Paramount Pictures

 あと私、どうしてもこの映画が嫌いになれない点としてクライマックスが原作よりも好きなんだよね。原作ではわざと楽天的に終わるラストを、映画ではビターめに、直接疑問を呈する形に改変してるんだよな。原作もいろんな要素を踏まえるとハッピーエンドとは言い難いんだけど、それを映画としてわかりやすくパッケージするとああなるのかなあ。でもあの、クライマックスのダニエルの慟哭とその後の疑問は本当に好きで、今回再見しても「ああやっぱりこの終わりかたは最高だな〜〜」とジーンとしちゃったよ。

 ということで結論としては「映画も原作もどっちも摂取しろ!」ってところかな。あまりに身も蓋もないかもしれないけど。そもそも私、ここまで延々偉そうに「原作では〜」とか語ってきちゃったけど実は2009年にこの映画を見たのが『ウォッチメン』との出会いなんだよね。その後原作コミックを買い、XBOX360のゲームを遊び、フィギュアを買い、いろんなアメコミを読み漁り、スピンオフの『ビフォア・ウォッチメン』も読み……そんで今回、このコラムを書くにあたって原作を再読して、アルティメットカット版を見た。と、こんな順番なわけね。だからまあつまり『ウォッチメン』への入り口としては最高だと思うよ。ぜひこの順番で……とは言わんけど映画と原作を見比べ読み比べながら楽しんで欲しい。どっちもすげーおもしろいことには変わりないからな!

 さて、散々「原作を映画で表現するには尺や映画としての在り方が問題だ」って話してきたけど、ドラマならそれが解決できるかもな。1時間×10みたいな作り方ができるからコミックと近いもんね。そういえば『ウォッチメン』もドラマ化するなんて話があったなー、と思って調べてみたら……あ! これから作るとかじゃなくてもう完結してんだ(情弱)! しかも原作のドラマ化じゃなくて続編なの!? えっ、マジ!? 知らなかったわ……。そのうち見ます。

 そして『ウォッチメン』の続編といえば出版元のDCコミックスでは2017年の『DCコミックス:リバース』を皮切りに既存のDCユニバース(つまりスーパーマンやバットマンの世界)と『ウォッチメン』が融合。『ドゥームズデイクロック』というクロスオーバーイベントがやられてました(こないだ終わったっぽい)。私、ネタバレ聞かずに『DCユニバース:リバース』がすごいから読めって話だけ聞かされて原書の電子書籍買ったんだけどさ。まさか『ウォッチメン』が本流と合流するとは思わなかったんで大声出ちゃったよ(しかもその示唆の仕方が死ぬほどクールなんだこれが)。『ドゥームズデイクロック』はさすがに原書を読んではいないんだけど、おそらく邦訳されると思うので発売を楽しみにしてるわ。あ、『DCユニバース:リバース』はすでに邦訳本が発売されてるので読んでみてね。

 というわけで今回は『ウォッチメン』を肴にダラダラクダを巻いてみました。次は何を見ようかね〜〜。ほんじゃあな。

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